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第23章:動き出したシナリオ

―3001年 3月2日 午前9時50分 ナタデ地方 商店街―

ナタデ地方はテレビで見るような南国である。

「暑い…。」

とは言ってみたが、正直言って“暑くて辛いぜ!ちくしょー”と叫びたいくらいの暑さだ。

「しかし、ここは本当ににぎやかなとこですの。」

ミサはそう言った。
うん、確かにものすごいひとだかりだ。

「安いよ~!」
「買ってけ買ってけ!」
「もってけ泥棒!170グランでどうでい!」

ベタなセリフが飛び交う。ご苦労様です。

「ここは農業が盛んで、近くに川もあるから果樹園とかが多く造られていることで有名らしいッスよ。」

クリスがナタデ地方のパンフレットを読みながらそう言った。

「何してるんでぷか?」

ペッ!ペッペ!
教授は不良みたいにツバを吐き捨てる。
まだ怒っている。

「自分のいる場所は詳しく知るのがタルビート一族の家訓ッス!」

何だその家訓は。

「んふ~おいひ~」

ミサはリンゴみたいな果物にかぶりついている。

「ミサ、それは?」

うまそうです。

「僕が買ってあげたんだよ。ウンウン」

サイモンさんは果物の入った紙袋を抱えている。

「へえ、おいしそうだ。僕ももらっていいでしょうか。」
「え?さっきあんなに食べたのに、まだ喰えるスか!?」

クリスが驚いた。

「俗に言う“デザートは別腹”です。」

そう、別腹です。

「そ、そうスか…。」
「ウン、どうぞ。」

緑色のリンゴらしき食べ物を受け取ると軽く匂いをかいでみた。
リンゴではなく、バナナの匂い。

「ん?」

シャリッ!
軽くかじると、ブドウの味。

「変なくだものだ。でもおいしい。」
「レッキ君、“おいしい”じゃなくて“おいすぃ”でぷよ。」

まだコイツは引っ張っている。

「お、おいすぃって…なんスか?」
「うぉあー!クリス君!発音がグーでぷにゃ!!」

グーで殴っていいでしょうか。

「ねーねー、これからどうしますの?」

ミサがブドウ味リンゴをかじりながらそう聞いた。

「真っ直ぐ帰るに決まってるじゃないですか。」

僕はきっぱりと言い張ると、ブドウ味リンゴをかじる。シャリ。

「えぇ――っ?」
「『えぇー』じゃないですよ。さっきスチルさんが言っていたでしょうが。僕等はこんなとこで油を売っている暇などありませんよ。」

サイモンさんはしばらく考え込んでいたが、

「ウウン…でも…ここはナタデ地方だよ?観光客の賑わう有名な地方。色々な名所もあるだろうし、少しもったいないだろ?」

そう言いながら、軽く僕の肩をたたく。

「でも…。」
「少し遊んで行こうよ。ウン、内緒でサ。」

何か言い返そうとしたら、

「おぉ?あったあった!豪華客船タピオカ―ナ号!」

クリスがパンフレットの一部分を見てそう言った。

「おお、タピオカ―ナ号か。ウンウン、行ってみようよレッキ君。」
「え?しかし…」
「ミサは行きますの!」

ミサは完全に任務を忘れている。

「でも…極秘資料はどうするんですか…。」
「そんなもんいいッスよ!」
「そうですの!」
「じゃあ、チケットはボクがおごりまぷよ。」

おいおいおいおい!

「ちょっと!勝手に話を進めないでくださ―」
「ウン、ほらほら、行くよレッキ君。」

サイモンさんが無理やり僕の腕を引っ張る。

「あっ、ちょっと…おーい…。」



「メガ苦労してやぁ――っと見つけたぜ…あいつが俺のターゲットかよ…。」

ソイツは上空からレッキを見つめている。
一本目のアメを舐めきったのか、ソイツは二本目のアメを懐から取り出し、口にくわえた。

「チッ!メガむかつくぜ!誰かと思えばギガ弱そうなツラしてんじゃねえか。」

二本目のアメをソイツはバリバリと噛み砕いた。

―午前10時38分 ナタデ地方 海岸 タピオカ―ナ号乗り場

こうして拉致のごとく僕はタピオカ―ナ号乗り場まで連れてかれたわけだが。

「ウンン、これはすごいなぁ…。」

サイモンさんの言う通り、豪華客船タピオカ―ナ号はとんでもない巨大客船だった。
その横幅は、メートル単位では測りきれない程だ。数十キロはくだらないに違いない。高さはビル30階分だな。きっと。

「あの、本当に戻りましょうよ。僕こういう騒がしいとこ苦手なんです。」
「ありゃ?レッキさんの弱み発見ッスね。」

クリスは嬉しそうにそう言った。

「じゃあ、チケットは僕が買うよ。」

サイモンさんはチケット売り場へ向かった。くそ、立場上こっちが不利か。

―午前10時39分 チケット売り場―

チケット売り場は長蛇の列。

「ウンン、困ったなぁ…。」

仕方なく僕は一番空いていると考えられる70人の列に並んだ。

「やれやれ…。」

ふと、隣の列を見ると、

「ウン?」

後方の列の方でセンネンが困った顔でキョロキョロと辺りを見回している。

「おいアンタ!もっと詰めてくれよ!」

後ろのおっさんに注意された。

「お、おぉ、すまぬ。」

どうやら観光目的で来たわけじゃなさそうだ。

「センネン!」

彼を呼んであげた。

「ム?お主は…。」


僕は彼を自分の列に入れてあげた。

「ウン…まさかもう財布が見つかったのかい?」
「いや、それがどこを探しても見つからぬのじゃ。」

それ以前に、一日じゃ絶対見つからないって…。

「じゃあ、何でこんなとこにいるんだい?ここは正直言って、お金が無いと入れないとこだよ?ウン。」
「う~む、やはりそうか。いやな、町の人々から聞くと、あの酒場の男はタピオカ―ナ号で働いていると聞いてのぉ、やってきたのはいいが…。」

とんでもない混みようで気がめいってしまったというんだ。

「それは災難だったね。ウン。」
「大体、町中が犯罪者だらけだとゆうのに、簡単に人の言う事を信じてしもうた。ひょっとしたらまだ街中にいるかもしれんし…うむぅ…。」

センネンはしばらくうつむいていた。しかし、

「まぁよい、気長に探すと言ったのじゃからな。一度言うたことは最後までやるのが道理じゃろうが。」

また明るい発言をし、明るい笑顔を向けた。

「じゃ、ワシはもう一度酒場へ戻ってみるわい、迷惑かけたのぉ。」

彼は列から離れようとした。

「あ、ちょっと待ってよ。」

僕は彼を呼び止めた。

「ム?」
「これから僕、レッキ君達の分のチケットを買うつもりなんだ。ウン!よかったら君も一緒に来てみるかい?ひょっとしたら、本当にその男がいるかもしれないじゃないか。ウン、きっといるさ!ウンウン。」

センネンはじっと黙っていたが、やがて、

「ふふ、面白い奴じゃ。すまぬな、一緒に連れてってくれ。」

と、言った。その後、不思議そうな顔をすると、

「じゃが、お主には人の生気が感じられんのぉ。」

疑問気にそう言った。

「ウ…いや、はは…。」

凄いなこの人。何でそんなことわかるんだ?

―午前10時45分 入口前―

「…む~…。」

教授はイライラしている。

「遅いなぁ~」

ミサもベンチに座ったまんま足をブラブラさせている。

「だから真っ直ぐ帰ろうって言ったんです。まったくもう。」

僕は機嫌が悪いですよ。

「にゅふ、仕方ないな…」

教授は懐から何かを取り出した。

「タララッタラアァァ!特別パァァァァスポォォトォォォォォォ♪」

プヨえもんは金色のカードを取り出した。

「うわぁ、それは何なんだい?プヨえもん。」

ノリのいいクリスはすぐさまリアクション。

「これはボクの友達がボクのために特別に発行してくれた通過パスなんでぷ。」
「友達?誰ですの?」

ミサはそう聞いた。

「ナタデ地方のあるお店の店主さんでぷにゃ。」

誰かは秘密でぷ。と、プヨン教授はニヤリと微笑む。

「怪しいですね。それは合法的なものなんですか?」
「え…?ご、ごほん!と、とにかく、これさえあればタピオカ―ナ号に無料で入れるはずでぷにゃ!」

ごまかした。絶対非合法な方法使ってるよ、このスライム。

「うひょ~それは素晴らしいッスね!早速入りましょう!」

怪しいとは思わないのか。鈍いクリスはおおはしゃぎである。

「早速行きますの!」

スキップしながら入ろうとする3人を僕は慌てて止めた。

「ちょっと、サイモンさんはもうチケット売り場に行っちゃいましたよ、彼はどうすんですか?」

そう聞くと、

「あ!忘れてましたの!」
「そういえば…そうッスね。」

ミサとクリスはハッとした顔をした。

「んぁー?…ケッ!…しょうがないなぁ、ボクが待ってまぷよ。」

教授は、かわいらしい顔を限界までクッシャクシャにして不満顔をした。
その後、取り出した紙に何やらサラサラと書き綴っている。

「ほいこれ。」

書き終えると、彼はそれを僕に手渡した。

「これは?」

証明書のようなものだ。

「それを入口の警備員にパスと一緒に渡してくだぴゃい。君達はボクの直属の部下にしまぴたから。」

どうやら偽装の書類を書き上げてしまったらしい。

「さすが教授ですね。」
「けけけ、憲法2976条!偽装をして不法な侵入をしたら懲役2ヶ月及び罰金17万グラ―」
「ほらほら!行きますの!」

憲法を口走るクリスをミサが入口に押し入れた。

「…はぁ…いやだなぁ…。」

仕方ないな…。もう後戻りはできないようだ。

「教授、これを。」

僕は無造作に極秘資料をプヨン教授に渡した。

「重ぇ!」
「じゃ。」

僕は入口から2人の後を追った。

―午前11時25分 入口前―

「やれやれ、ようやくチケットが買えたよ。」

40分も待たせるとはさすがは大人気豪華客船だな。ウンウン。

「ム?連れはどうした?あのちびっこいスライムしかおらんぞ?」

センネンが眉をひそめた。

「ウン?本当だ。」

プヨン教授がトランクの上に座っている。

「…お?おぉ―!待ってまぴたよぉ!」

嬉しそうに手を振る教授はセンネンに気付くと、

「うぉあー!貴様は飯代ドロボー!」

そう叫んだ。

「ウンンン!?し、失礼だろ!?」

このおばか!

「いやぁ、本当のことじゃからしょうがあるまい。あの時はすまなかったのぉ。にゃはは。」

センネンは明るく笑い飛ばした。

「ふざけんなー謝るくらいなら金払えー!」

僕は軽く教授を海に叩き落した。

「悪い人じゃないんだよ、ごめんな。」
「いやいや、騒がしい奴は嫌いじゃないぞ。にゃはははは。」

―午前11時30分 入口前―

「ウン!?3人は先に行っちゃったのかい?」
「にゃっぽい。ボクのパスポートで先に行かせまぴたよ。だっておっせぇんでぷものキミ。」

怒った顔で教授はそう言った。

「じゃあ、行きまぴょうか。早く追いつかないと、迷子になっちゃいまぷよ?」

そうだねと言わんばかりに僕は頷く。

「…。」

センネンは険しい顔で入口を見つめている。

「どうかしたのかい?」
「ウム…え?あ、いや、何でもない…。」

不思議には思ったが、とりあえず中に入ることにした。



入口を見ながらセンネンは思った。

『なんじゃ?この胸騒ぎは…何かあるのぉ…この船。』



―午前11時32分 タピオカ―ナ号内 ゲームセンター―

「…ここは…。」

何と言う事だ。僕にとって一番関わりあいの無い場所。“ゲームセンター”である。
なんでも、通常よりも10倍の広さだとか。

「さぁさ、遊びましょうレッキさん!」

冗談じゃない。

「勘弁してくれないか?…その、ミサと遊んできなよ。」

冷や汗がダラダラ流れる。

「何でですの?レッキ遊びたくないの?」

ミサが不満そうに聞いてきた。

「いや、それもあるけど…別の理由もあるんですよね…。」
「理由って?何スか?」

真っ赤な顔で答えた。

「…遊んだことないんだ。」
「…………へぇ?」

クリスが目を丸くした。

「姉さんが生きていた頃は…少しは遊んだことはあるよ?…でも、こういうテレビ系統の遊びはちょっと、経験不足でさ…。」

目を泳がしながら僕はそう言った。

「マジスか…?」

クリスは何故か目を輝かせながらそう言った。

「大丈夫だよ、レッキ、わたしもあんまり“げーむ”はやったことないから。」
「う…ん、でもさ…。」
「大丈夫ッスよぉ!自分がやり方を教えてあげるッスからぁ!」

びっくりするぐらいの大声でクリスは僕の腕を掴んだ。

「さ~さあぁ!!まずはシューティングゲームに挑戦ッス!」

しゅしゅ、しゅ、しゅーてぃんぐげーむ?


「ふっふっふ、まずは自分のお手本を見るッス。こう見えても、昔“ゲーマークリス”と恐れられたことがあるッスからね!」

いらん称号である。

「いいスか?見ててくださいよ!?」
「わかりましたよ、しっかり見てますから。」

ゲーマークリスの説明によると、この“げぇむ”の内容は拳銃型の“こんとろぉらぁ”で画面上の“てききゃらくたぁ”を撃ち落とすといった寸法らしい。

「頑張ってくださいクリスさん!」

ミサは楽しそうだ。

「はいよっと!」

クリスは画面上に現れる標的を次々と撃ち抜いていく。


―数分後


『2000000点』

その文字が画面上に現れた。同時にいつのまにか集まった群集が歓声をあげた。どうやら高得点らしい。

「ふっふっふ、あんまり褒めるなって。恥ずかしいじゃあないスかぁ☆」

クリスはめちゃくちゃ嬉しそうだ。

「じゃ、次はレッキさんス。がんばってくださ~い☆」
「レッキィ!頑張ってくださいねぇ!」

恥ずかしい。笑われたらどうしよう。


―数分後

『500000000000点』

その文字が画面上に現れた。同時にいつのまにか集まった群衆が歓声をあげた。どうやら高得点らしい。

「すげぇー!5千億点なんて人間業じゃねえ!」
「ギネス記録並だぜ!」

そうなのか?僕は師匠との修行だと思ってやっただけなのだが。

「レッキー!かっこいいですの!」

ミサが拍手をしてる。皆も拍手喝采。少し嬉しい。が、クリスは座り込んだまま画面を見つめていた。

「あ…あ………あアぁ亞あ阿唖あ。」

引きつって痙攣を起こす始末。

「え、えーと…僕、何か変な事やっちゃいましたか?」

クリスは跳ね起きて僕に飛びついてきた。

「びええ」

その勢いにミサは怯えた。

「別になんも大したことぁやってねぇッスよ!?じゃじゃ、じゃあ次はそこのリアルファイトゲームで勝負ッス!」

りりり、りあるふぁいとげぇむ?

「はははは、大丈夫ッスよ!やり方なら自分がレクチャーしてやるッスから!」

ゲーマークリスの説明によると、手元にある“ればぁ”や“すいっち”を駆使して、画面上の“ふぁいときゃらくたぁ”を操って勝利させるゲームらしい。

「さぁ!バトルスタートッス!!」


―数分後


クリスは真っ白に燃え尽きている。

「30戦30勝0敗!レッキ!さすがです!」

ミサが尊敬の眼差しで僕を見つめる。

「バカな…あのゲーマークリスを簡単に負かすなんて!あいつ只者ではないぞ!」

そんな声が飛び交う。有名だったんだ。ゲーマークリス。

「あの…ミサ…僕、なんか悪い事しちゃいましたかね?」

いつまで経ってもクリスは床に突っ伏したまま動かないからである。
僕が思うに、彼女のプライドに傷をつけたのかも。

「う~ん…わたしはよくわからないけど…元気を出してもらうように言いますの。」
「元気なんて出ないッスよぉ―――っ!」

クリスは泣きながら走り出した。

「あっ!ちょ、ちょっと待ってくださいってば!」
「うえ―――ん!ちくしょ――――っ!」

慌てて僕とミサは慌てて彼女の後を追った。

―午前11時58分 休憩所―

「元気出してください、あんなの、偶然ですよ。」
「偶然なもんかぁ~!5千億点なんて、本当はゲームの練習してたんでしょ~あんまりッスよ、そんなのあんまりッスよ。」

クリスはベンチの上でうずくまっている。
『あんまりだあんまりだ』とつぶやきながら、びくともしない。

「あぁ…ダメだこりゃ。」
「クリスさん、大丈夫ですの?」
「いいッス。一人にさせてください。」

完全にスネてしまっていますね。

「仕方ない。2人で別の場所に行きましょう。」

僕がそう言った途端、何故か知らんが、ミサの目が輝いた。

「ふ、ふ、2人だけ?」

彼女の驚きように、僕は眉をひそめた。

「…?…ええ、2人だけです。」
「…きゃは~☆やったぁ~!」

ミサは小さくガッツポーズ。何故だ?それだけで何故喜ぶ?

「あらら、自分はますます邪魔スね。じゃあ、尚更お二人で仲良くどうぞッス。」

うずくまりながらクリスがそう言った。

「…はぁ…。」

何だかよくわからんが、にやけているミサと僕は2人で行動することになった。

―午後12時8分 船内水族館前―

「レッキ!ここですの!ここに入りましょうよぉ。」

ミサは船内水族館を指差す。
…水族館ですか…ま、暇つぶしにはいいかな…。

「わかりました、入りましょう。」
「わぁい♪」

ミサはそう言うと、一人で先に入ろうとした。

「あ、ちょっとミサ!」

慌てて彼女の手を握った。

「迷子になっちゃうでしょ?僕の近くから離れないように、いいですね?」

ミサはにやけ顔を超えてふやけ顔になった。だから、何で?

「…ひゃい♪」

彼女は幸せそうだ。何でか知らんが、まぁいいや。


水族館の中は涼しくていい。

「ナタデ地方は暑くて参っていたところでしたからね、助かった。」

しかし、かんじんの魚やらはどこぞだ?

「うわぁ!レッキ!見て!」

ミサが頭上を見て驚いた。

「…?」

見上げると、魚が群れをなして泳いでいる。

「なるほど、空中の水槽か…結構凝っているじゃないか。」

しかし、何か変だ。こころなしか水槽のガラスが無いように見える。
いや、違う。水槽のガラスが無いのだ。

「マジですか…。」

その魚の群れは水の無い空中をゆうゆうと泳いでいるのだ。よく見ると、その魚はヒレが長く、羽ばたいているのだ。それもゆっくりと。
どう飛ぶのか原理が知りたいところだ。

「なんかキレイですの、不思議☆」

うん、不思議だ。頭上を飛ぶ魚に見とれる中、アナウンスが流れる。

『このフロアでは、空中でも生きていられる魚を特別に飼育しております。目の前を泳ぐ友好的な魚もいますが、危害は決して与えないようにしてください。お客様が快適に過ごせるためにも、タピオカ―ナ号水族館でのエチケットをお守りくださいませ。』

「空中で泳ぐ魚…か…。」

時代が変わった結果、様々な生き物も進化しているということだ。

「わぁ!」

ミサの目の前を黄色の熱帯魚のような魚が泳いできた。

「かわいい。」

ミサは魚のヒレに軽く触れた。

「本当に友好的だな。」

しかし、これは凄い趣向だ。面白い。

―午前12時18分 船内水族館内―

今度は円形のホールに入った。ここでも空中を泳ぐ魚だらけだ。

「すごーい!」
「おぉ…。」

僕とミサは呆気に取られるばかりだ。
青い魚の群れが集まって、一つの大きな魚になり泳いでいる姿。赤い魚が仲間とたわむれる姿。大きな魚が悠然と目の前を泳ぐ姿、どれも神秘的である。

「キレイだねぇ♪」
「…うん、そうですね…。」

さすがに認めよう。遊ぶのは楽しい。


ふと、ミサが何かに気付くように僕を見た。

「ん?どうかしましたか?」
「レッキ…こ、これって…。」

ミサの口がワナワナと震える。

「うん?」
「デデ、デートじゃ、ないですか?」

頬を赤く染めて嬉しそうにミサはそう言った。

「デート、ですか?」
「だだ、だって!水族館で!2人っきりで!手を繋いで!どう考えてもデートじゃないですか!違いますの…?」

え?そんなこと言われても…。

「よくわかりませんよ。」
「…へ?」
「僕はよく師匠とこういうところに寄ったことがありますし、どちらかというと、観光、とか…そんなもんだと思ってたんですけど…。」
「えぇ―――っ!?」

ミサは落胆の声を上げた。何でだよもう。
ミサはがっくりとしていたが、

「まぁいいや♪行こう!レッキ!」

そう言いながら、僕の手を引っ張った。

「わわ!ちょ、ちょっと!」

―午前12時24分 船内水族館出口―

「あーっ!楽しかったぁ♪」

ミサは黄色の熱帯魚のヌイグルミを抱きかかえている。僕が買ってあげたのだ。

「ありがとう☆」

本当に嬉しそうだ。

「いいえ。」

お土産は必要でしょう。

「じゃあ、クリスさんの様子でも見に行きましょうか。」
「うん!」

いつまでも落ち込ませてはいけないからな。

―午前12時27分 休憩所―

「あれー?」

クリスがいなくいなっている。

「本格的にすねてしまったらしいな。どうしましょう。」
「とにかく、探しましょうよ!」

ミサがそう言う。

「そうですね、とりあえずゲームセンターに向かいますか。」

僕がそう言った瞬間、トラブル、というか大事件は起こったのである。


「ぎゃああああああああああああああああ」


「ヒィッ!」

ミサが飛び上がった。

「何だ!?」

身の毛もよだつような人間の悲鳴だ。それが途絶えたかと思ったら、

―ゴロゴロ

引きつった表情の生首が転がってきた。血を噴き出しながらソレはネズミ花火のように回転している。

「キャ―――ッ!」

ミサが悲鳴を上げた。

「なッ…!?」

突然転がってきた生首に、さすがの僕もびっくらこいたのだ。
“ネズミ花火”は血液を出し尽くして止まった。

「ひえぁあああああああ」
「わぁあああああああ」

絶叫しながら目の前を逃げ惑う人々。

「まさか…。」

いや、そんなはずはない…。でも、こんな残虐な行為をする連中は限られている。
僕は生首が転がってきた方向を睨んだ。充血した皿のような目、青白い顔色、耳まで裂けそうなほどひん曲がった口。そう、


蒼の騎士団だ。恐ろしい笑顔で迫ってくる。


「人がいっぱい。」
「素晴らしい。」
「全員殺せ。」
「ばか、女は生かせ。奴隷にする。」
「やなこった、全員殺す。女でも殺す。」

それぞれ思い思いのセリフを吐いている。

「ちくしょう…。」

僕はホルスターからBMを取り出した。

―ポテッ!

ヌイグルミが落ちた音がする。

「ヒッ…ヒッ…」

ミサが目の前の鮮血を見て、痙攣を起こし始めている。
バイオテクベースでのトラウマが蘇ったのだ。

「…ミサ!」

慌てて彼女を支えると、軍兵達が僕の存在に気付いた。

「…人間だ。」

奴等は呆然と僕を見つめていた。しかし、それも数秒間だけだった。

「きゃ、きゃは、きゃははははあははぇはははっはあはあああぃあ」

刀やら銃やらを持ち、狂ったように襲い掛かってきた。

「ぐhfかshgfかwvべgfvうsgcふゃgd」

もはや、意味のわからない言葉を口走っている。

「ミサ、離れてろ。」

BMを奴等に向ける。

「せっかくの休息を邪魔しやがって、覚悟は出来てるんですよね?」

―同じ頃 操縦室―

「ノア騎士隊長殿、作戦開始しました。」

引きつった顔の軍兵はそう言った。
全身を黒マントで覆っているノアはワインを飲み干しながら、

「そぉかい。」

それだけ言った。

「お伝えごくろうさん、お前も殺してこいや。」
「了解。」

引きつった顔で軍兵は銃を構えて部屋の外へ出て行った。
ノアは面倒くさそうに頭をかく。

「あ~あ…なんでこの騎士隊長ノア・デッドシップがこんな雑魚共のお遊びに付き合わなきゃならねえんだ。」
「仕方ないでしょ?デスライク様のご命令なのだから。」

ノアの後ろでそう言ったのはカボチャをかぶった若い男だった。
白いマントを着て、明るいのにランタンを燃やしている。

「12MONTH、№11の実力者、ノブ・パンプフロスト…。」
「何でいちいちフルネームで言うんですか。」

ノブと呼ばれた男は疑問に思う。

「説明が必要だからだろ?」

誰にですか?と言われると、話がこじれるので、ノアは話題を変えることにした。

「“箱舟”は完成したのか?いつまでもこんなボロっちい船なんかにいたら、身が持たねぇぜ。」
「今、“Ω小隊長”から『完成した』と連絡がありましたよ。」

ノブはそう答えた。

「彼の喋り方、どうにかなりませんかね?いちいちウルサイんだ。会話もろくにできやしない。」
「我慢しやがれ、あいつにはあいつのペースってのがある。」
「い、いや…そういう意味じゃなくて…。」

箱舟、小隊長“Ω”、12MONTHの一人“ノブ”、そして、新たなる騎士団からの刺客、ノア。
…レッキ達は簡単に任務を遂行できそうにないようだ。


第24章へ続く

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