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第19章:約束だから

―過去 騎士団本部 冷凍室―

「…」

目をいっぱいにまで開いたバロンは、“それら”の前でワナワナと震えていた。
バロンの家族らしき死体達は、冷凍保存され、カチカチに凍っていた。しかも、どれも穴だらけ。
男性と女性と、少女の3人だ。

「そ、そん…な…」

特に酷かったのが、男性だった。歯茎は削れて剥き出しになっていて、右目はえぐられていた。

「いやぁ、苦労したよ、その男はかなり我が軍に対して抵抗したんだもの!今から数年前の話だけどね。少し腐ってたから、冷凍保存をして、今に至るわけだ。」

科学者は楽しそうに言った。明るい笑顔が逆に不気味だ。

「約束だったろ?俺の家族に手を出すなって…言ったじゃないか…」

バロンは震える声でそれだけ言った。
科学者は少し怒った顔をした。

「そんな事言ったって、君の家族が誰なのかわからなかったんだ、しょうがないじゃないか…」

その後、おどけるようにこう言い放った。

「大体さぁ、僕達は“蒼の騎士団”だよ?人間一匹との約束なんて守るわけないじゃないの!ひゃははははははぁ!」

ぐぅ…こいつら最低だ…。

「あ、でもさでもさ!数年前の記録によるとぉ…この家族の末っ子だけは逃してたらしいよ?ヲイヲイ~!生きてるかもしれないじゃ~ん、良かったねぇ~バロンちゃぁ~ん!」

科学者はバロンをろくに見ないで僕の方に近づいて来た。ちょうど僕の後ろに、バロンの家族は眠っている。

「どいて、改造人間のくせに、邪魔しないでくれ。」

科学者は強引に僕を押しのけようとした。その時だった。

「家族と親友にこれ以上触れるな。」

バロンが口を開いた。
地の底から響くような恐ろしい声だった。

「あぁ?何だぁお前?僕はこれから“これら”をモンスターにするんだ、さっさと出てけやボケが!」

科学者の口調が変わってる。それでもバロンは動こうとしない。

「チッ…おいガキィ!とっとと立てゃばぁっびゃっぶううう!?」

科学者がバロンの肩を掴んだ瞬間だった。
科学者の首が360度回転し、そのまま倒れてしまった。驚愕の表情のまま、そいつは動かなくなった。

「なぁっ…?」

バロンは赤いオーラを身にまとっていた。
その表情は、前のあの穏やかなバロンではなかった。目はつり上がり、髪は逆立っている。
そう、怒りの表情だ。蒼の騎士団に約束を踏みにじられてそれで、彼はブチ切れたんだ。

「フゥゥゥゥゥゥゥゥ」

真っ白な蒸気のようなものを噴き出した。

「バロン!?ど、どうしたんだい?」
「ぐががGAがが牙が…サさSA砂さ、サイモン…オオ悪Oおオオ俺に…近づくななっな…」

―バチバチッ!

バロンから火花が散った。

「ウン!?」
「俺に…構うな…触っちゃ…だだっ…だめだ!」

そんなこと言われても…放っておくわけにはいかないじゃないか!
バロンはフラフラと冷凍室から出て行ってしまった。

―過去 騎士団本部 通路―

「デスライクゥゥゥ!!!!出て来いいいいいいいい!!!」

バロンは猛スピードで通路を突き進んでいた。
僕は必死で彼を追う。

「何だ貴様。」

騎士団兵が2、3人バロンに銃を向けた。

「どけぇ!」

バロンは両腕をクロスさせ、騎士団兵に手のひらを向けた。

「ぎゃご」
「びゅべ」
「なぎぇ」

騎士団兵の首やら腕が面白い方向へ向いた。

「バロン…お前…!」

こいつは何か特殊な能力を持っているのか?
バロンが死体となった軍兵を踏み付けながらまだ進んでいく。

「にやにや…おやおや、お盛んなお人ですねぇ。」

あいつは…僕の村を焼き払ったギルドじゃないか…。

「我が軍の中で暴れる人は死んでしまいなさい。」

ギルドはそう言ったかと思うと、炎を吐き出した。

「やかましい、邪魔だ。」

バロンは、その炎を曲げてしまった。
バロンの真横の壁に炎がモロにぶち当たった。

「え?…えぇ?」

ギルドは笑顔のまま冷や汗を噴き出した。

「邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ」

ギルドの両腕が軋みだした。そしてありえない方向に両腕は曲がった。

「うぐがぁ――っ!」

ギルドが悲痛な叫び声を上げ、逃げ出した。
僕はギルドを追おうかと思った。でも、怒りより、バロンの異変への心配が勝った。

「デスライクゥ…殺してやるぞぉぉぉぉ」

うなる様な声でバロンは逃げるギルドに目もくれず歩き出した。
蒼い軍服を裂き、彼は怒り狂っている。

「うぐるぁぁ!!」

バロンは怒りの咆哮を上げた。その瞬間、彼の周囲のものが全て曲がり出した。僕の方にまで赤いオーラが迫って来た。

「ウン!?」

このオーラが空間を曲げてるのか?
慌ててその場から飛び退いた。この身体は面白いぐらい軽くて、動きやすい…嬉しくないけど。

「デスライク…貴様もねじ切ってやるぞ。」

バロンはめちゃくちゃになった通路を歩き続ける。





―現代 騎士団本部 レインの部屋―

「バロンさんは愚かな英雄だったけど、それでも与えられた打撃は大きかったな。」

レインは写真を見ながらつぶやいた。

「それにしても…あの時は怖かった…」





―過去 騎士団本部 デスライクの部屋―

「大総統閣下!バロンという男が、本部内で暴れています!」

ワインを飲んでいたデスライクは、怯えきった騎士団兵を睨んだ。
レインは、そんな父親の傍らで、読書をしていた。

「それがどうした…?前には、あの“シルクハットの男”に壊滅されかけたが…今度はバロンだ…実力は劣る、貴様等が束でかかれば殺せる男であろう…」
「束でなんて何度もかかっています!それでも…みんな殺されました!」
「ならば!今度は死ぬ気でかかれ!貴様等の使命は何だ!?我等、シュバルツ一族を守るために戦って死ぬ事だろうが!行け!無能がぁ!」

騎士団兵は絶望の表情を浮かべ、その場から立ち去った。
そんな父を見かねたのか、

「父上、このままでは全滅しかねませんよ?何か確実な策を立てませんと。」

レインは本を閉じながら言った。
デスライクはクスクスと笑いながらレインにこう言った。

「策ならすでに立ててある。」
「え?」

レインが疑問気に父を見上げた。
デスライクはおぞましい笑顔で言った。


「12MONTHを呼べ」


―過去 デスライクの部屋への大門前通路―

バロンの歩く道には、ぐちゃぐちゃになった軍兵達が倒れている。

「バロン、落ち着け!…ウンン、どうなってるんだ!?」

―ギリリリリリリリリ!

バロンは一人の軍兵の胴を曲げている所だった。

「ぎゅべらぁああああああ」

―ビチブチバチ…

嫌な音と一緒に軍兵は死んだ。

「これ以上は止めた方がいい!この先にはデスライクがいるんだろ?なら、警備もかなり厳重だぞ!?いくらお前でも殺されるぞ!?」

バロンはピタッと止まった。

「デスライク?」

バロンは真っ赤に充血した目で僕を睨んだ。

「はは…そうか…この先に…デスライクが…あの狂ったクソ野郎がいるのか…はは…ウガァ――ッ!!!!」

いきなり咆哮を上げたのでびっくりした。

「デスライクゥゥゥゥゥ!!!」

ダメだ、もうバロンは復讐に理性を飲み込まれてしまっている。

しかし軍兵は何人いるんだ?
次から次へと…。

「はぁ!」
「ゴゲッ」
「でやぁ!」
「ビッ」
「うらああああ」
「ブァゴブァ!」

3人死んだ。これでバロンは62人の軍兵を殺したことになる。

「ハァッハァッ…ふはは、着いたぞ…デスライク…」

数十メートルはくだらない高さの門がドンと構えている。
これがデスライクの部屋の門か…。

「待ってろ…父さん、母さん、リズ…今…仇を討つからな…そして、レッキ…生きてるなら…必ず助けるからなぁ…はははは…」

バロンがフラフラと門に両手を押し付け、開けようとした―その時だった。

バロンの頭上から稲妻が落ちた。真っ黒な雷だった。


「ぐぎゃあああ」

「きゃははは」

上から…扉の上の部分から笑い声がする!…誰だ!?

「デスライク様には指一本触れさせないよぉ」

真っ暗でよく見えないが…そこにいる連中を見て、僕は目を疑った。

「子供達だ…」

10歳もいかないくらいの少年と少女の10人だった。更にその奥には大柄の男が2人。

「何だあいつらは…」

背筋が凍りついた。もの凄い殺気を感じる。

「僕等は12MONTHだよ」

一人の少年が歌うようにそう言った。

「蒼の騎士団の最終兵器、12MONTH!それが僕等だよ」

後ろの子供達も一緒に言った。
その後、数十メートルもある高さから飛び降りてきた。

―ストッ

静かに、“そいつら”は僕の目の前に降り立った。

「やぁ、ごきげんいかが?」

“そいつら”のリーダーらしき少年が僕に話し掛けた。

「う…」
「どきたまえ。」

その少年は床に倒れたバロンに近づき、金髪を掴んで自分の目線にまで持ち上げた。

「バロンさん、デスライクのおっちゃんの命により、あんたを抹殺する。」

腰にかけた刀を抜きながら少年は言った。

「ぐぎ…」

バロンの腕が光った。直後に少年の片腕がひん曲がった。

「!?」

少年は驚いたが、悲鳴を上げない。

「これは凄い!能力紋“オーラ・ルベント”物質操曲能力か…」

能力紋!そうだったのか…聞いたこともない言葉だが…多分、物を自在に曲げれる力なのだろう。





―現代 アクアマリントンネル 休憩所―

サイモンさんの話の中にあった能力紋、能力紋って何?
魔法やら、属性やら、世界には僕の知らない事ばかりだ。それにしても…12MONTH…何だっていうんだ?





―過去 デスライクの部屋への大門前―

バロンを掴んだ少年は、ひん曲がった腕を……元に戻した。

「なっ!?」
「こっちは“普通の人間”よりちょこっと優性なんだ。」

そして、バロンは刀で袈裟に斬られてしまったんだ。

「バロン!」

慌てて倒れ込む彼の所へ行こうとした時、目の前にスカーフを着けた少年が現れた。

「君も痺れろ」
「えっ?」

―バチバチバチッ

激痛が走り、身体が熱くなったかと思うと、そのまま意識が飛んでしまった。





―現代 アクアマリントンネル 休憩所―

「兄さんは…死んでしまったんですか?」

僕は震える声で聞いた。

「ウウン、死んでないよ…多分ね…」

サイモンさんは辛そうにうつむいた。

「どういうことですか?」





―過去 騎士団本部 ???―

物凄い腐卵臭に目が覚めた。
自分のいるところがなんなのか気付いた時、失神しそうになった。


死体を捨てるゴミ捨て場。


自分のすぐ横には、皮膚が黒く変色し、膨れ上がった死体がうらめしそうにこちらを睨んでいた。
周りにも腐乱死体がゴロゴロと転がっている。

「死んだと思われたのか?」

それとも、あえて生かしてここで苦しませようとしてるのか?

「サ…イモン…」

バロンの声だ!

「バロン!?どこだ!?」
「こ…こ…だ…」

ゴミ捨て場の壁にバロンは寄りかかっていた。
自力で止血をしているようだ。

「しっかりしろ!」
「心配するな…この程度じゃ死なない。」

どうやら、平静を取り戻してるらしい。僕はホッと胸をなでおろした。

「逃げよう、こんなところにずっといてたまるか。」

辺りを見回すと、小さいが何とか通れそうな通気口があった。
頭を入れると、そこは外だった。下を見ると、腐った人間が山のようになっている。

「見えるか?騎士団兵は、使えなくなった人間をああやって燃やしてるんだ。」

バロンがうめきながらそう言った。

「ちくしょう、騙されてた、最初から…あの時黙って出て行かなければ…ちくしょう。」

バロンはうめいている。

「バロン…」

―ポタポタッ…

止血をした腹部から血が滴り落ちた。

「うっ…ううう…サ、サイモン。」
「何だい?」
「俺はここに残る。」
「えっ…?」
「デスライクを殺す…例えこの命を失ったとしても…」

バロンはよろめきながらも立ち上がった。

「この力は…“オーラ・ルベント”は…ここで手に入れた力だ…この力で…あいつを…デスライクを曲げ殺してやる。」

バロンは目の前にある大きな鉄骨をグニャリと曲げた。
露出した肩には曲がりくねった蛇みたいな文字が刻まれていた。
初めて見た。あれが能力紋…。僕は黙ってそれを見つめるばかりだった。

「でも…サイモン…お前は逃げろ。」
「えぇ!?」
「俺は決心したんだ…お前なら…俺の代わりにあいつを、レッキを守れる…そう思ったんだ。」

僕は、彼がとんでもないことを言ってることに気付くまで立ち尽くしていた。

「お前の話を聞いて確信したよ、お前の心は純粋で優しい…絶対にレッキのことを守ってやれるだろう…」

僕は首を横に振った。

「む、無理だ!…僕は自分の家族ですら守れなかった男だ…」
「バカ、そんなの関係ねぇよ、お前は自分の村が焼き払われてた時…みんなを守りたいって強い気持ちを持ってたろ?今度のお前には…守れる力がある…守りたい気持ち、それが大事だろ?」

バロンは真面目な目つきのまま僕を見てこう言った。

「お前は俺の代わりにあいつの兄代理になってくれ。」
「……」

バロンは自分の家族を守りたいんだ…でもそれ以上に自分の家族の無念を晴らしたいんだ。

「ウン…わかった…君の意志は僕が継ごう…でも…」
「あぁ…大丈夫だ…俺は必ず生きて帰るその時まで…お前はあいつの兄代理な…約束だ…」
「ああ…」

今度の約束は絶対に守りぬく。

「さぁ…行け!」

バロンの声に応じ、僕は通気口に飛び込んだ。

死体の山に飛び降り、僕は全力で走り出した。この身体の速さといったら…自分の身体じゃないようだ。


どれくらい走り続けただろうか気付くと、騎士団本部から数十キロメートル離れた草むらにいた。
サイレンが鳴り響いている。僕が脱走したことに気付いたのか…それとも、バロンが中で暴れてるのか…。

―騎士団本部 デスライクの部屋―

「お前達の任務はわかっていたな?」
「えぇ、バロンを殺す事です。」

12MONTHのリーダーであるジャンは答えた。
彼は父に対して反発していたようだった。

「何故生かした。」
「小物だからです。」
「小物、だと?」
「えぇ、ちっぽけな羽虫は、簡単に殺せます。」

ジャンの自信には目を見張る。後ろにいる仲間も頷いた。
父は黙ったまま、目を深く閉じた。

「お前達、いい事を教えてやろう。」

僕を含む一同は不思議そうに父を見つめた。

「小さい羽虫は簡単に殺せるが…その代わり…」

突然父の後ろの窓が粉々になって、バロンが飛び込んできた。

「執念深いぞ。」

父がそう言った瞬間、バロンは両腕を彼の背中に押し付けた。

「曲がり死ねぇ!」



―バキバキバキバキバキバキバキバキ


骨や内臓の潰れる音が響いた。

「だから言ったろ。」

父は、驚愕の表情を浮かべる12MONTHの顔を見ながら、倒れた。同時に大量の血を吐いた。

「父さぁ―――ん!!!!」

バロンは笑みを浮かべながら、闇に包まれた外へ飛び去った。


―数日後、草むらのはずれにある空き屋にて―

僕は、この小屋に住んでいた人に悪いが、衣服を拝借させてもらった。
いつまでも奴隷の服なんていやだからね。
フードのある服を着て、傷だらけの顔をフードで隠した。

「バロンは大丈夫だろうか…」

そう思いながらも…僕はその近くの町に向かうことにした。

―ふもとの町―

蒼の騎士団に怯えたのか、それとももう襲われたのか…その町には人間は一人もいなかった。
殺風景な町をトボトボと歩く自分がいる。奥の方には、騎士団兵が集まった跡があった。

「無線機だ…」

いきなりその無線機が鳴り響いた。

『全軍兵に告ぐ!デスライク大総統が謎の男に重傷を負わされた!謎の男は逃走中だ!すぐに捜索を始めろ!画像も送る!早急に探せ!』

バロンの顔が無線機の上にバーチャル映像として表示された。

「バロン…!」

バロンは生きて脱走できたのか…。
しかも、12MONTHの攻撃をかわしてデスライクに重傷を負わして…!?

その後、僕は、今かぶってるこの面をかぶって、絵描師として生活してきた。君を探しながらね…。
バロンは生きてるよ…軍に追われながらも…どこかで君を探してる…。
僕は…バロンの代わりに…君を守る…なにせ、君は僕の親友の弟だからね。

―アクアマリントンネル 休憩所 3001年 3月1日 午後5時51分―

「…」

全てわかったような気がした…僕に兄さんがいたこと…蒼の騎士団の恐ろしさ…そして…サイモンさんの過去…。

「これが僕が君に伝えるべきこと全てだ…ウン。」
「…ありがとうございます…」

僕は、何だか頭が混乱していた。僕は家族を全て失ったと思っていた…それなのに…兄さんがいる?
僕には兄さんがまだいる…。
フラフラとよろめき、座り込みそうになった。

「ウンン!」

サイモンさんが慌てて支えてくれた。

「すいません…」
「ウウン、急に色々話しすぎたね…ゴメン…」
「いえ…僕は感謝してるんです…知らなかったことを知ることができて…」

僕は思った。この人は僕のことを本当に大切に思ってくれていると。

「サイモンさん…失礼ですが、兄さんとの約束を本気で守りたいんですか?」
「当たり前さ…嫌なら断ってもいいんだよ?」
「いえ、そのセリフはこっちです」
「ウン?」
「僕のやるべきことは蒼の騎士団を壊滅させること…それは…何よりも大変で、危険で、命がけな冒険になると思うんです…それでも、あなたは…僕と一緒に来てくれるんですか?」

サイモンさんは真面目な声で答えた。


「もちろん、バロンとの約束だから」


第20章へ続く

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