第9章:不自然な少女
―3000年 1月7日 午前11時45分―
1日半遅れてやっと着いた…バイオテクベース…海面に浮かぶ看板に「ようこそ、バイオテクベースへ!」と書かれている。
「師匠、着きましたね、もうすぐ目的地ですよ。」
師匠はジェットボートの縁によさりかかり、シルクハットから…その…酔っぱらった人が吐く“アレ”を出している。
「うええ…本当か?は、早く上陸をぉうえええ…。」
あらら汚い!師匠のためにも早く上陸してあげないと…。
―午前11時47分―
「ああ、陸、懐かしいなあ…思えば長かった、波に呑まれそうにもなったし、巨大鮫にも喰われそうになったし、ああ…思えば長かった。」
師匠はフラフラと港を歩く。
「師匠!しっかりして下さい。蒼の騎士団とかかわってるとしたらここは敵の陣地かもしれないんですよ。そもそも、ギルドを殺害した事で蒼の騎士団に我々の存在がばれた可能性もあるんです。」
「そうだな…で、どこから入れるんだ?」
「まずは様子を見ましょう。蒼の騎士団兵がいたら隠れて潜入って事で。」
「オッケェ。」
―午前11時49分―
それにしても凄い建物だ。バイオテクベースは多数の円形型の建造物に囲まれた四角いビルだった。窓は一切無く、扉も1つしか無い。こんな狭苦しい施設は見た事が無い。
「シッ!誰か来るぞ!」
僕は師匠の声に反応し、近くのドラム缶に見を潜めた。
扉に近づく者は紛れも無く蒼の騎士団兵だった。
「…チッ。」
これでは中に入るのは無理か…って師匠はどこだ?
ああ!!あのバカ!!
師匠は蒼の騎士団兵の所へ近づいて行くではないか。騎士団兵は師匠の存在に気付くと「うわぁ!!」と叫び、銃を構えた。師匠はその銃口を軽くひね曲げ、騎士団兵をぶん殴った。
「レッキィ!早く来いよ!」
ハァ…師匠のやる事はめちゃくちゃだなあ。
―午前11時50分―
「この服を着て、騎士団兵に変装すりゃあ、中に潜入出来るだろ?」
騎士団兵の軍服を?冗談じゃない。
「そんな顔すんなよ、中に入るためには仕方が無い事だろ?」
師匠はパンツ1丁の軍兵をドラム缶の中に放り込んだ。
「しかし…。」
「1回くらいでガタガタわめくなっての!ほら着ろってば!」
ぬぐぐ…
「分かりました、でも軍服は1着しかありませんよ?」
「心配すんなって、俺は後で潜入する。まずはレッキから行け。いい考えを思いついたんだ。」
こんな人でも何か考えがあるのか?
「絶対来て下さいね。」
「わ――ってるよ!」
僕は青い軍服を身に付け、バイオテクベース内に潜入した。
「いってらっしゃーい!」
―午前11時53分―
バイオテクベースの中は薄暗いライトが廊下を照らしている。どっかのホラー映画みたいだ。
―ゴゴゴゴゴゴ…
僕が中に入ると扉は勝手に閉まった。
「…!」
中の人間に気付かれたか!?
…いや違う…これは自動扉か…冷や汗かかせやがって…ただでさえホラー映画っぽいのにびびらせるのは勘弁してくれ…。
―カツン、カツン、
誰かの足音がする!騎士団兵だ!
「お?ああ、見張りの奴かぁ、ごくろうさん。」
どうやらばれてない様だ、軍兵にばれない様、ここは演技をしなくては…。
「外にゃあ誰もいなかったぜぇ。」
これ、僕の演技です。声真似は師匠から教わりました。
「そうか、んじゃ、俺も外の見張りしなくてもいいか。」
よし、引っ掛かった。
「ここに送られた人数も20人しかいないから嫌だよ…休憩時間が短いから。」
面倒くさがりな軍兵らしい。
20人か…。
「そういやここって気味悪いよなあ。」
軍兵が聞いて来た。
「そうだよな、こんなに薄暗くて気持ち悪いもの。」
「ちげぇよ!気味悪いのは“人造人間”だよ!」
えぇ!?じじじ、人造人間!!??
…とと、平静を保たなくては…。
「だよなー!ありゃーさすがに無理だぁ!」
少し声が裏返ってしまった。
「ああ、人間が作った人間そっくりの生命体だからなあ。気持ち悪いったら無いよ。」
軍兵は苦い顔をする。
「人造人間と俺達と何か関係あったっけ?忘れちまったよ。」
なるべく自然な質問をした。
「関係もなにも、人造人間を軍の兵器に利用するんだって、隊長が言ってただろ!?」
軍の兵器に?
「ああ、そっか、そうだったなぁ…。」
「しっかりしろよ!…ま、いいか。じゃあ俺こっちの見張りしなきゃならないから。」
そう言うと、軍兵は背を向け歩き出した。僕はインパクトを取り出し、
「有力な情報をどうも。」
軍兵のどたまをグリップで殴り付けた。
「へみゅう!?」
間抜けな軍兵はこりゃまた間抜けな悲鳴を上げ、バタリと倒れた。
―午前11時56分―
あった!軍兵のポケットの中から無線機を発見した。早速スイッチオン!
「ザザ――――…どうした?」
「たた、大変です!不法侵入者です!仲間もやられてもう何がなんだか…とにかく来て下さい!」
何がなんだか…自分で言ってて笑えて来る。
「…!?分かった!すぐに応援をよこす!!」
バカめ、僕はその場から猛ダッシュを決め込む。その後、5人の軍兵がやって来たが入口付近には間抜けな軍兵しかいない。
「…!?大丈夫か?」
軍兵達は僕の存在に気付きもしない。
「ようし、今の内に…。」
僕は再び移動を開始した。
―午前11時58分―
外からじゃ分からなかったがバイオテクベースは地下室がメインになっているらしい。階段やエレベーターが入り組んでいる。
「まいったな…これじゃあどこに入ればいいか分からないぞ…。」
僕は騎士団兵を壊滅させる事を重視して潜入してしまったが、これでは逆に殺されてしまうではないか。
―ゴトッ
突然背後で物音がした!
「!!!!」
ぎゃあ!と叫ぶ勢いで僕は背後にインパクトを構えた!
「ヒッ!」
…?…少女の声だ。
ゆっくりと僕は後ろを向いた。そこには銃に怯えた少女が震えていた。
10代後半…になったばっかり…くらいだろうか。クリーム色の長髪、クリクリとした大きい瞳、白いTシャツに緑の短パンとした服装をしていて、とてもこの施設と合っていない少女だった。
僕は拍子抜けし、インパクトをホルスターに収めた。
「驚かせて…すまない。」
少女はまだ震えている。泣きそうだな…ハァ…女性はこれだから苦手なんだ。
「大丈夫、君に危害を加えたりしない、怖がるな。」
少女は少し落ち着いて来たのか、
「あなたも…軍兵さんですか?」
と聞いて来た。
「…僕は軍兵じゃないよ、この服を着ている人達をころ…倒しに来たんだ。」
危ない危ない、余計な事言ってまた怯えられたらたまったもんじゃない。
「君は誰?ここの子か?」
「わたしはミサ、この施設で暮らしてる…ですの。」
「…そうか…じゃあ人気のない場所がどこにあるか知ってるか?」
とにかくこの子を利用しない手は無い。
「…スパイなの?あなたはスパイなの?」
おもしろそうにミサが聞いて来た。スパイ…そんな優しいもんじゃないんだけどなぁ。
「詳しい事は後だ!何か無いのか?どうなんだ?」
「んんと…わたしとミツル兄さんの部屋なら、誰も入って来ないと思うですけど…。」
そこだ!
「ミツル…って誰だい?」
「わたしのお兄さんですの。」
聞き分けのある奴だといいんだが…。
「そこに連れてってくれ。」
素朴な疑問なんて気にしてられないか。
「うん!」
午後12時23分
幸いにも軍兵にも会わずにミサの部屋に着く事が出来た。殺風景な部屋はまるで牢屋だ。
「座って。」
ミサは興味津々とした表情で椅子を出す。僕が椅子に座ると
「ねえねえ!あなたはスパイなんでしょ?だって、軍兵さんっぽくないんだもん!そんな格好するのは潜入スパイに決まってるよ!ねえ!そうなんでしょ?」
と質問して来た。
テレビの見すぎですね。
「スパイなんかじゃないよ、ところで、ミサ…だったかな、君はここの施設でずっと暮らしているのか?」
「うん、生まれてからず―――――っと!外にも出してもらえないんですの。」
何!?
「じゃあ君は外の事を何も知らないのか?」
「ううん、ここの人達に外の事、たくさん教えてもらいましたの。」
「科学者達の事か…他に何か教わったのか?」
「んんと…国立大学レベルの英語、数学、国語、科学、歴史、政治、…後は25カ国の言語学を少々…。」
「も、もういい…。」
僕より頭いいかもな、こいつ…。
「どうして外に出れないんだ?」
「科学者の人達が出してくれないです。」
「何故?」
「…わたしが外に出ると科学者の人達が困るからって…。」
「??君が外に出ると、何か害があるのか?」
「ん…、」
この質問にはミサは発言を拒んだ。
「…?」
「言いたくない…わたし…、」
んん…秘密にされるとますます気になる…。
「大丈夫、驚かないから、言ってくれ。」
ミサは僕の顔をじっと見る。
「分かった、お兄ちゃん優しそうだから。」
そして、とんでもない事を話した。
「わたし、人造人間なの。」
…?……??……ハイ!?
「なるほど、人造人間の君が外の人達に知れたらパニックになると判断したのか…。」
このセリフを話している時、僕は大パニック状態に陥っていた。
『じじじ人造人間!?嘘だろ?そんな非科学的な事、ありえない!!小説や漫画でしか見た事がないぞ!?なんだ?セルに吸収されるのか?そして坊主頭のおっさんと結婚するのか?って僕は何言ってるんだ?』
「でも、君はどう見ても普通の人間に見えるけど…。」
僕はミサの方を向いた。
「…!!??」
僕は目を疑った。ミサが自分の腕を掴み、横に伸ばし出した。腕はゴムの様にグニャリと伸び始めた。
「……。」
驚くのを止めた。もう飽きた…。
「ほらね、わたし、両腕両足が伸縮自在なんだ。こんな人間見た事無いでしょ?」
僕は悲しそうな顔をするミサに何も言えなかった…。
―午後12時25分―
「誰だ!!」
「!」
突如、後方から声がした。僕はとっさにインパクトをホルスターから抜く。
「止めて!その人はわたしのお兄さんです!」
僕はミサの言葉に敏感に反応し、引き金にかけた指を戻した。ミサの兄、ミツルは黒いトレーナーとジーンズを身に着けている。
黒髪に茶色の瞳を持つごく普通の青年だった。
「ミサ、軍兵を自分の部屋に入れて何してんだ!!」
ミツルはかなり怒っている。
「あー、心配要りません、僕は軍兵なんかではありませんので。」
「本当だな?じ、じゃあ、君は誰なんだ?」
ミツルの警戒は続く。
「…僕はレッキ、ここの軍兵達にちょーっと様があるんだ。」
「じゃあ、どうして軍兵の服を着ている。」
ミツルは目を光らせる…まずいな、これ以上余計な事言うと、軍兵達を壊滅させに来た事が知られてしまう。
「い、いや…これは…。」
「ほら!何も言えなくなった!君がここに来た理由は僕らには言えないんだね?」
うぐ…鋭いなあ。
「ミツル兄さん!この人は悪い人じゃないよ!」
ミサがミツルの考えを否定する。この子の心は純粋だ。
「ミサ、世の中には人がいい様に見えても、とんでもない極悪人だって事があるんだ。この人もきっとそうだよ!」
本人の前で言う言葉か?
「うう…。」
ミサは黙りこむ。
「確かに君が思ってる通り、僕は極悪人かも知れない…でも、約束しよう。君達には一切手出ししないし、軍兵達にしか用は無い。」
「…本当だな?」
ミツルはまだ信用しようとしない。
「本当だ。」
「…分かった…でも、君を完全に信用した訳じゃあないからな!軍兵達には君の事は言わないから…今すぐ、この部屋から出てってくれ!」
ホッ…
「そうしよう、じゃあな、ミサ。」
「うん…。」
ミサに別れを告げた。
ミツルは寂しそうな顔をするミサをじっと見つめていた…。
―午後12時27分―
やれやれ、困ったなしかし、ようやく隠れ場所が見つかったと思ったのに…。
僕は薄暗い廊下を警戒しながら歩いている。鉄の錆び付いたニオイが鼻につく。
「せめて倉庫でもあればいいんだが…。」
と言ったその時、軍兵が曲がり角から顔を出した。
「!!」
「…お前は…。」
軍兵は僕の服をじっと見る…。
「…その服には俺の同僚の名前が刻まれているな…。」
!?何だと?…僕は自分の服の袖を見る。
“ロード・デビット”
…あの時の軍兵の名が刺繍されている…。
「俺の同僚をどうした!」
軍兵はライフルを構える。
「貴様の同僚は外のドラム缶の中で眠りこけてるよ。」
「なにぃ?誰だ!お前!」
「僕は…数年前、お前らに家族を殺された者だ!」
「何?…我らが殺した人間達は全てモンスターの材料にしたはずだ…。」
「…僕は逃げ延びた、あの時から貴様らに復讐するため、強くなった。」
「復讐?…ハハハハ!お前1人に何が出来る!?自分の家族も守れなかった奴によぉ?」
「フン、なめるなよ?僕はあの時の僕とは全然違うからな!」
そう言うと、僕は素早く身をかがめ、軍兵の懐へ駆け込み、
―ダァ――ン!
一発ぶん殴った。血と歯が2,3個、口から吹き出る。
軍兵は突然の事にどうする事も出来ず、そのまま意識を失った。
「だから言っただろ。」
―午後12時29分―
自分の軍服が血で汚れてしまった…。
「これでは見るだけでバレバレではないか…隠れ場所は無いのか?」
僕は焦りつつもメガネに付着した血痕を拭き取る。
ふと、壁を見ると、「ドクター・ホウプラブ教授専用、開発室」と書かれた看板が掲げてあった。
長い間放置されてあるのか、黒く汚れている。
「“ドクター・ホウプラブ”…クリボッタの言っていた行方不明の教授か…。」
「父さんは僕らを見捨てたんだ!」
わわ!
「ミツル…か?」
ミツルがムスッとした顔をして、僕の背後で腕を組んでいる。
「君はどうやら本当に軍兵達に用があるみたいだね、先程の会話、聞かせてもらったよ。」
「聞いてたのか…。」
「フン!僕は人造人間№32なんだよ?普通の人とは聴覚が違うんだ。」
ああ、流れ的にそうだもんな…。
「それより、どういう事だ?ドクター・ホウプラブは君達を作り出したのか?」
「そうさ、父さんは、僕らとの約束を守らずにこの施設から逃げてしまったんだ。」
「約束?何だ?」
「…ミサを外の世界に出してあげる事…今では、父さんの代わりに就任したドクター・ゲドーって人が禁止してるんだ。」
「なんだか可愛そうだな…。」
「君に言われる筋合いは無いよ、…父さんの開発室なら誰もいないし、いい隠れ場所になると思うよ…。」
「本当か?…助かったよ、ありがとう。」
「ハッ!無表情で言われてもねぇ。」
―午後12時30分―
「ここか…。」
開発室はプヨン教授の開発室のデザインに似ていて、下の方には発明を作るための机が取り付けられていた。
僕は軍服を脱ぎ捨て、椅子に腰をおろした。
「フゥ――――ッ…師匠、なかなか来ないな…。」
まったく、こんな時に何故あの人は来ない!?
僕はこれからどうするか考える。
「蒼の騎士団達はもう侵入者の存在に気付いている…思い切って神技で一気に壊滅させるか…?」
僕はふと机に目をやると、何かの書物が無造作に置かれている。
触って見るとホコリがびっしりとこびりついている。僕はホコリを手で払った。
「ケホケホ…。」
その書物には“人造人間開発までの手記”と書かれている。
「…ドクター・ホウプラブ?」
その書物を書き記したのはドクター・ホウプラブ本人らしい。
僕はしばらく表紙を見つめていた、そして、その書物をゆっくりと開いた。
2964年から、人造人間開発手記を私ドクター・ホウプラブが記す。
第10章へ続く。