第18章:そして全てを奪われた
―3001年 3月1日 午後5時38分 アクアマリン 休憩所―
「兄さん…?」
何を言ってるんだこの人は…!?
「兄さんって…だ、誰の…?」
サイモンさんは黙ったまま、僕を指差した。
「そ、そんな…僕に兄がいたなんて…。」
「君の名も知っている。レッキ君だろ?信じられないのも無理はないよ…君は兄とは何も面識はないんだから。」
サイモンさんは、僕が物心がつく前に兄が旅立ったことを教えてくれた。
「…僕に…兄が…」
僕は呆然と立ち尽くすばかりだった。
「…レッキ君、君には、バロンから…君の兄から伝えなければならないことがあるんだ。」
「…え?」
「これは…君に会った時に言うべきことなんだ…君は今から僕のいうことを全て心にとめておいてほしい…。」
サイモンさんは、一息つくと、話を始めようとした。
「ちょっと待ちなぴゃい。」
プヨン教授が呼び止めた。
「君が何故蒼の騎士団にいたのに、どうやって今、ここで絵描をやってるのか、それも説明していただきたいんでぷけど…よろしいでぴょうか?」
サイモンさんは、プヨン教授を見た。
「…え?」
「ボクは君に興味を持ってしまいまぴた、だから、知りたいんでぷよ、君の過去を。」
サイモンさんはしばらく黙っていたが、やがて、頷いた。
プヨン教授は僕の方を向いた。
「申し訳ない、君は、自分の兄について知りたいかもしれまぴぇん、それでも、君は彼の過去を知るべきだとボクは思いまぴた…彼の進んできた人生の話も、聞きなぴゃい。」
僕は黙って頷くと、サイモンさんの方に向き直った。
サイモンさんはゆっくりと口を開いた。
4年前のことだった…。
―ディエス地方 タスト村―
僕が軍隊に入りたいと、思い始めたのは自分の父親が戦死して3年経った時のことだった。
僕の暮らしていた村は、農業とかが盛んなところだったよ。
僕くらいの歳の人達は、いい歳になったら、自分の夢のために都会や帝国に旅立っていってさ、村人には若い人達はほとんどいなくてね…唯一残ってたのは、僕ともう一人…婚約をしていたエリザだけだった。
話をさっきに戻すと、僕は戦争で命を落とした父さんを誇りに思っていたんだ。
幼い頃、父さんは教えてくれたよ。『男は、何かを守るために身体を張って戦わなきゃならねえ時がある』ってね。
父さんはそれだけ言い残して、戦場へ向かって…帰ってこなかった。
数年経って、戦死したって報告があってさ…エリザは僕と一緒に泣いてくれた。
ある日、僕は軍隊へ行こうと決意した。
村の人々は必死でそれを止めたよ、『お前は自分の親父の二の舞になるつもりか!』って、大目玉を喰らったよ、ははは…。
母さんも、独りぼっちにしないでって…泣きながら止めたよ。
結局、僕はそれを見て、軍隊に行くのを止めたんだ。
―タスト村 沿岸―
翌日、僕は村のふもとの沿岸で昼寝をしてた。
「おい、こんなとこで寝てたら、風邪引くよ!」
突然話し掛けられたもんで、慌てて飛び起きた。
エリザがニコニコと笑みを浮かべながら、僕の隣に座り込んだ。
「ウンン?…エリザ…」
栗色の長髪が輝いてる。
今日もいい笑顔です。
「軍隊、行かなくていいの?」
「…母さん一人残して行けないよ…仕方ないんだよ、ウン…」
エリザはしばらく黙っていたけど、黙って僕の手を握った。
「エリザ?」
「ふふ、サイモンは本当は軍隊に入りたくてしょうがないんでしょ?」
うっ…ご明察だ。
「サイモンは昔からそうだったよね、弱かった私や村の人達を助けて上げれるくらい、強くなるって、何回も私に言ってたよね。」
「ウ、ウン…」
「それなら、その夢を叶えてきなよ、私はいつでも待ってるからさ。」
「でも…」
「大丈夫!サイモンのお母さんには私がついてるから!……でも…一つだけ、約束してくれないかな…」
「…?」
「私達の村が…もしもピンチになったら、助けに来てよ!ヒーローみたいに!」
「ウンンン!?」
エリザは面白いことを言うなぁ。
「…ウン、わかった…約束するよ。」
「お願いね、絶対だからね!」
「ウン、エリザ…ありがとう。」
僕はそう言った後、エリザの両手を持った。
「サイモン…?」
「僕が一人前の軍兵となって、ここに帰ってきた、その時が来たら…結婚しよう。」
エリザは嬉しそうに優しい笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。
「頑張ってきてね。」
「ウン!」
そして、僕は帝国へ軍隊に入るために旅立った。
ここで、レッキ君みたいに国家機関に行けばよかったかもしれないね。
―ディエス帝国―
その後、周囲の反対を押し切って、僕は帝国で軍隊に入った。もちろん厳しい訓練ばかりだったよ。
でも、帰ったらエリザが待ってる。強くなった僕を望んでる。
そう思えば、こんな訓練楽勝もいいとこだ。
そして3年間の軍隊生活を続け、今、腕立て150回の真っ最中だ。
「サイモン!」
おっと、鬼教官殿のお出ましだ。
「何でありますか!教官殿!」
シュビッと敬礼!
「お前は今年入った軍兵の中でもトップクラスの成績を誇っておる!誇りに思うがいい。」
「…!…は、はい!」
初めて褒められた気がする。
そして、とうとう隊長角まで上り詰めた頃、僕は今がその時だと思い、村に戻ることにした。
しかし変だ。連絡も何十通も送ってるのに、返信が微塵も来ない。何事だ一体?
「まぁ、いいか。」
ポジティブに考えよう!僕は村に戻って、エリザと結婚し、偉大な戦士になるんだ!
―タスト村方面―
そして一年後、僕は、バギーを走らせ、村へ猛スピードで帰る。
“エリザや家族に会える!”
そんな思いが気を焦らせる。
「母さん…みんな…エリザ!」
気を高らかにそう叫んだ時、しばらく進むと僕はある異変に気付いた。
焦げ臭い。
村から流れる生温かい風に焦げ臭いのが混じってる。
それも、ただの臭いじゃない。火の中に爪とか、毛が入った時の…ひどい臭い…。
「え……?」
タスト村は焼き払われていた。
「!!!!!!!!!?????????」
バギ―を停め、僕は村の中に駆け込んだ。
「あ…ああ…そ、そんな…」
村の建物は全て黒こげになり、崩れ去ってしまっていた。
「み、みんな!母さん!エリザァ!!!」
僕は走り出した。
みんなどこだ!僕がいない間、何があった!?
走って行く中、道端に丸太のようなものがいくつか転がってることに気付いた。
「…?」
僕は恐る恐るそれに近づき…。
「わああああああ!!!」
悲鳴を上げ、のけぞった。
丸太だと思ってたのは人間だった。真っ黒こげの。
気付いたと同時に、人間の焦げる臭いが充満してきた。
「うっ…うえっ…」
僕は思わずその場で吐いてしまった。
「ゲホッゲホッ…!!」
みんな殺されたのか?母さんも、エリザも?全て?
僕は恐ろしくて、涙を流した。
「ち、ちくしょう!エリザァ!!母さん!…ちくしょう!誰か返事をしてくれぇぇぇ!!!」
僕は絶叫に近い声を上げた。返事はない。
パチパチと燃えカスの音が響くだけだった。
「はぁっはぁっ…」
気が付くと、自分の家の前だった。
家の入口に母さんは僕を待っていた。額に穴を開けて。
「母さん…そんな…」
母さんも殺されてた。エリザも殺された…?
「うっ…ううう。」
ふと、後ろから数人の気配を感じた。
振り返ると、蒼い軍服を着た恐ろしいくらいの笑みを浮かべる人間達がいた。
こんなひどい事をするのはあいつらに決まってる。
「蒼の騎士団」
「生存者がいるぜ。」
「男かよ。」
「女なら奴隷にしたのに。」
「奴隷じゃねーよバカ。」
「人形にして鑑賞するんだろ?」
軍兵達はニヤニヤ笑いながら迫って来た。
「待ちなさい。」
更に後ろから声がした。
軍兵達がその場を引くと、茶髪のニヤニヤの絶えない男がいた。
「ギルド騎士隊長殿。」
軍兵の一人がそう呼んだ。
・
「ギルド…」
一年前、僕と師匠で討伐した男か…。
・
「ニヤニヤニヤ、生存者がいましたか。」
「貴様等が…こんな…酷い事を…」
「ひ・ど・いぃ?」
ニヤニヤの耐えない男はおどけた様に肩をすくめた。
「酷いってのはぁ、“死”という美しい芸術を生み出せる人間を放っておく…お前等一般人のことでしょうが!ねえ皆さん!?」
美しい芸術!?これがか?…意味がわからない!
「そうですね。」
「あなたの言う通りですよ。」
周囲の軍兵達が笑い始めた。
「ケラケラケラ。」
「ギャ―ハハハハ。」
「うるさい!わ、笑うな!」
怒りに身を任せ、叫んだ瞬間、ニヤニヤ男が猛スピードで迫って来た。
「うわっ!」
目の前には、ニヤニヤ顔が僕をジロジロと見回していた。
「それにしても君いい顔してるねぇ、“いじりがい”がありそうだよぉ。」
背筋が凍りついた。このままじゃ、僕までも…。
「た、助けてくれ…」
「んふ、嫌だもんね、蒼の騎士団に目を付けられたら、もう生きて帰れないよ。」
そう言われると同時に、首を掴まれ、僕は空中に浮いた。
「が、がはっ…」
凄い力だ…訓練なんて全く役に立たないじゃないか。
「くはは、おい、こいつを護送車に積んどけ。」
「はっ!」
僕は生臭い荷台に載せられた。
「ゲホッ…」
荷台の中には、死んでるのか死んでないのかわからない様な人達がたくさん積まれていた。
「…。」
僕は恐怖で怯えるばっかりだったよ。
その内、何だか眠くなってきた。
「うう…」
意識が遠のくなか、目の前に女性の顔が転がり込んできた。
それは、エリザだった。濁った目で彼女は言った。
「嘘つき」
「うあああああああああああああああああああああ」
絶叫は扉の音と共に事切れた。
―???―
目を覚ました時、僕は、薄暗い部屋に縛り付けられていた。
「ここは…?」
身体中が痛い。まるで、神経の一本一本がボロボロになっているようだ。
「おはよう、№5491君。」
ヌッと顔を出したのは、これはまた、人相の悪い男だった。
「気分はどうかね?」
「う…あ…あ…」
声が出ない。喉も潰れてるのか?
「はっはっは、無理に喋るなってぇ!今“声帯”を作ってるところだから…」
僕はどうなってるんだ?
「あ…くぁ…グェあ…」
鏡を見せろ、僕を見せろ。
「うるせぇ野郎だなあ、待ってろっつってんだろ?」
どうやらこいつは医者ではなさそうだ。ふと、そいつの近くに鏡があるのに気付いた。
そこに映っていたのは、つぎはぎだらけの醜い人形みたいなものだった。
『こ、れが僕…?』
皮膚の色は褐色もあれば、白いものもある。髪は前のような黒髪ではなく、薄茶色になっていた。
僕はボロボロになったのを縫い直したヌイグルミの様になっていたんだ。
―騎士団本部 研究室―
「僕ヲドウスルツモリダ。」
声帯も取り付けられ、初めて声が出た。声も全く別人だ。
「僕ハドウナッタンダ?」
「君は新しい生物兵器として生まれ変わったんだ。つまり、改造されたんだよ。」
生物兵器?…改造!だと!?
「喜びたまえ、君の身体の中には、世界各国の科学者が造り出した生物、“ガイアーエイプ”のDNAが混ざってるんだ!そして、最も知能の高い君の理性が勝った…つまり、この身体は君のものなんだよ!」
…ようやく意味がわかった。僕は、騎士団の造り出した生物兵器と混ぜられた…僕の中にはとてつもない怪物が入っているんだ。
「冗談ジャナイ!今スグ元二戻セ!」
「おいおい~その要求は飲み込めねぇなぁ、この状態から君を離脱させたら、君は間違いなく死ぬよ、生体機能はかなり低下してるからなぁ。」
「…ソンナ。」
「アキラメタマエ、過去の君は、我々が全ていただいた、今の君が未来の君となるのさ。」
その言葉は、これからの絶望的な未来を物語るようだった。
―騎士団本部 訓練所―
「こっちだ、来い。」
立てる様になった僕は科学者にある場所に連れられていった。
それは、僕と同じ、改造人間が訓練をしている部屋だった。つぎはぎだらけの人間達が戦術を学んでいる。
「バロン、来い、新入りだ。」
奥の方に金色の長髪をした青い瞳の男がいた。
「…。」
そいつは、ゆっくりと近づいてきた。
「新入りの№5491君だ。」
さっきから言われている№5491というのは、僕の名前らしい。
僕はサイモン、僕はサイモン、名前だけは、忘れてたまるか…。
「紹介しよう、こいつはバロン、蒼の騎士団の訓練官だ、じゃあ、後は頼むぞバロン。」
「ん。」
科学者の声に軽く返したバロンは僕を睨んだ。
「新入りか…。」
バロンのつぶやきに、僕は悲しそうに肩をすくめた。
「まぁね。」
その瞬間だった。バロンの表情が思いっきり変わった。びっくりするぐらいの満面の笑顔だ。
「おいおいおいいいいい!!!そんな辛気臭ぇ顔してんじゃねえよ!」
「…え?」
唖然とする僕に、バロンは更に片手でバンバンと肩を叩く。
「そんなこの世の終わりみたいな顔してっと、本当にこの世は終わりだぜ!?」
はーははははぁ!
バロンはそう笑いながら言った。
「…ふざけるな、僕の村の人達を、家族を、婚約者を、僕の顔まで奪いやがって、それで明るく生きろだと?…しらじらしい。」
僕は蒼の騎士団が憎くてしょうがないんだ。そんな事思ってる間に、バロンは僕の顔をまじまじと見つめていた。
「…何だよ?」
「ん~改造人間のくせに、男前だなぁ、俺よりぁ劣るが。」
ぶっとばそうか、いや、現にぶん殴った。
「いっでぇ!」
「ふざけやがって。」
―騎士団本部 寝室―
寝室と言っても、薄汚いコンクリート製の部屋に毛布が一枚あるだけだ。
ほぼ牢屋じゃないか。
僕はボロボロの毛布を身にまとっていた。
「…エリザ。」
あの時のエリザは生きていた…。
「嘘つき」あの言葉が胸に突き刺さる。何でもっと早く気付いてあげれなかたんだろう。
もしももっと早く村に帰っていれば…。泣きたくても涙が出ない。この身体は涙を流さないらしい。
「おう!№5491!」
バロンが扉越しに僕を呼んだ。うるさい野郎だ。
「何でここに来た?」
「何って…足で来たに決まってるだろ?」
こいつはどこか抜けている。
「何故来たんだと聞いている。」
「おぉ、そういうことかよ!お前に会いに来たに決まってるだろうが!」
キモイ。
「そ、そういう意味じゃねえよ、ここにゃあ、俺と友達になってくれそうな奴はそういないんだ。」
「え?」
話によると、バロンはまともに話し合える人間をずっと探していたらしい。
「というわけで、仲良くしようや!№5491ちゃんよぉ!」
「さっきから…あんたは№5491と言ってばかりだが、僕にはサイモンという立派な名前があるんだ。」
「じゃあ、間を取って№サイモンで。」
何の間だよ。
「サイモンと呼べ!」
その後、彼に対して少し心が開けてきた。
「お前はどこから拉致られたんだ?」
僕はバロンに一部始終を伝えた。
「僕は、もっと早く異変に気付いてあげれれば良かったんだ。一人残らず、改造させられたか…殺されたか…どっちかだよ…」
バロンは黙って僕の話を聞いていたが、口を開いた。
「…そうか…辛かっだろうな…」
いきなり優しい言葉をかけられ、思わず涙が出そうになった。でも、出ない。出そうだと思っただけ。
バロンは僕に自分の家族のことを話してくれた。
厳しいけど、何よりも親馬鹿だった父さん、優しくて泣き虫だった母さん、おしゃまで元気だった妹、そして、まだ小さかった弟。
そう、レッキ君、君だよ。
・
僕は驚きを隠せないばかりだった。
僕の知らない兄さんと、この人は出会ったんだ。
・
ある時、僕はある質問をした。
「あんたは…」
「バロンでいい。」
「あぁ…バロン…あんたは…何でここにいるんだ?」
「え…?」
こんな明るい奴が蒼の騎士団の軍兵だとは、とても思えなかった。
「何か、騎士団に見込められるような素質でも持ってるのかい?それとも…僕の様に拉致されてきたのかい?」
バロンはしばらく静かに下を見つめていたが、やがてこう言った。
「…契約だよ。」
「契約?」
「俺は元々、国家機関に就職したかったんだ。俺の家族、特に親父に止められてな…結局黙って出てっちまったんだよ。」
そうだったのか…なんだか、僕とかぶるなぁ…。
「俺には、まだちっせぇ弟がいたんだ…前にも言ったよな?…そいつは俺のことなんて覚えてないだろうなぁ…」
バロンは寂しそうな顔をした。
「それと、あんたがここにいることと何の関係があるっていうんだい?」
バロンは向き直ると、少し明るい顔をしてこう言った。
「自分の故郷を出た直後だったよ、いきなり蒼の騎士団に囲まれて、殺されそうになったんだ…だから、『俺は殺してもいいが、家族は殺すな!』って言ったら、この通り、俺の家族と引き換えに俺はここに拘束されてるわけだ。」
まるで楽しい思い出みたいな口振りだった。
「そうだったのか……いつ出れるのかわからないのか?」
「あぁ…でも、俺がいる限り…家族が守られるなら…それは本望だ…」
バロンは僕に笑顔を見せた。寂しそうな笑顔…。
それが最後の笑顔だったのかもしれない。
数ヵ月後、保存されたバロンの家族の死体が運ばれてきたんだ。
第19章へ続く。