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第17章:クリスのかんしゃく

―3001年 3月1日 午後4時46分 アクアマリントンネル 休憩所―

どうして僕はこうトラブル続きなのだろうか…温和そうなクリスの面影は今や残っていない。
目つきはドレッドの様に鋭くなり、銀髪は逆立っている。

「ウウウウウ…」

クリスは両腰から暗器剣を抜き出した。
“イガイガ”が付いた持ち手に曲刀が取り付けられている。

「コロシテヤル。」
「落ち着きなさいってば。」

ああダメだ、コイツもう何も聞いちゃいない。

「シネ。」

クリスが僕の目の前に迫って来た。

「!!」

―ガキン

BM-マグナムのシリンダーが頑丈で助かった。
彼女の剣の刃先は僕のこめかみ寸前だった。

「ウウウウウ」

クリスは素早く後ろに下がると、「ツムジカゼ」斬撃を喰らわせてきた。銀色の風が空を切ってきた。

「ぐっ!」

斬撃はなんとか避けられたが、ソイツは後ろのジェットボートに牙を向いた。

「プヨン教授!…ミサ!!」

―午後4時47分 休憩所―

ジェットボートまで間に合わない!
仕方ないな、師匠から教えられた神技を!

「神技神脚!瞬動!」

自分のスピードが何倍にも飛躍した。50mもある距離も1秒で終わった。
プヨン教授はマップを片手に眠りこけていた。のんきなスライムさんだ。

「ミサは?」

斬撃はすぐそこまで来ている。

「いたっ!!」

ミサは突然の地震に怯えているところだった。

「2人共つかまって!」

斬撃は僕が2人を抱えて飛び出てすぐに、


―ザンッ

ジェットボートを切り裂いていった、間一髪とはこの事だ。

「え?え?どうかしたんですの?」
「プギャアアァ!ボクの最新型ジェットボートがぁ!!た、大切な書類ごとぉぉ!!」

書類よりご自分の命を大事にすべきですよ、教授。

「ミンナ、ミンナ…スベテガワタシヲボウトクスル……………」

クリスが泣きながらこっちに向かってくる。

「ど、どうしたんですか?クリスさん…。」

ミサは驚愕した。

「下がってなさい、彼女をまともに止められるのは僕だけです。」

BM-マグナムを握りしめ、僕は彼女を見た。

「なんだかよくわからないけど…今言った事は謝ります。落ち着いて、一体、何があったのか話して下さ―」
「ウゥゥルゥゥサァァァァイィィィィィィィィ!!!!」

クリスは剣を振りかざし、飛び掛って来た。

「チッ!」

振り落とされた剣を受け止め、BMのグリップで腕を殴りつけた。

「ギュウ」

クリスはひるんだ。

「これ以上暴れるなら、こちらも容赦しませんよ。」

クリスはしゃがんで居合の構えをとった。

「タルビートリュウアンケンジュツ、イアイ!“サクラフブキ”」

彼女がそう言うと同時に、桜の花びらが数枚飛んで来た。
やばい!これは斬撃だ!
何枚かの花びらは僕めがけて突進してきた。
1、2、…3枚か!1枚目の花びらは僕の顔の横をかすめていった。2枚目と3枚目は明らかに心臓を狙っている。
彼女は僕を殺そうとしていると断定した。

「神技神脚!瞬動!」

一瞬でクリスの後ろに周りこめた。ちょっと離れているかな…修行はまだまだ必要だ。
クリスの後ろ髪は銀色に輝いている。BMで殴るのはかわいそうかな…

「ウゥ!?」

そうこうしている内にクリスが体勢を持ち直してきた。

「クラエ!」

クリスの剣が降りかかってきたので

「烈硬化!」

なんとか持ちこたえた。女性なのにかなりの力だ。

「レッキ君、気を付けて!ソレは風の属性の大暴走(オーバードライブ)でプ!」

大暴走?

「人間にはそれぞれ生まれもって属性が備え付けられていまプ、その属性を極めた者が怒りに任せて属性を解放すると、理性を失って暴走してしまうんでプよ!」

そうだったのか…クリスは唸りながら近づいて来る。

「グルルルルル…」

クソッ!もはや容赦しないぞ!

「超・神打!」

閃光がクリスに命中した。

「シェルア…エアリフレ…ドーム」

クリスは何やら唱え出した。すると、彼女の周りの風がドーム状のバリアと化し、超・神打を相殺させた。

「なんて事だ…」
「ウガァ―――!!」

クリスは2本の剣を振りかざし、襲いかかって来た。
超・神打の反動で身体が…間に合うか!

「下降掌!」

クリスの剣が当たる前になんとか詠唱できた。クリスは突如発生した重圧に踏み潰された。

「ムギュウ」

今だ!せめて気絶でもさせることができれば!

「ハァ―――ッ!」

師匠から習った2段蹴り、見事に決まった。かに見えた。

「ギャン!」

クリスは剣で2段蹴りのダメージを半減させたらしい。

「ウラァ!」

クリスの剣が僕の足に刺さった。

「うあっ!」

激痛が走る。

「ウルァァァァ!!」

クリスがもう片方の剣を振り上げる。大ピンチとはこの事だ。
ぶっ刺さる寸前にクリスの横腹に何かが当たった。転がってきたものは…どこかで見た事のあるような仮面だった。

「ウン!」

見ると、何時ぞやの仮面男が走って来るではないか。

「アー、助かりましたよ絵描師さん。」

絵描師さんは、

「サイモンと呼んでくれていいよ…ウン」

そう名乗った。

「サイモン…さん?…できればこの剣も引き抜いてほしいんですが。」

サイモンさんは僕の足の剣を抜いてくれた。

「ウン…」

サイモンさんは何か言いたそうだ。

「助けてくれてありがとうございます…でも、ここは一般人には危険すぎです。すぐに逃げてください。」

サイモンは首を横に振る。丸い仮面のせいで“首振り人形”みたいだ。

「ウウン、彼女がかわいそうだ…大暴走は…自分じゃ簡単には、止められない…ボクも手伝う…彼女を止めよう…」

僕は思った…この人は一般人じゃない…僕と同じ感じがする…。

「それなら、彼女を止めるために手伝ってくれませんか?」

サイモンさんは首を縦に振った。

「ウン、彼女を…止めよう…ウン」

サイモンさんの声は意外にも若々しく、僕よりは年上かもしれないが、そんなに年上ではない様だ。

「ジャマヲスルナァァ!!!」

クリスは見境なしに斬撃を発動してきた。

「うわぁ…どうしよう…」

サイモンは僕の言葉に応じたのか懐から筆ペンの様な物を取り出す。

「なんですか?ソレ…」

そう聞き終わる前にその筆ペンが何かわかった。
筆ペンは機械音を発したかと思うと、勢いよく伸び出した。ペン先は鋼に変化し、3本の刃の付いた矛先となる。そう、槍だ。

「仕込み槍ですか。」

驚いたなァ。

「ウン…トリックランス」

器用にサイモンさんはそれを回して右手から左手に持ち直した。

「ダラァ―――ッ!!!」

サイモンさんはその槍を大きく振り回しす。

「大旋風!」

斬撃は音もなく崩れ去った。

「ナァ!?」

クリスは一瞬たじろいだが、また斬撃を繰り返す。

「ウンン…」
「サイモンさんは斬撃を止め続けてください。後は僕が!」

瞬動!
なんとか彼女の後ろへ回り込んだ。

「ウグルゥアア!?」

クリスは剣を横一線に振ってきた。そう来たかとばかりに僕はしゃがみ、彼女の腹部に両手を触れた。

「弱め激震打!」



―ボォ――――ンッ!


「ムギュウ!」

クリスは激震と共に遠くへ吹き飛んだ。飛んできたクリスをサイモンさんが受け止めた。

「グウ…」

クリスは目を回してしまった。

「ウン…やったね…」

サイモンさんは座り込みながら言う。

「ですね。」

―午後5時32分 休憩所―

「ニャハハハハ!君ぃ強いじゃないでプかぁ!」

プヨン教授はサイモンさんに肘を打ちつける。

「ウン…どうも…」

クリスはぐっすりと眠っている。

「全く…なんで怒ってんでしょうね?」

僕は愚痴をこぼした。

「…レッキ君」

プヨン教授は手元に残る1枚の資料を手渡す。

「これでプニャ…彼女は自分の事を男性だと思い込んでいるのでプよ」

ハァ!?

「彼女の家系は先祖代々から子供を性別に関係なく男性として育てていたらしいのでプ。」

資料によると、タルビート一族は生み出した子供は女性は許されず、男性としての教育を受けさせるらしいのだ。

「ま、クリス君の場合は何かもっと大きな理由があると思いまプけどね。」
「もっと大きな理由…ですの?」

ミサが聞く。

「ニャッポイ、レッキ君が彼女を馬鹿にしたぐらいであそこまでかんしゃくを起こす訳ありまピェんよ、過去にもっと辛い思い出があるんでプよ…」
「ウン…ボクと…同じ…ウン」

サイモンさんはつぶやいた。

「君にも何か辛い思い出でも?」

プヨン教授はそう聞いた。サイモンはゆっくりと頷いた。
無表情な仮面の奥の、悲しげな表情が見て取れる。

「う~ん…」

クリスが目を覚ましたらしい。

「クリスさん…」

クリスはいつも通りの温和な表情に戻っていた。

「あ、あ…」

クリスは自分のした事に気付いたらしい。

「…クリスさん…許してください…何も考えずにあんな事を…」

クリスは座り込んだまま涙目になってきた、そしてとうとう泣き出してしまった。

「うぅ…そ、んな…謝るのは…エグッ…こっちの方…でェ…」
「あ…い、いや…その…」

まいったなぁ

「あ~泣かせまピたねぇ?いぃけないんだぁ、いけないんだぁ、せぇんせいに、言ってやろう」

プヨン教授のバカタレがはやし出した。こんにゃろう。

「ヒック…すいません、ヒッ…すいません…自分がもっと…しっかりしてれぇばぁ」

ワァワァ泣きじゃくるクリス…ハァ…女の子が泣いているというシュチュエーションは苦手なんだよ。
困っているのがサイモンさんにもわかったのか、彼はボソボソ何か唱え始める。

「ヒィルアース…アンセハァト…ウン」

何か光ったかと思うと、クリスの面持ちが変わった。

「ちょっとした…心の…治癒魔法…ウン…」
「魔法!?」

クリスは少し落ち着いたみたいだ。

「クリスさぁん」

ミサは気の抜けた様なクリスに抱き付いた。

「ミサ君、彼女を建物の中まで送ってあげなピャい」

それにしても…属性?魔法?大暴走?もう意味がわからない。

―午後5時34分 休憩所―

プヨン教授はミサがクリスに付き添って建物に入るのを見送った後、僕とサイモンに向き直った。

「さて、話が変わるが、サイモン君、キミはただの絵描師ではありまピェんね?」

サイモンさんはビクついた。

「ただの絵描師ではない…?」

そうだ!あれ程の実力がありながら、似顔絵描きなんて職業やってるなんて、何か裏があるに決まってる。

「君は僕らのトラブルで助けてくれまピた、それはとても感謝していまプよ?…でも、あの動きは独学で編み出せる様なものじゃないでプ」
「……ウウン…違う…ただの絵描師…ホント…」

プヨン教授は赤い目をカッと見開くと

「嘘をつくな」

突然真面目な声で言った。

「あの瞬発力、人間技じゃあないでプよ。亜人でもなさそうだし…本当の事、教えてくれまピェんか?」

サイモンさんは黙ったままじっとプヨン教授を見ていたが、不意に僕に無表情の顔を向ける。

「君達になら…わかってもらえるよね…」

…?…サイモンさんは胸元のポケットから何かを取り出した。

「あ!そ、それは…!!」

メッキが剥がれているが…それは…

「ニャップ!?それは蒼の騎士団のバッジでプか!?」

サイモンさんが手に持つそれは青の騎士団の軍兵が身に付けている騎士団バッジだった。

「ま、まさか…あなたは…」

サイモンさんはコクリとうなずいた。

「ウン…ボクは……元、“蒼の騎士団軍兵”だったんだ…ウン…」

―午後5時38分 休憩所―

自分の血の気が引く音が周りに聞こえる様だ。

「じゃ、じゃあ…あなたは蒼の騎士団の一員だったん…ですか?」

サイモンさんは慌てて僕の口を止めた。

「違う!騎士団兵…“だった”…でもすぐに止めた!…人も…誰一人…殺してない!…本当!…ウン…」

違う!そういう問題じゃない!

「殺してないとか…そういう問題じゃないです…あんな所にいたなんてどうかしてる!!」
「…ウ…!!」

大声でつい叫んでしまった。

「す、すいません…取り乱して…」

子供の頃、家族が目の前で惨殺された事を思い出す。

「…話を聞いてほしい…あんなとこ…好きで入ったわけじゃないんだ…ウン…」

サイモンさんは何か訳ありの様だ。

「君は…レッキ君だろ?…ウン…“あの人”によく似てる…ウンウン」

えっ!?

「どういう事ですか!?どうして…僕を知ってるんですか?」

サイモンさんはしばらくうつむいていたが、やがて、口を開いた。

「君の兄は蒼の騎士団の軍兵だったんだ」

―同じ頃 蒼の騎士団総本部―

暗黒に満ちた空間。その奥地に蒼の騎士団の総本部がある。ボクは総本部の中の薄暗い通路を早足で歩いていた。
通路の先には、更に薄暗い部屋がある。その中には巨大な椅子が置かれていた。座っているのはボクの父、“デスライク・シュバルツ”だ。
何本もの点滴のチューブに繋がれている。彼の目の前にはいくつもの画面が浮かんでいる。
各地に散らばった軍兵達が映す画面だ。どの画面にも、惨殺される人間達が映っている。父は気持ち悪くないのか?

「ふ…ふははははははは!素晴らしい光景だぁ!ふは、は、はっは…ウッ…ゲホッゲホッ」

父はうずくまった。

「…!!」

慌てて駆け寄ろうとしたが、近くにいた軍兵がすぐに支えてくれた。

「大丈夫ですか?大総統閣下!」
「…何をしておる…」
「…は?」
「何をしておると言っておるのだ!早く自分の向かう地方へ行き、人間を殺せ!無能めが!」
「は、はい!」

軍兵は慌ててその場から走り去ろうとした、しかし、ボクに気付くと、

「こ、これは、レイン様!」

ビシッと敬礼した。

「結構、行きなよ」

軍兵は立ち去って行った。

「レイン、いたのか」

父が手招きをした。

「お身体の方はいかがですか?父上」
「うむ、いたって好調だ。この分なら、後2年は生きられるだろう」

短い。

「とにかく、このまま安静にしていてください、死なれては、ボクは一人になってしまいます」

父はそんなことどうでもいいというような目つきでボクに画面を見るように促した。
見ると、真っ赤な画面があることに気付いた。

「これは何です?」
「人間の斬首をしてみたんだ。素晴らしいだろ?この鮮やかな色といい、あぁ!最高だ!」

よく見ると、近くに真っ赤な丸太みたいなものが転がっていた。首なし人間だ。

「…グロテスクですね…」

ボクの言葉に父は怒った。

「愚か者、『美しい』と言わんか!人間の血程、美しい赤は存在せんのだぞ!」

そしてその画面を食い入るように見つめた。

「あぁ…何て美しいんだ…はは、は、はははははははははははは!!!!」

父はどうかしてる、人を殺して何が楽しい?
ボクはあきらめて自分の部屋に戻ることにした。
部屋に戻り、ボクはシャワー室に入った。シャワーを浴びる途中、自分の胸の傷が目に入った。

「どっかでケガでもしたか?」

いや、それは不自然な形をしていた。

「666…」

悪魔の子。

「何だよ…これ…」

気持ち悪いと思ったが、ボクはあまり気にしないことにした。

ボクの部屋のベッドに寝転がり、ボクはある写真を見ていた。
テレビに流れる、アクアマリン一部崩壊というニュースには全く興味がない。

「バカな人だ…たった一人で12MONTHに挑むなんて…」

その写真には、長い金髪をたなびかせた青い瞳の青年が写っていた。


「愚かな英雄、バロン・k・ジュ―ドさん。」


第18章へ続く

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