第16章:奇妙な絵描師
―3001年 3月1日 午後3時29分 トロピカルラグーン開発室―
僕とミサ、そして裁判機関研修生クリスは、前回南方支部に向かうため空港に出向く事になった。そのために一回トロピカルラグーンで準備をする事にしたんだ…。
初めてプヨン…スライムを見たと言うクリスは興味津々にプヨン教授を見つめていた。
「凄いッスねぇ~食べた物はどこを通るんスか?」
質問始めちゃったよこの人。
「水しか飲みまピェん。」
あ、そうなんだ。
「どうして服は濡れないんスか?」
「この服は特別製なんでプ。」
「彼女は?」
「いまピェん。」
「彼氏は?」
合コンでしか見た事のない質問だな。
「ボクはオスでプ。」
「両親は?」
「故郷で老生を送ってまプ。」
「お子さんは?」
「無性生殖で5人造りまピた。」
おぉ、そいつは初耳だ。
「好きな物は?」
「発明とお金。」
やっぱり。
「嫌いな物は?」
「もずくとドレッド。」
やっぱり。
「え~とそれじゃぁ~あ…。」
「プギャ―もう勘弁してぇ!!」
彼女の好奇心旺盛なとこはどこかのバカ道化師にソックリだ。
「レッキィィィイ!!てめぇぇぇコノヤロォォォオー!!!ぃよぉくも海のど真ん中で叩き落しやがったなぁ!」
噂をすればなんとやら、あちらから師匠がのっしのっしと歩いて来た。
バスタオルで全身を覆っているが自慢のシルクハットはやっぱり取ってない、謎のプライドが見え隠れしている。
「あなたが強情だから悪いんですよ。」
師匠はガタガタ震えながらもくってかかる。
「全然わかってねぇなぁ!いいか、よく聞け!俺はな―」
「シィィィィクゥゥゥゥ!探したわよぉ!!」
甲高い声がしたかと思うと、アリシアさん(師匠の元カノ?)が突進してきた。
「ギャアアアアアア!く、来るなァァァァ!」
師匠は彼女を見るなり全力で逃げ出した。
アリシアさんが結ばれる日はかなり遠そうだ。
プヨン教授はクリスの質問攻めからやっと解放されたのかヨタヨタと歩いて来た。
「何なんでプかあの娘っコ。」
クリスは今度はアリシアさんに捕まった師匠に興味を示していた。
「お疲れ様です、ところで、これから試験のために南方支部に向かう事になったんですが…。」
プヨン教授はフフンと鼻を鳴らした。
あ、イヤこの人に鼻はないな。
プヨン教授はフフンと“どっか”を鳴らした。
「皆まで言わなくていいでプニャ、何かいい道具を貸してほしいんでピョ?」
さっすがプヨえもん、何でもお見通しですね。
「護身用の銃を君にあげまプ、実は…あの“インパクトなんちゃら”って奴をちょっとばかし改造させてもらいまピた。」
あ、コイツいつのまに。
「ハイこれ、名付けてBM-マグナァム!前より数倍軽量化させた2丁拳銃でプニャ!」
シリンダーは黒地に4本の白線が引かれている。グリップは白いゴム製でこちらがゴム手袋で持っていてもしっくりくる。
「ありがとうございます、助かりました。」
「いいんでプよぉ、お金さえ払ってくれれば。」
尊敬して損した。
―午後3時32分 トロピカルラグーン開発室―
クリスが師匠に飽きたのか、こっちに来た。
「そういえば、ミサちゃんはどこなんスか?」
あ、確かにいない。どこにいったんだ?ミサの奴。
「ミサがどこに行ったか存じませんか?」
プヨン教授に聞くのは勇気がいる。
『教えてやるから金おくれ』とか言われたらたまったもんじゃない。
「存じまピェん。」
助かった。
「あ、来たッスよ。」
本社の入口からミサが何かを抱えて走ってきた。
「すみませーん!レッキ、忘れ物ですよぉ。」
あっ!あれは僕のパスポートじゃないか。
「ありがとう、うっかりしてましたよ。」
パスポート、あれ?そういやミサのパスポートって…
「ボクが作っときまピた。」
背後から小声でプヨン教授が言った。
「偽造パスポート、ニトロの件でゲドーとか言う男が密告してでもいたら大変でプからね。名前もこっちで作らせてもらいまピたよ。」
さっすがプヨえもん、何でもお見通しですね。
「ありがとうございます、助かりました。」
「いいんでプよぉ、お金さえ払ってくれれば。」
尊敬して更に損した。
「ねぇねぇ、アンタ達南方支部へ行くんでしょ?」
いきなりアリシアさんが口を割ってきた。
「ちょ――どよかったわぁ!あそこにアタシとシークの知り合いが住んでるらしいからさぁ、このお手紙届けて欲しいんだけど…できる?」
そう言うと彼女はシュパッと封筒を差し出した。
一般(?)の女性にしてはずいぶん高級そうな封筒だな。
「別にいいですよ、暇があればですけどね。」
アリシアは気立てのいい笑みを浮かべた。
「ごめんねぇ、アタシ自身が行きたい気はやまやまなんだけどねぇ…シークが寂しがっちゃうからねぇ。」
「コラァ――――――ッ!俺は微塵も寂しかねぇぞォォォ!!おめぇは南方支部でこれからの長い人生を送ってくれぇぇぇ。」
悲痛な師匠の叫びに彼女は愛情いっぱいの抱擁で応じてあげなすった。
―ベキボキバキボキ
「ウギャアアアアアアア。」
―午後3時43分 トロピカルラグーン開発室―
師匠の絶叫の中、僕はミサとクリスと共に荷物整理を始めた。
「パスポートよし、ノートパソコンよし、無線機よし。」
続いてミサ。
「ゲーム機よし、マンガよし、お菓子よし、」
よくない。
「ミサ、我々は遊びに行くわけじゃないんですよ?」
ミサはこういう事に関してはお子様以下だからなぁ。
「そうッスよ!自分達の様にしっかりと立場をわきまえるッス!」
ゲーム機を放り込んでいる奴に言われたくない。
「い、いや…これは違うッス…その…あの…ミサちゃんにプレゼントするためのヤツッスよ。」
ミサが目を輝かせた。
「えーほんとぉ?わたしにくれるんですかぁ?」
「よかったですねぇ、ミサ。」
涙目になっているクリスは置いといて、荷物整理はひとまず終わった。
「レッキ君、ワダイって人からお届け物でプよ。」
プヨン教授がダンボールを一箱持ってきた。
「なんでしょうかね?」
中身にはブレイヴメントのロゴが刻まれた服が収められていた。
黒いスーツとズボン、裾の長い白コートに、“どっかで見た事のあるネクタイ”。
「へぇ~ブレイヴメントの戦闘服ッスよ、国家機関も粋なマネをするスね。」
「うわぁ、カッコいいですの!着てみて、着てみて着てみてぇ!」
嫌な予感がよぎりまくるんだが。
―午後3時50分 トロピカルラグーン開発室―
やっぱりな、鏡にはほぼ師匠のコスプレをした自分が映っていた。
「こんな恰好できるか。」
僕は服を脱ごうとした時、非常識な師匠が入り込んできた。
よりにもよってだよ?
「ん?おぉ――――っ!?どう言う風の吹き回しだ?俺とペアルックじゃないかぁ!レッキもようやく俺のカッコよさに気付いたようだなぁ!ッハハイ!」
ふざけるな。
「これは国家機関の悪質な策略です、僕は脱ぎます。」
「んな事言うなってぇ、着てろ着てろ。」
―午後3時55分 トロピカルラグーン開発室―
「うわぁ~カッコいいですの!」
ミサは僕をジィ―――ッと見つめている、勘弁してくれ。
クリスは横に立ちなすっている師匠と見比べ始めた。
「おそろいッスね、2人共親子みたいッスよ。」
師匠は自慢気に胸を張る。何故だ。
「ハーハッハッハ!そうだろうそうだろう、親子みたいだろう。」
僕の気分が不快なのは言うまでもない。
まぁ、この服も嫌なわけではない、背中のまるで平仮名の“た”みたいな“タクティス・ロード”のロゴのデザインもマシなものになっている。間接部分も動きやすくていい。
せめてこのネクタイさえなければなぁ…なんで、よりによって師匠の服に似ているんだろうか…。
「荷物整理は終わりまピたか?それじゃあ、空港まで行きまプかニャ。」
頭上から声がしたかと思うとプヨン教授が風船の様に身体を膨らませて降りてきた。
大きなトランクを両手で抱えている。まるでカー○ィだ。
降りてきたカー○ィもどき教授は子供用のアロハシャツを着こなしていた。
「アー…なんなんですか?その格好…。」
恐る恐る聞いてみた。
「ボクも一緒にいきまプニャ、南方支部には色んな珍獣がいるらしいでプからねぇ。」
僕の左右に立つ2人も僕と同じ考えらしい。
『ふざけるな。』
「プヨン教授…これは遊びではないんですよ、あなたの命を心配しているんです。考え直すべきです。」
「そうですよ。」
「全くッス。」
アンタ等は何様なんだ…。
「3人共ぉ…ボクは自分の命は自分で守りまプよ。」
人の警告を無視しなすって…。
「じゃあ何が起こっても知りませんよ。」
―午後4時 トロピカルラグーン船着場―
僕とミサ、クリス、そしてプヨン教授は今現在ジェットボートに乗り込んだ所だ。
「おつかい、頼むわね~。」
アリシアは笑顔で言った。
「イヤァ――――ッ!たっ頼む…!!おっ俺も連れてってくれぇぇぇぇ!!!!」
師匠が悲痛な声を上げる。僕はゆっくりと師匠のシルクハットのリボンを見ながら言った。
「お幸せに。」
―午後4時3分 海上―
「ちょっと…かわいそうじゃなかったッスか?」
後部座席からクリスが言った。
「いいじゃないですか、ちょうどいい機会です。これで2人の仲が進展でもしたら本望ですから。」
ありえないが。
「ニャハハハハ、クリス君とか言いまピたかな…この子は頭もキレるし、僕と同じで発想力もありまプ。多分、お師匠さんから自立するための口実を作りたかっただけなんじゃないんでプか?」
ご明察。
「空港までどれくらいですの?」
ミサはボートの縁に捕まりながら問い掛けた。
「この辺の空港だと…エアナイツ空港ですね、15時間くらいで着くと思います。」
「ややや?15時間ッスか?」
クリスが飛び上がった。そんな気が遠くなる様な距離だって事だ。
「どこかで一泊する必要がありますね。何にしろ、莫大な時間をロスする事になりますよ。」
「ニャハ、8時間で着きまプよ。」
プヨン教授は助手席に移りながら言った。
「8時間?何を言い出すんですか。7時間も短縮するなんて…ワープでもしなきゃ無理ですよ。」
「ワープ?ワープが出来るんですか?」
ミサの目がまた輝く。
「例えです!例え!!」
誰もがわかっているはずの確認を取り、本題に戻る。
「ボクが全世界で注目されている理由を知ってまプか?数々の発明…珍獣の研究、そして交通システムの管理でプニャ。」
交通システム?
「ここの海路を30度右に曲がって下ピャい。」
彼の言うとおりに船を動かした。
「ねぇえ、何があるんですかぁ?」
ミサが不思議がっている。
「ニャッポイ!時期にわかりまプよ。」
―午後4時28分 ???―
20分程進むと、何か不思議な建物が見えてきた。トンネルの様だが、向こう側は海に潜り込んでいるみたいだ。
「何ですか?あれは…。」
プヨン教授はプルプルの身体をより震わせながらボートの縁に飛び乗った。
「んぁよくぞ聞いてくれまピた!あれは“アクアマリントンネル”!各国の色々な名所に短時間で行く事ができる優れたシステムでプニャ!!」
よく見ると、何台かのジェットボートが中に入っていくのが見える。
「何が凄いかって?中に入ればわかりまプよ!」
何も言ってねぇよ。
―午後4時34分 アクアマリントンネル内―
「…!!」
「すご…!」
クリスの口から言葉がもれる。
中身は外とは大違いだ。何千台ものジェットボートが目まぐるしく駆け巡っている。トンネルは途中から中型のダクトの様な通路に変わり、それがいくつかに分かれている。
各ダクト口には行き先が書かれた看板が掲げてある。
「え~と…あれでプね、『エアナイツ空港行き』あの通路に向かって下ピャい。」
こりゃ便利だ。
エアナイツ空港行きの通路は、結構すいてて通りやすくてよかった。
「この先の休憩所でちょっとトイレ休憩でもしまピょうか。」
勝手にしきるな。
「2人は行きたいですか?」
ミサはモジモジと身体を動かしている。
「決定ですね、行きましょう。」
―午後4時36分 休憩所―
「びええええ!」
ミサはピュ――――ッと一瞬でトイレへ走り去った。
「自分も失礼します。」
クリスはペコリと一例をし、歩いていった。
ジェットボートの上には僕とプヨン教授だけ、沈黙の時間が流れる。
「君は行かニャいんでプか?」
トランクから出した資料を見通すプヨン教授が突然聞いてきた。
「いえ、別に大丈夫ですから。」
「…そうでプか…。」
再び沈黙が訪れる…いやだなぁこの状況…
「誰か見てまプよ。」
…え?プヨン教授はバックミラーを凝視している。ゆっくりとバックミラーを見ると、そこにはおかしな人物が映っていた。
薄いオレンジのケープを羽織り、黒いズボンを穿いている。問題は首から上だ。
その人物は、球形でオレンジ色の仮面を被っていた。その仮面もこりゃまた無表情なデザインで…点、点、一本線…といった具合だ…それ以外には何も書かれていない。
そんな人物が我々を凝視しているのだ。
「……。」
気味が悪いったらありゃしない。
「何なんでプかね?」
知るか。
「とにかく、あんなんに関わらない方が得策で―」
「あぁー!カワイイですの~!」
ミサの声が後方から聞こえる。
見ると、何という事でしょう、ミサはあのわけの分からん人物に興味深々に近づいているじゃないですか。
「なぁにやっちゃてんでしょうねアイツは。」
「知らないおじさんにすぐに連れてかれピョうですね。」
現に連れてかれそうだ。
僕はジェットボートから降りると、すぐさまミサの元へ駆け寄った。
「ミサ、ジェットボートへ戻りますよ。」
「えぇー!でもこの人と遊んでたいですの…。」
「僕らには遊んでいる暇なんて無いはずでしょ?」
そうミサに言い聞かせていると、肩をたたかれた。
「…ウン…。」
謎の人物がパレットを手に持ち、親指を椅子に向ける。
ハハァン、この人は絵描師なんだな…。
「今の会話が聞こえなかったんですか?我々は急いでるんです。」
「ウン、大丈夫、すぐに終わるし、無料さ。サービスだよ、ウン。」
いらんサービスです。
「ねぇねぇ、いいでしょ?」
ミサが上目遣いでお願いしてきた。
「仕方ないですね…その代わり、クリスがきたら即行で終了しますからね。」
ミサは椅子に座り込んだ。
奇妙な絵描師はミサの顔を、無機質な仮面の奥からじっと見つめている。
「ウン!」
絵描師はいきなり叫んだ。
その後絵筆をサラサラ動かしていたかと思ったら、
「ウン。」
「エェ―――ッ!?も、もう完成したんですかぁ?」
早いなぁ…
「ホンとだぁ!うまいうまぁい!!」
「ほほぉ、どれどれ…。」
フ―ン、ミサの特徴をよく捉えた絵だ。数十秒でここまで描き上げるとは、大したもんだ。
「ありがとうございます!大切にしますね!」
「さ、戻りましょう。」
やれやれ、こいつ等はどうしてこうルーズなんだろうか…。
走り去る2人を見つめ続けていた仮面の男は言った。
「あの子は…!!」
―午後4時45分 休憩所―
「わぁぁぁぁぁ!!な、何なんだぁアンタァァァァ!!!!」
トイレの方から男性の絶叫。
「どうしたんでしょうか?」
続いて、
「わひゃあ。」
クリスの声がした。
「トラブルでも起こしましたかね?」
「ニャップ…やだなぁ短縮できる通路を通ってるのに、これじゃあ早く着けまピェんよ!」
プヨン教授が苛立っている。仕方ないなぁ。
「様子でも見てきますよ。」
ミサとプヨン教授を残して僕はトイレに向かった。
―午後4時46分 トイレ―
案の定、クリスは厄介事を引き起こしていた。その状況を見て、僕は目を疑った。
『えぇ―――ッ!?』
彼女の足元には数人の警備員がバッタバッタと気絶している。
クリスは泣きべそをかきながら僕を見ると、アワアワと慌てだした。
「あいうえおあえあああ…ちちち、違うッス!ここ、この人達が何もしてないのに襲って来てぇ!!!」
警備員の1人があえぎ声で何か言い出した。
「この女、アンタの連れか?…い、いきなり男性専用トイレに入ってるから驚いて…。」
ハイ?
「間違えたんですか?女性専用のトイレはあっち、わかりやすいでしょ?」
クリスは困惑気味な表情を浮かべる、困惑なのはこっちだ。
「なんで自分が女性専用のトイレに入らなきゃならないんスか?」
何でそんな事を言われなきゃならないんスか?
「“あなたは女性でしょ?”何でこんなバカな事をするんですか?…。」
この女のアホさ加減にイライラしてくる、思わず本音がこぼれ出た。
「…女性?…誰が?…自分が?」
「わからなかったんですか?本当にしょうがない人ですね…。」
様子が変だ…わずかだが彼女の髪の毛が逆立っている。
「じ、じ、じじじ自分は…男ッス…。」
風の様なものが彼女の身体に取り巻きだした。
「はぁ?何言ってるんですか、あなたは女性で…す……よ……!?」
―ズゴゴゴゴゴゴ!
クリスどころか、僕の周辺全てが揺れ始めた。
「え?…え?」
「自分はぁ…私はあぁ…タルビート家の跡継ぎになるためにぃぃぃ…男として生きていかなきゃ…ならないんだよぉぉぉ!!!!」
ゴォォォォォォォォォォォォォッ!!
風が爆発した!彼女の周囲の建物は全て吹き飛び、ジェットボートも数台潰れた。
「ど、どうしたんですか!!?」
彼女はめっきり理性を失っていた。
「ウアアアアアアアア!!!お前に私の何がわかるんだぁぁぁぁ!!!!」
建物の一部は、ダクトに深々と刺さっていた。
第17章へ続く