第6章:大苦戦
―3000年 1月1日 午後14時24分―
いたたた…僕はゆっくりと起き上がると静かに服のホコリを叩いて落とす。
「おい!何だてめえは!」
ん?誰だ?
声が聞こえた方に振り向くと、10代前半あたりの赤毛の黒服男がイライラした表情で近づいて来た。
ふん、偉そうな奴。ああいうタイプは僕は大キライなんだ。…少々キツイ言葉でもおみまいしてやるか。
「それはこっちのセリフだ。いきなり一般の人に偉そうな口を聞くなと、小学校の時先生から教わらなかったのか?ガキ?」
フッフッフ…決まった…。あいつ怒るか?
赤毛の男は僕の期待を裏切り「ケッ!向こうから飛んで来た一般人がいるわけねえだろうが!バーカ!」と腹立つ口調で返してきた。
悪いが、僕はお前よりは頭はいいと思うぞ。
って、ん?…飛んで来た?…あ!忘れてた!
話をさかのぼると、僕は科学者達に置いてけぼりにされたため、師匠とラインボールのレールを渡る事にしたのだった。途中、凄い爆音がしたのでスピードヒールを飲んだ師匠に「飛べえ!!」と言われ、数秒の空中飛行を楽しみ(?)ここまで飛んで来たのだった。
いやあ…痛みのショックですっかり忘れていた…。
確かに、この黒服男いわく僕は一般人じゃあないかもな…。
―午後14時25分―
僕が立っている所はかわいそうな事にバランバランになったラインボールの上だった。どうやら、ぶつかってしまったらしい。
僕は頭から血が流れている事に気付いた。他には身体には別状は無いようだ。スピードヒールは本当に凄い。これだけは心からプヨン教授に感謝しないとな。
周りを見回すとここにいるのは赤毛の男だけではないらしい。彼と同じ黒服を着ているのは他に3人いる。
1人は青白い髪の小柄な女性だった。冷たい目をしている所が僕に似てるが、紺色の瞳だった。…彼女の年齢はイマイチ分からない。
もう1人は褐色の男で大きいサングラスをかけた30代前半あたりの男だった。
さらにもう1人は見上げないと顔が見えないくらいの20代後半くらいの巨人男だった。
ああ、こいつらがリンスの言ってた処罰機関か。確かに胸元に“刑”の文字が刺繍されている。
処罰機関らしき連中は、目を丸くして僕を見つめている。赤毛の男を除いて。
僕は頭の血をハンカチで拭きながら「クリボッタさん、そこにいますか?」と呼びかけた。
「レ、レッキ…君?」
と聞き覚えのある声が弱々しく聞こえた。僕はクリボッタがいる事を確認し、レールからラインボール乗り場へジャンプして飛び移った。
よいしょっと。
「!?」
そこにいた科学者達は明らかに様子が変だった。
クリボッタは充血した目で僕を見ていた。その後ろで、涙でグショグショな顔になったキッソウが恐る恐る僕の顔を覗き込んでいた。
ギッサは真面目な表情で顔がボコボコになったリンスを抱きかかえて、その場から離れて行く。
“奇妙奇天烈奇奇怪怪生物プヨン教授”は、僕の方には目もくれず、鉄パイプを握り締めて突っ立っていた。赤く光る目はもう明るみを失っている。
ドクター・シュノは明るみを失った大教授の所に駆け寄り、ギッサの後を追ってその場から立ち去った。そして、何より驚いたのは中心あたりにある火柱だ…さっきの爆音はこれか。…どうやら、こいつはただ事では無い。
―午後14時26分―
「ギュイ――――ン!!」
のわっ!
師匠が口真似をしながら空中飛行をして来た。
ど、どうやって飛んで来たんだ!?
師匠はカッコ良く着地を決め、更にカッコいいポーズを決めた。カッコ悪い。
師匠は僕を見ると僕がラインボールに衝突した事が気に入らなかったのか、「レッキ!こういう時はポーズを決めるんだよ!!」と叫んだ。師匠、こういう時はポーズを決めませんよ。
師匠はクリボッタ達に気付くと、飛び跳ね、怒った。
「あぁ!やいやぁい!!お前らぁ!!新製品見せやがれぇぇ!!」
だから違うって。
「コルゥゥァアアア!!てめえらぁ!!無視してんじゃねえぇぇ!!」
あ、すっかり忘れてた…。
処罰機関らしき赤毛男が怒り剥き出し状態で、こちらに向かって来た。クリボッタは小声で「彼らは処罰機関です。かなりたちの悪い連中だから早く逃げて!」と言った。
やっぱりそうでしたか。
「てめえら黙って見てりゃ、ギャ―ギャ―騒ぎやがってよぉ!!」
お前もギャ―ギャ―騒ぐな。
「俺達はガラクタを壊してストレス解消してんだ、邪魔すんじゃねえ!」
赤毛の男は火柱を指差す。
「キャンプファイヤーかぁ、ハハ、俺も昔やったなあ。」
火柱のすぐ近くで師匠がしみじみとつぶやく。
「キ ャ ン プ フ ァ イ ヤー じゃねえ!!」
赤毛の男は怒り狂う。コントじゃないんだから。赤毛の男は平静を保とうと我慢する。
「その火でゴミを廃棄処分してやってんだよ!!」
赤毛の男がそう言うと、クリボッタは見せた事の無い怒り顔で叫ぶ。
「ゴミじゃない!!それはプヨン教授の最高の発明品だ!」
何だって?
「まだ言ってるよこのバカ人間。これは、クズスライムの中の一流クズが作った最低のガラクタなんだよ。分かる?」
一流クズっておめぇ、穏やかじゃないな。
僕は静かにそこから離れ、火柱の近くで「マイムマイムマイムマイム、マイム、べサソ」と踊りだした師匠の頭をひっぱたいて、このピリピリした状況を力づくで見せた。
「おぉ?クリボッタが怒ってるぞ?よく見たらリンスもギッサもアフロマンもプヨンもいなくなってる。どうなってんだ?」
アフロマンとは、多分ドクター・シュノだな。
「僕達が走ってる間にとんでもない事が起こったんですよ、きっと。」
「2人共、この島から今すぐ離れて欲しいれす。」
突然キッソウが僕の服の裾を引っ張る。
「処罰機関はとても危険な連中れす。巻き込まれたら大変だから・・・裏口から逃げて下さい。」
キッソウは師匠の服の裾も引っ張る。
「早く、早く逃げて。」
キッソウはか細い声で何度もそう言った。
「…あれは、プヨンの作った発明品なのか?」
師匠が火柱を指差す。
「…ほとんど失敗作れす…でも…あれにはプヨン教授の気持ちがこもってました。」
キッソウの言葉を聞きながら、師匠は睨み合うクリボッタと赤毛の男、そして勢いを増す火柱を見る。
その後、僕の耳に顔を向ける。
「…考えてる事は一緒か?」
もちろん。
「恩返し、とか言う奴でしょうね。」
―午後14時28分―
ふと、下を見ると、何かの発明だろうか、片手くらいの大きさのプラスチックの破片が落ちていた。それを拾い上げると、力強く握り締めた。…どんな発明だって、作った奴の心がこもってるんだ。
「申し訳ない。」
突然、頭上から声が聞こえる。見上げると処罰機関の巨人男が僕を見下ろしている。
「それを渡してくれないかね?失敗作を全て破壊するのが我らの指令なんでね。」
そう言ってニヤリと微笑む。
「これを渡せばいいんですね。」
僕は巨人男の顔を見る。巨人男は、巨大な手を差し出す。僕は師匠と、怯えるキッソウを見て、ゆっくりとプラスチックの破片を巨大な手に置き…全力で巨人男の腹部を殴りつけた。
「ギャアアアアアア!!」
巨人男は大きな叫び声を連れ、向こう側の壁までロケットの様に飛んでいった。
師匠は一言、「ナイス不意打ち!」
―午後14時30分―
処罰機関の2人は、自分の同僚が突然、壁に激突してきた事にパニック状態になったのか笑顔で硬直している。だが、赤毛の男は見向きもしない。
褐色の男はしばらく巨人男を見つめたまま黙っていたが、我に帰ったのか、「き、き、貴様ぁ!!」と叫んだ。
「何ですか?」
僕は何事も無かったような顔で褐色男に話しかける。
「驚愕…。」
小柄な女性は文字通り驚愕の表情を浮かべていた。
「僕はただ、落ちていた破片を彼に渡してあげただけです、ねえ?師匠。」
「おうおう、そうだな、落ちていた破片をあいつに渡しただけだよなあ。」
「う、嘘ついてんじゃねえ!!渡しただけでゴショガワラが吹っ飛ぶ訳ねえだろぉ!!」
褐色男は取り乱している。ゴショガワラ、あの巨人男の事か、ゴショガワラは白目を向いて壁際に横たわっている。
「ドレッド、こいつらゴショガワラに暴力振るいやがった!」
褐色男は赤毛の男を呼ぶ、ドレッドねえ…悪者っぽい名前だ。
ドレッドはクリボッタの襟首を掴み額に拳銃を突きつけていた。
…ってやばいぞ!!クリボッタの奴なに怒らせてるんだ!!
ドレッドは怒りの表情を浮かべ、褐色の男の言葉もろくに聞かずに引き金に指をかけた…。
「バカ!!」
師匠がその場から音速でドレッドの元に突っ走った。
―午後14時32分―
―バチン!
「うあぁ!!」
何かをはじく音が響き、ドレッドの呻き声が響く。師匠は咳き込むクリボッタを抱え、足元にある拳銃をレールの方に向かって蹴り飛ばすと同時にクリボッタを僕めがけてぶん投げた。
「レッキ!キャッチしろ!」
うああ、無茶を言うなあ!!
僕は1,2秒慌て、なんとかクリボッタを受け止めた。
「ううう…。」
クリボッタは意識を失ってる。
「キッソウさん、クリボッタさんとなるべく遠くへ離れて下さい。」
「ああううええ…で、でででで、でもぉ!」
「心配いりません、何故なら、僕と師匠は、」
僕はインパクトをホルスターから取り出し、両手で構え、
「とても強いですから。」
とだけ言った。
―午後14時33分―
キッソウはクリボッタを引っ張って部屋から出て行った。ドレッドは片手を押さえて、歯を剥き出している。さすがの彼も僕と師匠の方に向き直ったようだ。
「く、くっそぉ…何しやがる…。」
師匠はドレッドをチラリと見て「今の内に仲間連れて帰れよ。」と吐き捨てる。
「何だとぉ!てて、てめえぇ…。」
ドレッドはフラフラと自分の仲間の元へ移動する。
「てめえら、ゴショガワラに暴力振るったんだってなあ、おまけに俺の手を引っぱたいたと来た。」
ドレッドは腰に手を差し込み、何か長い鉄の棒を2本取り出した。
・・・あれは“十手”(江戸時代、捕吏が所持していた道具)だ。45cmくらいの長さで、赤い紐で巻かれている。
「こいつは処罰機関への挑戦状だな。」
ドレッドは十手を僕に突きつける。左右には小柄の女性と褐色男が戦いの構えをとる。
「名乗れ、てめえら。」
ほほう、やる気か?
「名乗るほどの者じゃない、ただ、僕達はここの人達に世話になったお返しをするだけだ。」
と、僕はベタなセリフを並べる。
「そうだ、そうだ。」
いつの間にか師匠が僕の横に立っている。
「ケッ!ならいい、俺はドレッド。処罰機関3番隊長だ、公務執行妨害の罪で…てめえらを処刑する!」
フン、上等だ、せいぜい楽しませてくれよ。
―午後14時35分―
ドレッドは十手の赤紐を掴み、僕と師匠に向かって十手を超高速で飛ばして来た。師匠は十手が当たる寸前に頭を横に傾け、十手をかわす。僕は頭を下げ、『あ、どうも』と挨拶するみたいにして避けた。空飛ぶ十手は僕の挨拶に全く応じず無愛想に空を切って行った。
「狙撃は効かねえぞ。」
師匠は頭を定置に戻し、ドレッドに言う。ドレッドは驚く所か笑い出した。
「ハハハ、狙撃は効かねえってか、じゃあこいつはどうだ!」
ドレッドは赤紐を強く引っ張った。背後から再び空を切る音がした。
「!」
「まずい!!」
僕と師匠は素早く頭を下げた。同時に十手が頭上を飛びドレッドの手元へ帰って行った。
「ハハァ!俺はガキの頃から十手の訓練をして来たんだ、その程度なら、てめえらに負ける気がしねえなぁ!」
ドレッドが十手を器用に片手で振り回す。
「なめやがって、実力の差ってもんを思い知らせてやるぜ!」
師匠がドレッドの目前まで一瞬で移動する。
「!?」
ドレッドが思いがけない出来事に驚いている間に師匠は拳を振り上げる。しかし、
「!?ぬああ!いってえぇ!」
突然腕を押さえる。見ると、師匠の片腕にナイフが刺さっている。
「…ふう、驚いたぜ…サンキュー、ロト。」
ドレッドは小柄の女性に礼を言う。ロトと呼ばれた女性は片手で5本のナイフを持っている。
「…的中。」
短くつぶやくと、ロトは5本のナイフを師匠めがけて投げつけた。
「師匠!」
僕は叫んだ、が、心配はいらなかった。師匠は素早くクレイジーを取り出し、なんとかナイフの雨を防いだ。そして、転がってその場から離れ、ドレッドの大腿を狙い、クレイジーの機関銃を放った。
「立てなくしてやる!」
ドレッドは十手を脚部に垂らし、素早く動かした。
―カキキキキキン!
金属をはじく音がしたと思ったら、ドレッドの足元に銃弾が転がる。
「なななな!?銃弾をはじきやがった!」
師匠が立ち上がって後ろに下がろうとする。
「…無駄!」
ロトがナイフを持ち、師匠に飛びかかった!!
「ギニャア!!」
腕にナイフが刺さっていたので抵抗が出来なかったのか、師匠は見事にロトに押し倒された。
「師匠!」
僕はロトを引き離そうと駆け寄ろうとした。
「ダアアアア!」
―ドスッ!
ウゲェ!!
褐色の男が空を飛び、僕にのしかかって来た!
「ようし!よくやったロクロ!」
僕はドレッドからロクロと言われた褐色男から必死で逃れようとした。ロクロは僕の首に両腕を絡ませ、きつく締め付けてきた。
な、なんちゅうパワーだ…。
ロクロの腕は万力の様に硬く、揺すっても、叩いてもびくともしなかった。
だめだ…意識が…死ぬ…。
―午後14時38分―
ぬぎぎ!くっそぉ!この女、動きが早いぜ!
ロトとか言うチビ女は俺の顔めがけてナイフを連射しまくってる。まあ、全てかわしているが。
まいったな…クレイジーは途中で落としちまったし…いくらなんでも神技を女相手に使う訳にはいかないし…!
そうだ!レッキは大丈夫か!?
レッキのいる方向を見ると、レッキはロクロに首を締められている。ドレッドはロクロの横側に立って、「ハハハ!いいぞロクロ!そのクソ野郎の死は目前だぁ!」と言いながら笑っている。
「ヤバイ!あいつ何気に大ピンチじゃねえか!」
俺はレッキを助けに行くため、このチビ女をなんとかしようとした。
「これでどうだ!」
ロトの腕を掴み連射を止めた。
くうっ!ナイフの刺さった腕がすんごくいてぇ!
ロトはニヤリと笑って、足を器用に動かして俺を壁に叩き付けた。少し緩んじまった手を払いのけ、ロトはナイフを4本ぶん投げてきやがった!
―ザクッザクッザクッザクッ
「ウギャアアアア!!いっでぇ―――!!」
ナイフは両腕と両足に突き刺さっちまって、身動きが取れなくなっちまった!
「…楽勝。」
ロトはさっきドレッドがはじいた銃弾を2,3個握り、俺の顔を激しく殴りつける。
「ガッ!こ、この野郎!歯が折れちまったじゃねえかぁ!!」
口の中で血の味が混じった堅い物がコロコロ転がる。ドレッドは冷たい目で俺の方を見て、「ロト…顔にナイフを刺してやれ。」とロトを見ずに命令する。
ロトは深くうなずき、服の中から、すげぇとんがったナイフを構える。
ちきしょう!こうなったら!俺は口をモゴモゴと動かし、「悪いがちょっと、寝てろ。」と言いつつ、口から歯を凄い勢いで吐き出した。自慢のシルクハットに大穴が開き、高速で回転する歯はロトの額に突っ込んで行った。
ああ、特注品に大穴がぁ!
「!?」
ロトは目をいっぱいにまで見開き、とんがりナイフを投げる。回転する歯は目の前のナイフを「カキン!」といとも簡単にはじき、そのまま勢いを弱めずにロトの額に直撃した。ロトの足元には白い歯が転がる。その後に、もの凄い量のナイフが「ジャララララララララララララララ」と音を立て落ちて来た。
ナイフ屋かよ…。
ロトは額に髪の色と全く同じ青白いあざを作り、
「…嘘…。」
と言いながら、泡を吹いてその場に倒れた。俺は全力で腕をナイフごと壁から抜いて、その場から降りた。そして、倒れているロトを拾い上げ、死にかけのレッキのいる方向へ向け、息を吸い込み、「レッキイィィィィ!」と大声で呼び起こす。
すると俺の大声に驚いたドレッドとロクロがこちらの方を見たので、「お返ししますよ。」と言わんばかりにロトを思いきり、投げ飛ばしてやった。
さあ、反撃開始だ!
―午後14時39分―
「くっ!」
合いも変わらず師匠の起こし方は何とも古典的だ。
で、なんとか意識を取り戻した僕は目を開いた。
「!」
なんとロトが空を飛んで来た。僕の周りの奴らはよく空を飛ぶ。
ロクロは「えええ!?ロト!?」と叫び、空中飛行をして来たロトを顔面で受け止める。
「ムゲェ!」
締められた腕が少し緩む。
「もらった!」
僕はロクロの腹に肘打ちを喰らわせ、それで、ひるむロクロの顔面に回し蹴りをお見舞いしてやった。サングラスは粉々に砕け、白目をむき、ロクロは大の字で倒れた。
「ロト!ロクロ!」
ドレッドは十手を構えたまま同僚の倒れている姿を見つめる。
「さあ、残ったのはお前だけだぞ。」
師匠が指をポキポキと鳴らす。同時に手足から血が吹き出る。
「大丈夫ですか?」
「へへん!こんなキズ舐めりゃ平気だぜ!ハハハ!」
師匠は笑いながら舐めきれそうにない血液を吹き出す。
マジで大丈夫か?
「ちきしょう…。」
ドレッドはゴショガワラの激突した壁に後ずさりする。僕と師匠はドレッドをジリジリと追いつめる。
「く、くそぉ!…おい!ゴショガワラ!起きてんだろ!?助太刀しやがれ!!」
ドレッドはゴショガワラにそう呼びかける。
「フン、無駄だ、そいつには気絶するくらいの威力の拳をお見舞いしてやったからな、簡単には起きないぞ。フッフッフ。」
僕は口で笑う。表情ではどうしても表せない。
「そうだ!俺の弟子をなめんなよ!」
しかし、師匠がそう言った時、ゴショガワラの指がピクリと動いた気がした。
「!!?」
ゴショガワラがゆっくりと起き上がった。
「おお!ゴショガワラ!」
ドレッドが飛び上がる。
「…わ、わわ、私を…私を殴ったのは…き、き、貴様らかぁ…?」
正確には僕です。頭を下げたままゴショガワラは静かに歩き出した。
「レッキ!話がチゲ―ぞ!何でゴショガワラが起きるんだよ!」
知るか。
「確かに手ごたえあったはずです。どうして?」
とか何とか言ってる内にゴショガワラは僕と師匠の目前まで迫って来た。
あらやだ、かなりお怒りのご様子。
「き、きき、きぃさぁまぁらあぁぁぁぁ―――――――!!!!」
―午後14時40分―
ゴショガワラの巨大な手がこちらに向かって来る。
「あ、危ない!気をつけろ!」
師匠の声と共に僕と師匠は左右に飛び、巨大なパンチを避ける。
「こ、こ、こここ、こしゃくなクソ共めがあぁぁ―――――!」
プライドをズタズタにされたらしいのか、ゴショガワラは怒り狂っている。以前とは打って変わって血走った眼差しで僕と師匠を睨みつける。
「ここ、こここ・・・殺してやる!」
落ち着けって。
「レッキ!後ろだ!」
師匠の声に反応し、僕はとっさに背後にインパクトを向ける。ドレッドが十手を振りかざすのが見えた。
させるか!腕めがけてインパクトの引き金を引く。
―ダン!カキン!
ほぼ同時にドレッドは十手で銃弾をはじく。クッまたか!
「ムダムダァ!」
十手がまた飛んで来る。避けるのも辛いんだぞ!
十手の連射を避け続けていたため、後ろが無防備だったのか、ゴショガワラが突っ込んできた。
「伏せろぉ!」
師匠は僕を無理やり伏せさせ、素早く神技を発動した。
「神技神腕!極斬刀!」
鋭くなった腕を振り、師匠はゴショガワラを横一線に斬った。
「ギョギョギョ!?」
ゴショガワラは動きがピタリと止まり、その後上半身と下半身がきれいにずれ、ドサリと音を立て、動かなくなった。
「な、何だ?今の技…。」
ドレッドが目を丸くする。
「し、師匠…。」
「…やっぱり人間あいてだと後味悪いな。」
ドレッドは冷静な表情になり、十手を器用に振り回し、ポケットの中に収めた。
「どうした!?仲間が死んだのに驚いちゃいねぇな?」
師匠は不思議そうに言った。その時、背後からわずかに機械音が響いた。
―午後14時41分―
「いやあ、今のにゃあ驚いたが…フフン、ゴショガワラはそれくらいじゃあ死なねえよ。」
ドレッドは腕を組んで笑う。
「…あのなあ、いくらなんでも上半身と下半身真っ二つで生きていられるはずが無いだろ…え!?」
師匠が何かに感付き、後ろを向く。
「フウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…。」
!何だと!?
ゴショガワラの上半身が浮き上がった。
「わ、わわわ、私が、ここ、これくらいで、し、しししし、しし、死ぬ訳が…無いだろう。」
…そう言えば、血が一滴も流れていない。
「ハハハハ!驚いたか!ゴショガワラは全身サイボーグ人間なんだよ!」
ドレッドが腹を抱えて笑う。
「バトル延長ってか?」
師匠が神技の構えを再び取る。だが、「あれぇ?」急に師匠がふらつき、その場にバタリと倒れてしまった。
「師匠!大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄る。
「う…ん…。」
師匠は出血し過ぎたらしく、腕がかなり冷たい。このままだと命に関わる。ドレッドはまたまた笑い出す。
「おやおや、頼りの師匠がダウンかぁ?ハハハハ!ゴショガワラ!そいつも殺してしまえ!」
「ウガァ―――――!」
ゴショガワラが殴りかかる。師匠は起きそうに無い。こいつは非常にマズイ。
ええい!仕方が無い!
「神技神腕!極斬刀!」
僕がそう唱えると、手のグローブがはじけ、ゴムスーツの袖がビリビリに裂け、僕の両腕が剣状になる。この技を発動したのは久しぶりだ。
「!?…あいつも奇妙な技を出しやがった!」
ドレッドはまた目を丸くする。
「でやあ!」
僕は迫り来るゴショガワラの腕を極斬刀ではさみ、針金を切るペンチみたいにブチっと切り落とした。サイボーグなら痛くないだろ。
「グォ!お、おのれぇ!」ゴショガワラは慌てて飛び退く。腰の一定の位置に3個のブーストパーツが取り付けらている。
「ひるむなゴショガワラ!下半身の銃を使え!」
ドレッドがゴショガワラの下半身から巨大な銃を取り出し、ゴショガワラに手渡す。なんちゅう所に隠してるんだ…。
「フ、フフフ…フヒヒィ!」
―ダダダダダダダダダダダダダ!
ゴショガワラは銃の乱射を始めた。
「神技神腕!烈硬化!」
―カキキキキキン!
腕が鋼鉄に変化すると同時に銃弾が跳ね返る音が聞こえる。神技は体力を消費するため、あまり乱用出来ない。
「オラオラオラァ!どうしたどうしたぁ!」
ゴショガワラは連射を続ける。僕は烈硬化の状態で師匠を足で押しながら後退して、ラインボールのレールに飛び降りた。
―ドスン!
「ギャン!」
師匠が短い叫び声を上げる。
「ムダムダムダムダァ!」
ゴショガワラが乱射をしたまま、こちらに近づいて来た。
「まいったなあ、サイボーグなんて聞いてないぞ。」
独り言をして見る。やっぱりむなしい。師匠はぐったりして動かない。
「師匠、しっかりして下さい。師匠!」
ハア、だめか。スピードヒールもさっきので全部使い切ってしまったらしい。ゴショガワラがすぐそこまで迫る。チィッ!
「超・神打で一瞬でも動きを止められればいいんだが…。」
ゴショガワラはすぐそこだ。やれやれ、やるしかないな、それ!ハイジャンプ!
ラインレールから乗り場の方に向かって右腕を構えた。
「神技神腕!超・神打!」
―バゴォ―――ン!
白い閃光がゴショガワラに命中した。
―バリバチッ!
「ギャアア!」
何かの部品が飛び散る音とゴショガワラの悲鳴が響き、その後すぐに、その場に煙が立ち込める。
「ぬああ!この能力は今まで見た事がないぞ!?」
ドレッドの声が聞こえる。
「グアア!お、ガガ、おお、ガピー、おのれぇ…。」
ゴショガワラが僕を探している。今のうちに…。僕はインパクトを構え、ドレッドの元まで直行した。
―午後14時42分―
「勝負あったな!」
インパクトをドレッドの額に突き付けた。
「!?」
ドレッドは僕の存在に気付いた。
「…。」
ドレッドがゆっくりと僕の顔を見る。
「十手を捨て、ゴショガワラを止めろ。そうすれば命だけは勘弁してやる。」
まあ、殺すつもりはハナから無いが。僕はドレッドの黄色の瞳を見つめる。
「…処罰機関をなめるなよ…。」
「何だと?」
―バチバチバチバチ!
うわあっ!
突然僕の身体を電流が走る。ドレッドは電流にひるんだ僕の腹を蹴り、後方へ飛び退く。笑うドレッドの握る十手からは白い電流が走っている。
「スタンガン!?」
「ハハハハ!驚いたかぁ!俺の十手は電流を流せる仕組みになってんだよ!」
わあ、そいつはやっかいだ。ドレッドにうかつに近づけないじゃないか。
そうこうしている内にゴショガワラが僕を見つけてしまった。黒服は無残にもボロ雑巾の様に腕や腹部にこびり付いているだけだった。
肌が見えるはずの身体は金属で覆われていて、彼がサイボーグだとよく分かる。僕の超・神打が命中した左肩は中身のコードか何かが火花を散らせている。
―ガーガガ、ピーピーガガ
機械音を発しながら銃を構え、近づいて来る。サイボーグとは言え、少しやりすぎたか?
「ハハハ!てめえも終わりだぁ!やっちまえぇ!ゴショガワラ!」
ええ!?
「ウガァ――――!」
ゴショガワラが銃弾を発射して来た。とっさの事に神技が出ない。無数の銃弾は目と鼻の先に迫る。これはマジで大ピンチだ。
―午後14時43分
僕は一瞬パニック状態になり、出るはずも無い神技を発動させようとした。
「神技神腕!下降掌!」
身体を貫通するはずの銃弾が真下に落下しだした。出るはずも無い神技が出た…しかも半端な威力では無い。僕の周辺にもの凄い重力が圧し掛かる。
―ドゴゴゴ…バキバキ!メリメリ、ズゴゴ!
「ピピピィ―――!ガーガガ!」
「ヌガアアアア!また変なのを出しやがったあぁぁぁ!!」
処罰機関一行は叫び声と共に床にめり込んで行く。…逆転勝利か?
―午後14時44分―
床にめり込んだ処罰機関一行はまだ負けを認めてはいなかった。
「ちきしょう!」
ドレッドが大穴から顔を出した。黒服は重力で引き裂かれ、かなりスッキリした格好になってしまっている。文字通り“クールビズ”だ。
「あきらめろ、ゴショガワラはもう動けないぞ。」
ゴショガワラは完全に機能停止していた。蒸気が時々「プシュー――!」と音を立て吹き出る。
「うぐっ…。」
「降参するか?それとも、1対1で戦うか?」
僕はドレッドにそう問い掛ける。ゴショガワラがいなけりゃ何にも怖くない。
「…な、なめやがって…後悔させてやるぜぇ!!」
ドレッドが十手をぶん投げてきた。そうこなくっちゃな。
―午後14時45分―
ドレッドはすでに十手にMAXパワーの電流を流している。十手所かドレッドの腕が白く光る。今度一発でも当たったらアウトだな。十手は僕の腹めがけて突っ込んで来る。
僕は足を後ろへ踏み込み、身体を後方へ反り曲げる。十手はしばらく突き進むと、また帰って来る。カスリも出来ないからきつい。
僕は十手連射を避けつつ、間合いをつめる。
ドレッドは僕が近づいて来た事に気付き、十手を持ち替え、振り回してきた。電流がムチの様に伸びて来た。
僕は飛び上がり、インパクトを連射する。ドレッドはまたまた十手ではじく。
「クソッ!」
「逃がさん!」
ドレッドは僕と同じくらいにまで飛び上がり、回し蹴りをして来た。
僕は素早くインパクトのシリンダーを持ち替え、ドレッドの蹴りを止めた。
―カキィン!
金属音が響き、ドレッドの足が逆方向に向く。彼のボロボロの黒ズボンから金属が覗く。
「クッ!“ガードキット”か!」
“ガードキット”とは、簡単に言えば、軍兵等が装着する装甲の事だ。ドレッドはもう片足で僕の顔面めがけて蹴りをあびせて来た。
金属の足での蹴りを生身で受け止めたら骨折する危険性がある。
「神技神腕!烈硬化!」
―ガキィン!
金属音が響く。
「油断したなぁ!」
ドレッドが電撃十手を投げる。十手は間違い無く僕の顔面に向かって来る。この距離では避けきれない。
「…今度こそ…死ぬ!」
…!いかん!冷静さを保て!
一瞬ドレッドのガードキットが目に映る。
そうだ!
僕はインパクトのグリップを十手にぶつけた。僕の銃のグリップはゴム製なため、電流は通らない。十手はドレッドのガードキットに命中した。
―バチバチバチバチバチ
「!アギェビギョブギャアァァァ――――!!」
ドレッドは漫画でしか聞いた事の無い叫び声を上げ、床に落下した。ドレッドは完全に気絶をしていて、全く動かない。
「ふう…やっと終わったか…。」
こうして、ドレッド率いる処罰機関との戦いに終止符が打たれた。
第7章に続く。