第14章:機密情報
―3000年 1月7日 午後15時13分―
ミサのはもう元の大きさに戻っていた。あの不気味な泥人形の顔も人間の顔に近づいてきている。
「やった…あ、ありがとうレッキ!」
ミツルは涙を浮かべながらそう言う。
「やれやれ、なんとかなるもんだ。」
師匠もホッと胸をなでおろした。が、
「…ッ!!!」
僕はミサの姿に気付くと、自分の服を着せた。
現在、僕と師匠とミツルは縮み出したミサを火の回らない場所へと移動させていた。
リワンダーは恐らく火の海でカリカリに焦げているだろう。
「き、き、き、貴様らぁ!!」
ゲドーが地団駄を踏みながら怒り狂っている。
さっきいた助手はいない。巻き込まれて死んだようだ。
「よくも僕の計画をぉ――!ことごとく邪魔しやがってぇ―!!!!」
「ざまあ無いな、この状況では明らかにてめーの方が不利だぜ。」
師匠がゲドーに向かってそう吐き捨てた。
「ヒッ!チ、チクショウ…!!」
ふと、ミツルを見ると、
「何をしてる!!」
僕は驚いた。
なんと彼はダイナマイトの導火線に火をつけようとしていた。
師匠もミツルの方に向くと、
「…行くつもりか。」
とつぶやいた。
「僕の妹にこんな酷い事をしたあの男を…僕は許せない。」
導火線に火が点く。
「待て!バカなマネは止めろ!!」
導火線の火はどんどん進んでいく。
「じゃあね、ミサを…ミサを…頼んだよ…。」
ミツルは涙を拭きながら、ゲドーの元へ走り出した。
「止せ、ミツル、止せ…」
僕は震える手でミツルを捕まえようとした、しかし、師匠に止められる。
「離して下さい!離して…離せぇ!!」
僕は師匠に怒鳴った。
「あいつは自分で決めた道を歩いてるんだ、それを、お前は踏みにじるつもりかぁ!!」
「うっ…。」
師匠に怒鳴り返された。
「俺だって辛いさ…自分がもし自分の家族のために死のうなんて、でもそれはそれだけ自分の家族の事を愛してんだよ…分かってやれ、レッキ」
「ぐ……うう…」
僕はその場に座り込んだ、もう、ミツルの後ろ姿を見るしか出来なかった。
「ギャアアアア!!来るなぁ――――!!」
ゲドーの悲鳴が轟く。
ズガァァァァァァァァァアン
ミツルは爆音とゲドーの絶叫と共に吹き飛んだ。
「……うああ。」
僕は頭を抱え込んだ。
これで、ミサも僕のように独りぼっちに…
「プシャアシャア!パパァ!大丈夫ぅ!?」
突然、悪夢の様な声が轟いた。
「まさか――」
「ヒャハハハハ!馬鹿な人造人間だぜぇ!!僕も殺せずに自滅しやがったぁ!!」
ゲドーは生きていた…!!すすまみれのニトロに抱きかかえられている。
「う…ぐぐ…」
僕は震えながらあえぐ。
「ミツルは無駄死にしたってわけか…あの野郎!!!」
師匠はワナワナと震える。
「プシルルルル…。」
「ククク、ニトロ、あいつらを殺せ。こうなりゃ抹殺だけでも遂行するのだ。」
「プシャアシャア!」
ニトロは飛び掛った。
「死ねえ!」
師匠は襲いかかるニトロの前に立ちはだかり、指を前に向ける。
そして、神技最強の技を発動した。
「“神・解”」
―午後15時16分―
師匠は指を横に振る。同時に全身を白い電磁が包み込んだ。
「…許さん!!」
ニトロは不気味な笑みを浮かべ、ニトロを吐いた。
師匠は何もしない。ニトロは師匠の身体にかかる寸前に電磁のオーラに遮られた。結局ニトロ液は師匠の身体に全く触れず、ニトロの身体に戻っていった。
ニトロは自分の元々の顔色を上回る程の蒼白な表情になった。
「なッ!あっ!ギュアッ!!」
ニトロの顔が吹き飛んだ。
「アアアアア!!ニトロォー――!!」
ゲドーは悲痛な叫びを再び上げた。
「ききき、貴様、ナナナナナナ、何をしたぁ――!!」
師匠は無言で死体となったニトロの身体を蹴る。
「神解は自分の体力と引き換えに全戦闘力を数千倍も増長させる技だ。同時に全身を強力な電磁バリアで覆われる…神技はお前も知ってんだろ?」
ゲドーは青ざめた顔で師匠のシルクハットを見た。
「そ、そそそそそそそうか…ききき貴様…シーク・レットだな?…し、知ってる…知ってるぞ…数年前蒼の騎士団に大打撃を負わしたあのシーク・レットだ…。」
ゲドーはワナワナと喋る。
「待て、何故…お前がその事を知ってるんだ?」
僕は、ゲドーにそう聞いた。
「やっとわかったぜ…あいつは元々“蒼の騎士団化学班班長”を務めていたんだ。」
横から師匠が口をはさむ。
「何ですって!?どうしてあんたがそんな事知ってるんですか?」
「へ、へへへ…貴様は全てお見通しの様だな。そうさ、僕は過去に蒼の騎士団で勤めていた。モンスターを開発する仕事だ…やりがいのある仕事だったよ…貴様が来るまではな!!」
…どういう事だ…!?
ゲドーは静かに過去の話を語り始めた。
―20年前 8月25日 蒼の騎士団本部―
ゲドーは薄暗い個室にいた。個室一面には血痕や何かの肉片で見事に飾られていた。
「おい!どうだ?モンスターは完成したか、班長。」
すぐ近くで様子を見張っていた軍兵が興味津々に歩み寄る。
「…今出来たばかりだ…よっ!!」
ゲドーはモンスターに鋭い針の付いたプラグを大きく振り下ろし、突き刺した。
「グギャアアアアアアアアア!!」
モンスターは叫んだ。
「うるせえ!ゲスな生き物の出来損ないめ!」
軍兵はライフルでモンスターの身体を数発殴りつける。
「…気に障るなあ、ここにその出来損ないを作った人間がいるんだよ?それは僕に対しての侮辱って事になるのかなぁ。」
ゲドーは表情を変えずにパソコンのキーボードを打ち始めた。
「おお、そうだったな…ハハハハァ!!」
「フンッ」
「…にしてもこの部屋はくっせぇなぁ。掃除くらいしろよ。」
「掃除してもすぐこの環境になりますよ?作ればまた人間が運び込まれるんだから。」
「衛生的にわりぃだろぉが、掃除屋でも雇っとけ!!」
軍兵はツバを吐き捨て、部屋から出て行った。
「…無能な人間の分際でこの僕に命令しやがって…。」
ゲドーは出来たてモンスターに頬を寄せる。
「ハァァァ…かわいい僕のモンスター…あの軍兵を殺せ。」
「グギャアアアアア!!」
モンスターはプラグやコードを引きちぎり、開いた戸から走り去った。
「くくくくくくく…」
数秒後、男性の絶叫が聞こえた。ゲドーはケタケタと笑い続けた。
―8月26日―
今日も彼は平凡な生活を送るはずだった。あの男が現れるまで。
「不法侵入者だぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ウ――――――――――――――――――――!!
サイレンが鳴り響く。
「どうかしたんですか?」
ゲドーは走り回る軍兵に話し掛けた。
「謎の男が基地内で暴れてるんだ!!しかも化け物みたいに強いんだ!!」
軍兵がそう言い終わらない内に建物が潰れる音が響く。
「ヒィ!き、きき、来たぁ―――!!」
軍兵は逃げ出した。ゲドーはただならぬ雰囲気に怯え、部屋の隅に隠れた。
コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ、コツ
何か来る。奥から何かが…ゲドーは震えながら外の様子を覗き込んだ。
そこにはシルクハットの男がノッシノッシと歩いていた。全体を黒服で覆ってるので年齢も分からない、しかし、背丈や動きから10代の青年くらいだとゲドーは確信した。
「…随分陰気なとこだな。」
それから横を向くと、
「神技神腕!超・神打!!」
と叫んだ。同時に腕から閃光が走る。壁は音を立て崩れ落ちた。
「…!!何て恐ろしい能力なんだ…。」
ゲドーは震え上がる。シルクハットの男は崩れた壁に向かって歩き出した。
数時間後――
「デスライク様!早く逃げましょう!!」
「おのれぇ…クソ野郎め…。」
ゲドーは船で逃げる蒼の騎士団大総統、“デスライク”を見た。
「これで蒼の騎士団の壊滅は逃れたか…しかし…へへへ、これで僕も失業か…。」
ゲドーは炎に包まれ、崩れ出した基地を見つめていた。
シルクハット男は燃え盛る基地の前で腕を組んでいる。
「ドン・グランパ、ちょっとばかし、やりすぎましたかねぇ?」
シルクハット男は横にいる大男に恐る恐る話し掛けた。
「…まぁ、この程度でいいだろう。」
大男は腕を組んだ。後ろからは4,5歳くらいの緑バンダナを巻いた少女が炎をじっと見つめていた。
「お前は加減をしらんらしいなぁ、シーク・レット、ま、どうでもいいけど。」
犬の耳のような髪型をした男がシーク・レットと呼ばれた男の横に並んだ。
「シーク・レット…。」
4人の人間達は燃え盛る炎をじっと見続けていた。
―午後15時18分―
「そう言う事だったのか…。」
僕は師匠の過去を少し知った気がした。
「…あの時から僕は貴様にいずれ報復をしようとしてバイオテクベースで人造人間の研究を積み重ねたんだ!!そして、ニトロを蒼の騎士団に献上して…再び化学班でトップにのし上がってやるのさ!!」
師匠は黙っている。
「なんにしろ、ニトロは死んだ、お前もこれでおしまいだな。」
ニトロは頭をグチャグチャにして動かない。
すると師匠は口を開いた。
「いや、まだ生きてるぜ、そいつ。」
「えぇ!?」
―午後15時19分―
ニトロは板切れの様にバァーンと立ち上がった。顔は一瞬で修復された。
「!!」
「下がってろ!」
師匠は僕を後ろに押した。
「プシュルルルルル!!よくも殺したナァ――――!!」
ニトロは歯をむき出して襲い掛かった。
リカバリー能力!?兼ね備えていたのか?
「俺は怒ってるんだ!神技をなめるなよ!!」
ニトロは腕を大きく振り、手刀を浴びせた。師匠は残像を残し、ニトロの後ろに回り込んだ。
「プシュルァ!?」
「チェアァ!!」
師匠は見事なかかと落としを喰らわせた。
「イェイ!」
「プシュウ!!!!!」
ニトロは両手で受身を取り、右足で振り上げ蹴りをくりだした。
「おおっと!あまいあまい!!」
師匠はニトロの足を掴み、ブンブン振り回しだした。
「ウォラァ――――!!」
ニトロは砲丸投げの様に飛んで行った。新記録か?
「プシャシャ!」
ニトロは空中で静止し、突っ込んで来た。
師匠は腕を器用に組む。
「神技神腕!烈硬化!」
―ガキン
ニトロは腕の鉄に勢いよく激突した。
「く、くそぉ!」
「さーて…そろそろ終わらせるかな。」
師匠は真面目な声で何か唱え出した。
「地の精霊よ…この世界に生きる魂に力を、火の精霊よ…この世界に生きる怒りに力を、…」
何なんだ?師匠は何をするつもりなんだ?
「ウオオオ!何ブツブツ言ってやがるこの野郎!!」
ニトロは襲いかかって来た。
「自分の運命を呪いな、死ね。」
冷たい声で師匠は両腕を突き出した…すごい殺気だ!!
「ブラッディ・インフェルノ!!」
師匠の腕から赤黒い波動砲が出た。
―バシュ――――――――――――ッ!
凄い爆音が響き、
「ぶぎゃああああああああああ!!」
ニトロはきれいに消滅した。
午後15時25分
「し、師匠、今のは…」
「神解をすると個人特有の強力な技を出せるんだ、今のもそれさ。だが、もう力が出ねえなぁ。」
師匠はヘナヘナと崩れ落ちた。
「!!そう言えばゲドーは?」
「逃げたよ、まあほっとけ、あいつももう終わりだよ。」
師匠は寝たまま手を振る。
―午後15時27分―
ミサが起きた…。
「…ミツル兄さんは?」
僕も師匠も黙っている。
「…みんなどうしたの?何故黙ってるの?……兄さんはどこ?」
「ミサ…」
「……」
師匠は何も言えない。
「…死んだの?」
「ミツルは…」
「…」
ミサの顔から血の気が引いた。
「…う…嘘…でしょ?…ねぇ…レッキ…シーク…2人共…なんとかいってよ!!」
師匠は僕の横で拳を握り締めた。
「それとも…わ、わたしのせいで…わたしがモンスターになったから巻き込まれて―」
「違う!…あいつは…あいつはお前のために…」
師匠が叫んだ。
「いやだぁ………ヒッ…どうして?…どうしてわたしの大事な人は皆死んでいくの?」
ミサは泣き崩れた。
「…クソォ。」
師匠は座り込んだ。
「ミサ…」
僕はミサを強く抱き締めた。
「これからは…僕達が家族だ…ミツルと約束したんだ…お前を大事にするって…あいつのためにも…泣くな…」
「う…うああああ…」
ミサは声を上げて泣き出した。
「ミサ…ごめん…ごめんな…もう…これ以上悲しい思いは絶対させないから…約束するから…泣かないで…」
燃え盛る炎が揺らぐ中、少女の泣く声が響き続けた。
ずっと、ずっと響き続けた。
―トロピカルラグーン前―
「あれがトロピカルラグーンだよ。」
ジェットボートの上で、僕はミサの手を握り締めていた。
なんとなく、そうしてあげたかったからだ。
「ホウプラブ教授と仲が良かったって聞いてるから、きっと迎えてくれるさ。」
運転している師匠は、手記を読みながらそう言う。
「…ありがとう。」
ミサは僕の手を握り返す。
―トロピカルラグーン内―
それからミサは、プヨン教授やクリボッタ達にも心を開けるようになり、師匠も悲鳴を上げながらもアリシアと再会できた、これで事は一通り済んだだろう…僕はトロピカルラグーンで修行をしたいと師匠に申し出た。
「俺はいいぜ、でもよぉ…プヨンがなんて言うか…。」
「構いまぴぇんよ。」
後ろからプヨン教授が歩いて来た。
「君はボクの親友だったホウプラブの娘さんを救ってくれた人でぷ、だから、ホウプラブの代わりにこっちが恩返しをする必要があるでぴょう。」
僕は教授に礼を言うと、部屋から出ていった。
―トロピカルラグーン 大庭園―
大庭園では、ミサはバイオテクベースから持ってきたのか、オカリナを吹いていた。
「この曲は…。」
それは故郷でよく母さんが歌ってくれてた曲だった。優しく、悲しい曲だった。
「…?」
彼女は僕に気付くと、
「すいません、わたし、下手くそだから…。」
そう言いながらオカリナを吹くのをやめようとした。
「いや、吹き続けてくれないか…。」
ミサは不思議そうな顔をしたが、
「…うん。」
再びオカリナに口をつけた。再びあの曲が流れる。
オカリナの優しい音色はトロピカルラグーン全体に響き渡った。
懐かしい音色は、あの頃の記憶を呼び覚ます。姉さんや、父さん、そして母さんとの思い出が僕の頭を駆け巡っている。
そして、ミサは演奏をやめた。
「また、オカリナ吹けるなんて思ってませんでした…助けてくれて、本当にありがとう、レッキ…。」
ミサは笑顔を浮かべた。
「…礼を言うのは…こっちの…方だ。」
何故か、うまく声が出ない…僕の目から熱いものが流れ出た。
それから一年後の事だった。
第15章へ続く。