第8章:再び処罰機関
―3000年 1月4日 午後22時34分―
「ええい!胸クソわりぃ!あのクソ野郎共めぇ…。」
ドレッドが怒りながら私の部屋を歩き回っている。
「ドレッド隊長、今回はさすがに度が過ぎましたな、リクヤ総司令官がご立腹ですよ。」
「うるさい!ペチャンコになってまるで役に立ってなかったくせに!ゴショガワラがしっかりしていれば今回は失敗に終わらなかったんだ!」
「ムッ…そう言うドレッド隊長は私の手を借りなければやばかったんじゃあないんですか?」
「あんだと!?でくの坊!」
フフフ…あいも変わらないクソガキですなぁ…。
「でくの坊で悪うございましたねぇ、クソ坊主隊長」
「あぁ!?やるかコラァ!」
「望む所ですなぁ!!」
―バシン!バシン!
誰かが私とドレッドの頭を叩く。
「いったぁ!何すんだロト!」
「ロト…。」
眉間にしわを寄せたロトがどこからか持って来たのかハリセンを持っている。
「…喧嘩両成敗。」
怒った口調でロトが言う。
「チッ…分かったよ…。」
ドレッドはソファーに腰をおろし、ため息をついた。
3日前、我々処罰機関3番隊はトロピカル・ラグーンのプヨン教授に強制処罰を執行しに向かった。本来なら、プヨン教授を本部へ連行するだけだったのだが、ドレッドが『悪趣味な嫌がらせをしてから連行しようぜ!』とか言い出したのだ。
私はもちろん反対しようとした。でも、隊長の言う事は絶対だったため、反対出来なかった。それに、発明品を破壊した時、気持ちいい!と言う快感に襲われ、日頃のストレスをぶつけていた私にも責任がある。
だが、あのシルクハットと金髪男が気にいらない…あいつらさえいなければこんな事にはならなかったんだ。
「ところで、ロクロはどうした?」
ドレッドが聞く。
「ロクロはクラネとワイナに愚痴を言いに行きました。」
「なにぃ!またかよ!」
ドレッドは呆れる。
「あ、帰って来ましたねぇ。」
ロクロが少し晴々とした表情で部屋に入って来た。その後ろからクラネとワイナが付いて来た。
クラネとワイナはそれぞれ処罰機関5番隊と6番隊を務めていて、ロクロが落ち込むといつも励ましてくれる、ようは親友関係だ。
ワイナは黄緑の髪を逆立てている、クラネは頭いっぱいにニット帽を被っている。
「ドレッドはん、またやってしもうたんか?」
ワイナはドレッドの向こう側のソファーに飛び乗った。
「ったく、いつも進歩ないなぁ、そんなやから、リクヤ総司令官に目ぇつけられるんやで?」
「やかましい!俺は任務を執行してるだけだ!」
ドレッドはまったく反省していない。どうしてこんな奴が隊長なんだ…。
「しょうがない奴だな。」
クラネは小声で呆れる。
(リクヤ総司令官もさすがに我慢の限界だろ、この際、しっかり説教を受ければいいだろ。)
「ボソボソ言うなぁ!もっと大声で喋ったらどうだ!」
むしろドレッドを怒らせる事に繋げたようだ。
(仕方無いだろ。俺だって大声で叫んでみたいさ、でもこれは昔からのくせで直せないんだよ。ドレッドだって知ってるんだろ。そんな事言わないでくれよ。)
「大声で喋れっつってんだろぉがあぁぁ!」
ドレッドはソファーに座りながら怒り狂う。
(うう…皆からも何か言ってくれよ。ああもう…ハァ…。)
この果てしない元気のなさを見ろ。こいつが隊長だと言うのもどうかと思うが。
―午後22時37分―
「ドレッド隊長!リクヤ総司令官殿が会議室まで来いとの事です。」
下級処罰隊員が入って来た。その後右腕を胸にぶつけ、もう片腕を背中に回す。これは処罰機関独特の敬礼だ。
「おやまあ、とうとう来たんか。ほな、頑張りやぁ!」
(リクヤ総司令官、怒ったら怖いかもなぁ。)
ワイナとクラネは部屋から出て行った。ドレッドはまた深いため息をついて、「よし、行くかな。」と腰を上げる。
それから、部屋の入口まで向かって、
「おい!ちょっと待て!」
何ですか?
「お前ら…まさか付いて来ないつもりか!?」
「…別に私らは呼ばれてないでしょう。」
「そういや、そうだな…確かに、俺らは呼ばれてないな。」
「正論。」
「ですよねぇ、君ィ。」
「え?は、はいリクヤ総司令官殿は確かに、ドレッド隊長だけ来いと言っておりました。」
「マジかよ…。」
ドレッドが弱々しくへこむ。そして床ごとズゥンと沈む。
凄まじい落ち込み様だな。
「ゴショガワラァ…お前だけでも付いて来てくれよぉ…。」
えぇ…?
「…分かりましたよ、付いてけばいいんでしょ、付いてけばぁ。」
―午後22時53分―
「会議室」とうとうこの時が来た。
「いっっっっやだなあああああああ。」
ドレッドは頭を下げたままつぶやく。
「あきらめなさい、あなたもやりすぎたんです。」
ドレッドは私の顔を見て、またまたため息をついて、自動扉のマイクに「お待たせしました、ドレッドです。」と言った。
その後中から「…入れ。」と総司令官の声がした。
あいたたた、声からして、めちゃくちゃ怒ってらっしゃる。
「し、失礼します。」
入りたく無い会議室に私とドレッドは入った。
―午後22時54分―
「…イィ――――!!!!!!!」
入った瞬間ドレッドは声にならない悲鳴をあげた。
「よぉ、ドレッド。」
ワァオ!最低だ!最悪だ!前代未聞の最悪の事態だ!
会議室の中ではリクヤ総司令官がリーダーの処罰機関総幹部1番隊2番隊3番隊4番隊の隊長が全員集合し、一斉にドレッドを睨みつけている。
「あちゃあ、殺されますね、こりゃ。」
真っ青を越え、蒼白な顔になったドレッドにこっそり話しかける。
「ご愁傷様。」
この1~4番隊長は処罰機関の中でもエリート格であり、特に真ん中に座る。リクヤ総司令官は化け物並の力を持っている。もちろん、怒らせると半端ではない罰が待っている。
「…座れ。」
リクヤ総司令官は静かに促した。
赤いスカーフを頭に巻き付けていて、前髪が少しはみ出ている。彼独特のファッションなのだろう。
彼は懐中時計を見た。
「…4分遅刻だぁ。」
血走った茶色の瞳が光る。
「すす、すいません。」
ドレッドはフラフラと中央に置かれた椅子に座った。
「ゴショガワラ…君は呼んでないだろ?どうしてここにいるんだい?」
リクヤ総司令官の横に座る白髪の男が聞いてきた。
彼はザック、4番隊長だ。長い白髪を後ろにまとめ、メガネをかけている。
「いえ、私はドレッド隊長に『付いて来てくれ。』と、頼まれたので言う通りにしただけです。」
私は本当の事を言った。
「ほほう、ドレッド、お前1人だと心細いから自分の仲間を連れて来たのか…。」
あ、こりゃ余計な事言っちゃったかな?
リクヤ総司令官は数秒ドレッドに向かって笑みを浮かべ、それから静かに立ち上がって……ブチギレた。
「ざけんじゃねえぞコラァァァ!!」
目の前のテーブルが粉々に砕けた。“彼”が蹴飛ばしたらしい。
「あうえいおうえあいいあ…。」
ドレッドが泣きそうな顔で意味の分からない事を口走る、無理も無い、私でさえ…漏らしそうだった…。
「てめえ、この期に及んでまだそんな事言ってんのか!?トロピカル・ラグーンから連絡があったぞ!処罰機関は決められた人間を処罰すると言うルールがあったはずだぁ!どうして他の科学者にまで被害が出てる!あいつらはプヨン教授の付き添いというだけでお前らに危害を加える事は絶対に無いはずだ!それなのにてめえは2人も大怪我を負わせやがった!!そんな自分は説教受けるのに自分の部下巻き込むとはどう言うつもりだ!アァ!?国家のための組織の処罰機関がそんなんでどうするんだぁ!?」
二十代とは思えない凄い剣幕。
「うう…。」
ドレッドは黙り込む、なんだか、かわいそうですねえ。
同情しますが、…やっぱり、自業自得ですねぇ。
リクヤ総司令官は自分の前に散らばったテーブルの破片を踏み付け、ドレッドの前まで突き進む。ドレッドの髪でも掴むのでしょうか。
リクヤ総司令官は私の期待に答え、ドレッドの髪を掴み、上に持ち上げた。
「お仕置きだ。」
リクヤ総司令官はそう言うと、平手を構え、勢いよくドレッドを引っぱたいた。
―バッチィ―――――ン!!
いい音が辺りに響き渡り、ドレッドのヘアバンドがずり落ちた。
「必殺!平手1000連発!」
うわあ、ドレッド死ぬかも。
―バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!!
高速でリクヤ総司令官の平手が鳴る。
―午後23時27分―
「ブブ…。」
ドレッドの顔は見る影も無く、ジャガイモみたいに大きくデコボコに腫れ上がってしまった。
「…今回はこれくらいで勘弁してやる。命だけは勘弁してやったんだ、もっと喜べ。」
リクヤ総司令官はドレッドの髪を離し、椅子に叩き付けた。
「リクヤ、いくら何でもやりすぎやしないか?」
大柄のアクマン3番隊長がドレッドを見ながらリクヤ総司令官の元へ近づいて来た。太い眉毛と大きい目が特徴だ。
「うるせえなあ、これは処罰隊員への処罰なんだよ。」
「あっそ、なら俺も文句ねえよ。ただ、少々大人気ないぞって言いたかっただけだよ。」
アクマン殿はでかい目を細める。
「そうだぞ、お主は部下相手に怒りすぎなんだ。」
そう言ったのはジータ殿、アクマン殿に同じく、処罰機関2番隊長だ。侍のような髪型をしてる。
「うっさい時代遅れ野郎!俺は、処罰機関の名を汚したドレッドが許せなかったんだよ!」
「じ、時代遅れ野郎…時代遅れ野郎と言ったな貴様!!…人の気に触る事を…おのれぇ!!」
ジータ殿はリクヤ総司令官と取っ組み合いを始めた。
っておい!ドレッドの件はどうしたのさ!?
「このアホ面がぁ!俺をバカにしやがってぇぇ!!」
「やかましい!お前は俺様がその時代遅れの髪型の罪で100回処刑してやるぜぇ!!」
「ホォ!?上等だあ!こっちはその理解不能な髪型の罪で500回処刑してやる!!」
あらら、だめだこりゃ。
「ありゃりゃ、これじゃあ説教所じゃあないですね。」
ザック殿が頭を掻く。
「君達、今までの件は水に流してあげるよ、もうリクヤもこんなだからね。ただし、次にこんな事やったらどうなるかわかってるね…。」
ザック殿はメガネを外し、
「頼むから、これ以上僕等を幻滅させないでね。」
冷たく言い放った。恐ろしい…。
私はのびているドレッドを抱えて会議室から飛び出た。
―1月5日 午前7時45分―
翌日、私は包帯だらけのドレッドとロト、ロクロと共に、大広間へ向かった。
おっと、言い忘れていた。分かっているかもしれないが、ここは処罰機関を含む、国家機関の総本部だ。
名は“パニッシュベース”、我々はあの2人にギタギタにやられつつ、ここに帰って来たのだ。
パニッシュベースは国家機関が居座る政府のための島、「ステイト・キングダム(国家の王国)のセントラル」の城壁に作られている。大広間は国家機関の領域にあり、そこで、任務を伝えられるのだ。
今回はリクヤ総司令官から話があると聞き、向かっている。ひょっとして昨日の話の続きじゃあないだろうな…。
ロトはドレッドの顔を見ては、「…プッ…」笑いをこらえる。
「笑うんじゃねえ!!」
ドレッドが怒る。
「…プヒャハハハハ!!」
ロクロが笑い出した。
「この野郎!!」
ドレッドが怒り狂う。しかしそのおもしろい顔で言われても…プッ…ククク…。
―午前7時48分―
大広間にはワイナ、クラネ、の他に2人の隊長格がすでに集合していた。
「おう!久しぶりに全員集合してんじゃねえか。」
1人はニタリ、髪はとてつもなく長く、顔がすっぽり隠れている。いつも笑っているのでまったく会話が出来ない。
もう1人はスチーム、彼は国家機関が処罰機関のために作った戦闘兵器であり、全身はロクロより真っ黒だ。
「デへへへ…。」
ニタリは挨拶代わりにニヤニヤ笑い出した。
「ニタリ!てめえも俺の顔を見て笑ってんじゃねえ!!」
ドレッドは怒り叫ぶ。
「ああん?…おひょ!ギャハハハ!ドレッドォ!何だぁその顔ぉ!」
スチームは腹を抱えて機械音の混じった声で笑い出す。
「く、くそぉ…。」
「気にする事はありませんよ隊長、これから活躍して見返してやればいいのです。」
まあ無理だろうが。
「当たり前だ、俺はあの時から決めたんだ!大活躍して、総司令官まで昇進してやるんだ!」
ほほう、青二才の夢と言う奴ですね。まあ、せいぜい頑張って。
「リクヤ総司令官が来たで。」
ワイナが呼びかけて来た。
「おう、待たせたな。」
大広間の扉からリクヤ総司令官1人が出て来た。
「他の仲間は外に待たせてあるんだ、手短に話すぞ、これから“蒼の騎士団”の本拠地の疑いのある島へ向かう。」
蒼の騎士団!?
「お前らが分かっている通り、蒼の騎士団は人をモンスターから守る様な正義軍でもなんでもない、無差別殺戮軍団だ。この蒼の騎士団のお偉いさんが、人気テーマパーク、ジョ…何とか…に潜伏していると言う情報が入った。」
一同は驚愕した。
「テーマパークですか!?」
「どうして…よりによってテーマパークなんかに…。」
ワイナが考え込む。
「知るかよ、遊びにでも行きたかったんじゃあねえのか?とにかく、向こうは人気テーマパークだ。下手すりゃ、大勢の人が被害に遭っちまう。」
「いや、ひょっとしたらそれが目的だったりして…。」
ワイナはまた口をはさむ、悪い癖ですなあ。
「うっせえな黙って話を聞けやバカ!!」
ほれ怒られた。
「…コホン…そこで、国家機関の方々は我ら処罰機関に任務を与えてくれた。」
リクヤ総司令官はそこまで言うと、深く息を吸い、
「我らの任務、それは、ジョイジョイアイランドに潜伏する蒼の騎士団を壊滅させ、被害を最小限に抑える事!期限は3年!それ以上経っても結果が出せなかった場合、国家機関が“ランド・エンド”を発動するらしい!」
ランド・エンド!?
ランド・エンドは国家機関の最終兵器であり、どのような島でも一発で破壊出来るレーザー砲だ。
「中にいる人達を先に避難出来ないんですか?」
ロクロが聞いた。
「バカ言え、そんな事したら相手にもばれちまうだろ?避難する人達に紛れ込んで逃げちまうよ。」
「そうですか…。」
「それに、数年前にアジトが謎の消滅を遂げ、消息が不明だった蒼の騎士団だ、これでたたかない手はないだろう、これがラストチャンスと言っても過言ではない。」
「…。」
一同は沈黙した。確かに蒼の騎士団を倒せば処罰機関、いや、国家機関の名も広く渡るだろう。
「とにかく、詳しい作戦はシップの中でだ。準備しとけ!」
リクヤ総司令官はそう言うと、後ろを向き、
「ドレッド…ラストチャンスだ…手柄を立てとけ…。」
ドレッドにそう警告し、去って行った。
「…。」
ドレッドはしばらく黙っていたが、やがて…
「俺は…、」
「うん?」
「俺は、リクヤ総司令官の補佐になるためにここに入ったんだ…ここで、俺はそこまでのぼりつめてみせる…。」
沈黙する中、彼は私達の方を向いた。
「協力してくれねぇか?」
我々は目の色の変わったドレッドを見て、思わず吹き出した。
「な、なんだよ!?」
「ハッハッハ、やってやりましょうよ、ドレッド殿、あなたはいずれ、その夢を必ず叶えられるでしょう!」
「そうそう、俺達も手伝ってやっから。」
「昇進、昇進!」
「お前ら…。」
ドレッドはあの時とは全く違う優しい笑みを浮かべた。
ま、どうなるのか楽しみですねえ。
第9章へ続く。