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第20章:脱出!疑問!出発!

―3001年 3月1日 午後5時53分 アクアマリントンネル 休憩所―

そういえば、プヨン教授はやけに静かである。

「え?」

プヨン教授は居眠りをしていた。彼の過去が知りたい~とか言ってたわりに見事な眠りっぷりだ。

「教授、起きてください。」
「むにゃ?話は済んだ?」

サイモンさんいわく、ぶん殴りたいところだ。

「とっくに話は終わっています。」
「ありゃりゃ、えぇ~っと…サイモン君はどうしてそんな面をかぶってるんだい?」

ほぼ話を聞いてねぇじゃねえか。

「さて、レッキ君」
「は、はい!」

いきなり名前を呼ばれて驚いた。
サイモンさんが楽しそうに腕組みをしている。

「ふふ、君はこれからどこに向かうんだい?あんなにかわいらしい女の子を2人も連れてさ、ウンウン」

恥ずかしい事言わないでください!
顔が真っ赤になった。

「…南方支部のあるナタデ地方です。」
「おや、ナタデ地方か!そこには行った事がないよ、ウンウン」
「…一緒に来てくれるんですか?」
「ウンウン、もしも、バロンに見つかったら、約束やぶった事になっちゃうからね」

サイモンさんがそう言ったその時だった。
辺りに人一人いない事に気付いた。

「あれ…?」

僕は思わず声を上げた。
アクアマリントンネルの駐車場が浸水している。

「え?…え?え?」

プヨン教授は硬直していた。

「ボクのアクアマリントンネルが浸水しているじゃありまぴぇんか!」

そう言えば、さっきのクリスのかんしゃくでどっか損傷しちゃったのかも。

「これはいけない!すぐに逃げよう!」

サイモンさんは真っ先にミサとクリスを呼びに行くところだった。

「僕のジェットボートのキーだ!」

入口付近でサイモンさんは鍵を僕に向かって放り投げた。

「わっ…ととと」

何とかキャッチした。

「急いで!」

サイモンさんは中に駆け込んだ。

―午後5時55分 アクアマリントンネル 駐車場―

サイモンさんのジェットボートは見たまんま、オレンジ色のワゴンタイプだった。

「早く乗って!」

プヨン教授を中に押し込んだ。

「サイモンさん!」

サイモンさんがミサとクリスを抱えて走って来た。

「わ!」

うなっ!?
サイモンさんが水に足を取られて転んでしまった。
拍子にミサが海水の流れに飲まれてしまった。

「きゃ―――っ!」
「ミサ!」

慌ててミサを助けようと海水に飛び込もうとした。その時だった。

「うわっ!クリス君!」

サイモンさんが悲鳴の様な声を上げた。クリスが僕より早く飛び込んだのだ。

ミサはもう少しで海中に飲まれる所だった。間一髪のところでクリスはミサの腕を掴んだ。

「ふぅ…」

しかしそこからが問題だ、2人は完全に下半身が海水に飲まれている。

「これじゃあ丸ごと流されるぞ。」

僕は2人を引き寄せようとした。

「レッキさん!」

クリスが剣を構えている。

「今度はなんです!?」
「いいから離れてて!タルビート流、居合!十戒斬り!」

驚くなかれ、クリスは自分の周りの海水を斬ってしまった。
海水は僕の左右に壁のようにせき止まっている。クリスはミサを抱きかかえて僕の真横に飛び移った。

「すご…」

思わず驚いた声を出した僕に、

「自分の招いた事態に、死者は死んでもだしません」

クリスは息を切らせながら言った。

「…!!」

サイモンさんは唖然としていたが、ハッと気付くと、僕達に向かって叫んだ。

「急いで!」

―午後5時57分 アクアマリントンネル 駐車場―

しかし話に夢中で浸水に気付かないとは、僕もおバカだなぁ。
僕が運転席に乗り込むと同時に休憩所が崩壊した。

「運転できるの?」

助手席にはサイモンさんが乗り込んだ。

「ペーパー免許です。」
「あぁん…もう!何でもいいから早く早く!」

プヨン教授が僕をせかす。言われなくてもやりますよ。
僕は鍵を回してエンジン全開にした。

―ガクン!ガクン!

ものすごい揺れ。ジェットボートはエンジン音と共に起動した。

「何かにしっかり?まっていてください。」
「は、はい!」

―むぎゅ

ミサはプヨン教授に抱きついた。

「それは違います。」

とにかく水の流れに飲まれたらアウトだ。ジェットボートはエアナイツ空港方面の方向に向いた。

「急いで、防災用の扉が閉じてしまいまぷ!」

ジェットボートの向かう先、つまりエアナイツ空港方面のダクトが、ゆっくりと閉まっていく。鋼鉄の扉だ。

「まずい!」

海流に船がまったく反応しない。

「くそっ!」

ハンドルが重すぎる…!

「替わって!」

サイモンさんが助手席の前のスイッチを押した。
僕の持ってたハンドルが助手席の方までスライド移動してしまった。すごい。

「わわわ!い、違法改造ッス!けけけ憲法3901条…」

クリスが叫んだ。そういや彼女は裁判期間研修生だった。

「今更そんなこと言ってる場合?」

サイモンさんは少し怒ったように言った。
目の前のダクトの扉は後5メートルくらいまで閉まってきていた。

「静かにしててね、舌噛むよ!」

サイモンさんはアクセルを思いっきり踏みしめた。

―ガリリリリリリリ

もうギリギリだった。扉にジェットボートのバックミラーが持ってかれた。

「ウウン!ちくしょー!!」

サイモンさんはハンドルを右に急旋回している。
それもそのはず、目の前は行き止まりだ。まともに突っ込んだら全員即死だろう。

「ぐ、ぎぎぎ!曲がれぇぇぇ!!」

ジェットボートは見事なドリフトを決めた。

「おぉお!?すげー!」

プヨン教授が歓喜の声を上げる。

「まだまだ油断は禁物だよ!ウン」

浸水の関係か、水の流れが激しくなっている。

「揺れるよ!」

―ガクンガクン!

ジェットボートは左右前後とロデオのごとく揺れまくる。

「う、うっぷ」

ミサが真っ青になった。

「わわ、ミサちゃん大丈夫?」

クリスが真っ青になったミサを見て驚いた。

「サイモンさん、そこを左です!」

エアナイツ空港の看板だ!見逃さないぞ!

「ウン!」

サイモンさんはハンドルを切り、エアナイツ空港行きのダクトにジェットボートを滑り込ませた。
ふぅ、これで助かった。喜ぶプヨン教授以外の人間は全て顔は真っ青だった。

―午後6時30分 アクアマリン出口―

「いやぁ、助かったぁ…」

サイモンさんは安堵のため息を吐いた。

「凄いですね、サイモンさんの運転、僕にはあんな芸当不可能です。」

僕はぐったりとしたミサの汗を拭きながらそう言った。

「ぐみゅ~」
「大丈夫かい?ちょっと揺れすぎたかもね。」

サイモンさんは申し訳なさそうに言った。クリスは黙ったままうつむいてる。

「すみません、自分のせいでこんな目に遭わせちゃって…」

悪いのは僕だってさっき言ったばかりなのに、もう。

「謝るのは僕の方だって言ったでしょ?…あなたの過去を知らずに嫌な事言った僕が悪いんです。」

僕は強めの口調でそう言った。

「それより、ミサの看病お願いします、僕はエアナイツ空港までサイモンさんをナビしますから。」
「は、はい…」

とりあえずクリスにミサを任せて、僕は地図を見た。

「えぇ~っと…海路はここから右へ45度です。」
「ウンウン、了解。」

―午後10時19分 海上 エアナイツ空港方面―

…ハッ!眠ってしまった…。サイモンさんは隣で運転を続けていた。

「ウン?起こしちゃったかな。」

サイモンさんは僕に気付くと、小声で言った。

「すいません、思わず寝ちゃって…」
「シィ―――ッ!」

サイモンさんは人差し指を自分の面の“線”の部分に当てた。
『静かに』のサインだ。その後、親指を後部座席に向けた。

「?」

後部座席を見ると、ミサとクリスが眠りこけている。

「…。」

なるほど、これは騒いじゃダメだ。

「…今何時ですか?」

ヒソヒソ。

「10時19分…もう夜中だね、ウン」

10時…そんなに寝てしまったのか。

「無理もないよ…さすがに君も疲れてただろうしね。」
「…迷惑かけましたね…僕等のせいで。」
「ウウン、僕はこういうスリル満点なのは嫌いじゃない方でね、楽しかったよ、それに…皆無事だったし、よかったじゃないか、ウンウン」
「よくないでぷ!」

プヨン教授が怒った声を出した。小声で。こういうところはわきまえている。

「…何してるんですか?」

教授は僕の足元でパソコンを動かしている。

「見ればわかるでぴょ!?アクアマリントンネルの破損状況を調べてるんでぷ!」

うおお、それは耳が痛い内容だ。

「まったく、これが元でアクアマリン利用者が大幅に減ってしまうじゃないでぷか!慰謝料、賠償金合わせて国家から搾り出してやる!」

肩身がマイクロレベルまで狭くなった頃、

「レッキ君、あれあれ」

サイモンさんが何かを見つけたようだ。

「エアナイツ空港だよ、ウン」

うん、遠くに何かが光っている。

「ぷにゃあ、ちょうどいいや、あそこでバッテリー交換してもぉ~らおっと。」

プヨン教授がパソコンを閉じる。

「ところで、何しに南方支部へ行くんだい?」

サイモンさんがギアを器用に動かしながら言った。

「何でも極秘資料をもらってくるそうです。この任務を遂行することで正国家職員になれるとか。」
「ウン?国家職員になるにはそれくらいの苦労が必要なのかい?面倒だねぇ。」

確かに。

「僕だって好きでこんなことしてるわけじゃないです。セントラルの巨大図書館の本が読みたかっただけで…」
「ウンン!?図書館に入りたいだけなのにどうして試験を受けるんだい?」
「それが決まりなんでぷよぉ。」

プヨン教授が僕の脚の間から口を割った。

「国家機関総本部、“セントラル”は“パニッシュベース”とか、“ジャッジベース”とか、外社会には極秘な施設がたくさん存在してるんでぷよ。レッキ君の言ってるその巨大図書館はそういった施設のど真ん中に位置しているんでぷにゃ。」

へぇ~それは知らなかったなぁ。

「その図書館に入るには、ジャッジベース、パニッシュベースに入ることを許可されなければなりまぴぇん、その資格があるのは、国家試験に受かって国家職員になった人間か、国家戦士個人に認められる、すなわちスカウトされて国家職員になった人間のみ、ということになりまぷ、したがってレッキ君はこの試験に受からない限り、図書館には入れないわけでぷ。」

いやぁ、驚いた。プヨン教授は本当に物知りだった。
…しかし疑問点が。

「…何でプヨン教授はそれを知ってるんですか?」

僕の素朴な疑問に、

「え?」

プヨン教授は黙った。そんな中、サイモンさんが静かに口を開いた。

「…まさかとは思うけど、無断で侵入したんですか?」
「ばばばばば、バカを言わないでくだぴゃい!はは、いやだなぁ、ボクは国家機関のネットで極秘情報を仕入れただけでぷよぉ!」

うん、違法だ。

「べ、べ、別にいいでぴょうが!あ…あぁ~!エアナイツ空港が見えるぅ!う、う、うわぁ~明るくてキレイだなぁ~にゃ、にゃははははは」

とんでもないごまかしかただ。
クリスが寝ててよかった気がする。
ジェットボートはグングンエアナイツ空港へ突き進む。


それは超巨大なドームだった。
サーチライトが5つサイモンさんのジェットボートを迎えた。

「こんばんは。」

電子音の声が響く。

―3月2日 午前12時00分 エアナイツ空港 駐車場―

僕はサイモンさんに睡眠を取るように言った。

「でも…ウン、大丈夫だよ、僕は寝なくても疲れない身体だから…」
「それなら尚更です。しっかり寝て、人間としての慣性を取り戻してください。」
「ウンン…君がそこまで言うなら…お言葉に甘えようかな…」

サイモンさんはゆっくりと座席にもたれかかって寝息を立て始めた。
結局眠れるじゃないか、ふふ…。

「さぁてと…あ…」

プヨン教授はまだ起きていた。何をしてるかと思えば、ジェットボート内を散策している。

「あなたも寝なくていいんですか?」

教授は助手席の棚を覗き込んでいる。いい趣味とは言えない。

「にゃは、ボクは通常の人間とは少し身体の構造が違うんでぷよ。」

そして、棚の奥から何かを見つけたのか、

「おほぉ!サイモン君は珍しいゲームを持ってまぷねぇ。」

歓喜の声を上げた。小声で。

「ちょっと…」

目を細めて教授は僕を見た。そしてこう言った。

「やりまぷ?“パックミェン”」

僕はゲームなんてやったことないし、大体…人のゲームで遊ぶのはいい行いとは思えない。

「結構です。」
「あっそ、じゃボクだけでやりまぷよ。」

プヨン教授はピコピコゲーム機を動かし始めた。

「にゅっふふ~にゅっふふ~。」
「…」

それにしても…色々あった一日でした。
国家機関の就職試験を受けて、3次試験を受けろと言われ、アクアマリンで死にかけて…やれやれ、身体がいくつあっても足りないですよ。

「そう言えば、あの“大食い娘”から頼まれたお手紙は大丈夫なんでぷか?」

え?…あっ!

「いけない。」

それはポケットの中でクッシャクシャになっていた。

「…。」

プヨン教授がそのクシャクシャを横から覗き込んで一言。

「あららら、やっちまったねえ。」

やっちまったよ。

「どうしましょう。」

困ったなぁ。

「まだ読めそうでぷか?」
「ええ…一応…え?」

プヨン教授がニヤッと笑った。

「見ぃちゃおうぜぇ。」

教授、口調口調!

「いけません、人様の手紙を見るなんて。」

教授は座席の上に寝っ転がりながらニヤニヤ笑い出した。

「別に下心があって見るわけじゃないでぴょう?中身が読めるかどうかが知りたいだけなんでぷからあぁ。」

目を“へ”の字にして教授はそう言った。

「冗談じゃありません、絶対に僕は見ません。」

封筒の封を開けながら僕は言った。

「も…もしも見れなかったら困るからですよ?だからですからねですよ。」

僕は何を言ってるんでしょうね。

「いいからいいから、にゃは、ボクにも見せてくだぴゃいよ。」

シワだらけの手紙を伸ばして僕は文面を見つめた。


『やっほぉ!皆の大好きなアリシアちゃんよ!集会のことだけど、アタシとシークはドンさんに呼ばれてるからいけないわ、ごめんね!今回はあんた達だけで進めといて!フェスターさんが代わりにそっちに向かってるわ。多分、2日の午後くらいにはそっちに着くと思うから、しっかり正装してかないと知らないわよ~!』

P.S:手紙を持ってきてくれた子めちゃくちゃカワイイでしょ?フリマちゃんカワイイ子好きだから、アタシから頼んどいてあげたのよ!じゃあね。
アリシア


「…。」

あの人は勝手すぎだ。僕は犬かなんかか?

「にゅふふ、レッキ君人気者でぷねぇ。」

やかましい!見ない方がよかった。

「とりあえず新しい封筒にしまいなおさないと…」
「エアナイツ空港の中なら売ってるんじゃないんでぷか?…ん~、せっかくだから搭乗券も今の内に買っておきなよ。」

おぉ、そうだった。せっかく空港に着いても、これじゃあ意味がない。

「行ってきます。」

ジェットボートから降りて、エアナイツ空港の中に行こうとした時いきなりプヨン教授が呼び止めた。

「にゃっぽい!ついでで悪いけど、“おいすぃ、おいすぃ、プヨン饅頭”を買ってきてくだぴゃいね。」

…え?

「だからぁ、“おいすぃおいすぃプヨン饅頭”でぷよ。」

何それ、どうやら商品名らしい。

「ん~!トロピカルラグーンが特許を申請した水饅頭でぷよ、社長自らが味見をしてやるんでぷ!…あ、お金ならあげまぷよ。」

僕を使いっぱしりにするつもりですか。

「いいでぷか?発音が大事だよぉ!“おいすぃ、おいすぃ、プヨン饅頭”ね!『おいしい』じゃなくて『おいすぃ』ね!…わかった?」

安心してください、そんな発音死んでもしませんから。

―午前12時15分 エアナイツ空港内 売店―

売店には、老けたおっさんが眠りこけていた。

「…すいません…」
「んあ?んだよこんな夜中に。」

嫌そうな顔をしておっさんは顔を上げた。

「何だよ、何か用?」

対応悪いなぁ、いくら夜遅くても僕は客ですよ?
そう思いながらも、僕は頼まれた物を買う事にした。

「…新しい封筒と…饅頭を…ください。」

おっさんは棚をあさりながら、

「ん、新しい封筒と饅頭な、どんな饅頭?」

そう聞いてきた。

「え…と…プヨン饅頭を…」

おっさんが眉をひそめた。

「あぁ?ここには“おいすぃ、おいすぃ、プヨン饅頭”しかないけど」

…。

「じゃあ、それ。」

それをくれ。

「え?どれ?」

……。

「だから、おじさんが今言った奴ですよ。」

おっさんはふざけるように首をひねる。

「えぇ?どれのことよ?言ってみそ?」

………。

「…だからプヨン饅頭を…」

おっさんは楽しそうに僕の方に向かって身を乗り出した。

「おいぃ!あんたなめてんの?ちゃあ~んと『おいすぃ、おいすぃ』って言ってくれねぇとさぁ―」

―チャキッ!

僕はBMをおっさんの額に突きつけた。そして引き金に指をかける。

「最終警告です、“それ”をください。」
「どうぞ。」

おとなしくなったおっさんに料金を支払い、僕はチケット売り場に向かった。

―午前12時23分 エアナイツ空港 チケット売り場―

やはりこんなに夜遅く、チケット販売機前は素晴らしい程の空きっぷりである。

「えぇと…大人4枚スライム一匹…」

4万5千グラン。教授殿は5千グランでナタデ地方に行けるのだから、羨ましいかぎりだ。
ふと、隣の販売機を見ると、どういうことだろう。茶色のコートと茶色の帽子をかぶった人間が販売機の前で固まっている。

「…?」

何もせず、ただジィ――――――ッとしているんだ。気味が悪い。
コートの人は、僕に気付いたように顔を向けた。帽子の陰で全く顔はわからないが。

「君…チケットってどうやって買うんだい?」

しわがれた男の声、そんなに若くはないらしい。

「…ちょっと待っててください。」

僕は彼の元に駆け寄った。

「どこへ行くんですか?」

彼は優しげな笑顔を作ってこう言った。

「ナタデ地方さ。」

僕と同じ方面か…。

「じゃあ、ここのボタンを押して、人数は一人ですか?」
「あぁ、うん。」
「じゃあ、“一人”っていうボタンを押してください、そうすればチケットは出てきますから。」

青いプラスチック製のチケットが出てきた。

「ありがとう、いやぁ、遠出は久しぶりでね…申し訳ない。」

コートの男は帽子を脱いだ。
七三分けのちょび髭オヤジ。優しげな笑顔だが、その顔色は蒼白だ。

「私はプロ、ナタデ地方にある理由で向かうことになったんだ。」

プロと名乗った男は、礼を言うと搭乗口へ歩いていった。

―午前12時36分 エアナイツ空港 駐車場―

プヨン教授は僕が帰るのを待ちわびたらしい。

「おほぉ!“おいすぃ、おいすぃプヨン饅頭”でぷにゃ!」

僕の手から箱を奪うと、包み紙をメッチャクチャに破って饅頭を貪り食い始めた。

「水しか飲めなかったんじゃないんですか?」

僕は眉をひそめた。

「水以外のものを食べると身体の外から透けて見えちゃうんでぷよ、だからボクはあまりこういうのは食べたくありまぴぇん。」
「じゃあ、何でそこまでして試食をしようと?」

水饅頭をほおばりながら教授は答えた。

「おいしいもんは例外なく食べたいだけでぷよ、それにまずかったら食べたくないでぷ…し…」

教授の顔がこわばってきた事に気付いた。

「どうしたんです?」
「…どうしたもこうしたもへちまもへったくれもあってたまるかぁ!全然“おいすぃ”くねえじゃねえかぁ!」

知るか。

「ちくしょー!この商品は会議でもっかい話し合う必要があるようでぷねぇ!ちくしょー!」

プヨン教授は食べかけの饅頭を外へ放り投げた。

「教授、食べ物は粗末にしてはいけませんよ、第一僕の苦労はどうなるんですか?」
「知らん。」

教授は僕の手により、海に叩き落された。

―午前2時50分 エアナイツ空港 駐車場―

「サイモンさん、起きてください。」

サイモンさんの身体を軽く揺すると、彼は首を持ち上げた。

「ウンン…もう出発かい?」
「えぇ…この車はどうするんですか?」
「…もうオシャカだよ。」

サイモンさんが車体を軽く叩くと、ジェットボートはプスゥと気の抜けた音を出した。

「3日もほっとけばガラクタとして処分されるけど…僕はそれで調度いいんだよね、たまには歩きも悪くないだろう、ウンウン」

この人はポジティブだなぁ…。

「僕は“あの時”から、自分の人生は全て悪く考えないようにしてきたんだ。君の兄さんはまさに“ポジティブの結晶”みたいな人だったよ、ウン、間違いない。」

サイモンさんは自分で確認するように頷いた。

「…!」

そうだったんだ。兄さんにますます会いたくなった気がする。

「むにゃ…レッキ?」

ミサとクリスが起きた。

「おはよう。」

サイモンさんが楽しそうに言った。

「にゃっぽい、後10分で出発でぷにゃ、急ぎまぷよ。」

え?もうそんな時間ですか?

「皆さん行きましょう。」

僕はプヨン教授の後を走り出した。

―午前2時55分 エアナイツ空港 ゲート―

―ビィ―――――――ッ!

ブザーが鳴り響いた。そう、金属探知機のゲートだ。

「すみません、金属器はこちらで預からせていただきます。」

乗務員が近寄ってきた。

「すいません。」

僕はBMを手渡した。いけないいけない。銃器は持ち込んじゃダメだな。

―ビィ――――ッ!

またまたブザー音。

「やれやれ、暗器使いは飛行機には向いてないッスよ。」

クリスのため息が聞こえたので、何事かと思って見てみると…。

「こ、これは…」

自分の服から出した暗器を山積みにしたクリスがいた。乗務員は目を点にしている。

「ちょっと待っててください、後半分あるッスから。」

どんだけあるんだ。

―ビィ――――ッ!

おぉ、またかよ。今度はサイモンさんらしい。

「…。」
「お客様…その仮面を取っていただけないでしょうか…」

小太りの乗務員が彼の元へ歩み寄った。

「ウウウン…勘弁してくれないかなぁ…」

サイモンさんは困りきったような声を出した。

「し…しかし、それじゃあこちらも困りますし…」

乗務員は汗を拭きながら言った。

「…ウンン、仕方がない」

―午前3時00分 エアナイツ空港 飛行機内―

座席順は右から、教授、クリス、ミサ、僕、そして、紙袋をかぶったサイモンさんである。

「他にいいものは無かったんですか」

真っ赤な顔で僕は言った。恥ずかしい。

「でも、どうしてもこればっかりは見せられない…」

サイモンさんは顔を下げる。

「普通に顔を見せればいいじゃないスか。」
「そうですよ。」

クリスと僕は真っ赤な顔でそう言った。

「いや、君達を驚かせちゃいけないからね、ウン」

そんなに生々しい傷があるのか…。

「うわぁ、凄いです!わたし飛行機に乗るのは生まれて初めてですの!」

ミサは周囲の状況にまったく気付かず、おおはしゃぎである。僕も能天気になりたいものだ。

『ご搭乗に皆様、当便はこれよりナタデ地方へと出発します、空の旅をお楽しみください』

機内のアナウンスが響き、飛行機は動き出した。
そして僕達は、“変人の集うナタデ地方”へ飛び立ったのであった。


第21章へ続く

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