第28章:サイモンさんの属性学講座
―3001年 3月3日 午前10時35分 フェスター指揮官の部屋―
―がびびび
フェスター指揮官は痙攣を起こしながらソファーに横たわっていた。
「何でこの人が一番驚いてるんですか。」
僕は近くで書類を見つめている師匠に話しかけた。
「ちげえよ、極秘資料をまとめてたクリップが指に刺さったショックで吐血したんだ。」
弱すぎるだろ、プロ・フェスター。
「お前もフェスター指揮官をもっといたわってやれよ、俺が許す。」
フェスター指揮官に水を渡しながらスチルはそう言った。とことん偉そうな奴だ。
「うぉわっ!これ血で汚れてんじゃねえか!」
リクヤが飛び上がった。
「クソッタレ、恐るべしフェスター指揮官、ベタじゃなかったらぶっ飛ばす所だぜ。」
そんな事言ってる本人が一番ベタじゃない。
「鑑識班、すぐに調べやがれ!」
リクヤがそう叫ぶと同時に数名の鑑識が飛び込んできた。
「お前はDNA鑑定をしとけ、わずかな痕跡も残すな、フェスター指揮官のDNA以外のものが見つかったらすぐに俺に教えろ。」
早口でリクヤは指示した。
総司令官の名はだてじゃないな。
「さ・て・と、お前等、ここにいちゃあ邪魔だぜ。とっとと出てけよ。」
リクヤがシッシッと追い払うように手を振った。
呼んだのはYOUじゃないですか。
「え…でもぉ…。」
ミサが不満そうな顔をした。
「ミサちゃん、こういうのは邪魔しちゃいけないッス、行きましょう。」
クリスがミサを軽く引っ張って行った。
「じゃあ、僕も失礼します。師匠、リクヤ先輩様、スチルさん…それではまた。」
「おう。」
師匠は適当な生返事をした。
「うん、素晴らしいぞレッキ、お前は素晴らしい。」
リクヤは満面の笑みを浮かべた。
「コイツの事は普通に呼び捨てで呼んでいいぞ、俺が許す。」
スチルがそう言う中、僕は静かにフェスター指揮官の部屋を退室した。
「おし、まずは確認だ。教授、何でおめえがここにいるんだ?」
シークは強い口調で窓際を睨んだ。
プヨン教授が鑑識の格好をしている。
「にゃっぽ~♪」
レッキ達はすっかり存在を忘れていたらしい。
タピオカ―ナ号が沈没して、岸に上がった時点で、教授は国家のヘリに飛び込んでいたのだった。
「プヨンじゃねえか、よく処罰機関の前に姿を見せれたな。」
リクヤが鬼のような形相でタバコをふかしている。
「にゃっぽい、ちょっとこういうのには興味がありまぷにゃ。」
教授は窓から部屋に飛び込んだ。
「僕が詳しく調べてやりまぷにゃ、3200グランで手を打ちまぷにゃ。」
「どこにだよ。」
シーク、ナイス突っ込み。
「金なんざ一銭も払わんし、むしろそっちに金を払っていただきたいぐらいだ。」
リクヤは教授を持ち上げた。
「新しい灰皿になりたくなきゃ、視界から消えろ。」
コイツ相当嫌われてるのだな。
スチルはため息をつきながらそう感じた。
「まあまあ、待ってくだぴゃいよ、それを盗んだオバカさんにちょっと心当たりがありまぷにょ。」
あぁ!?
シークとリクヤはほぼ同時に叫んだ。
「『心当たり』って何だ!?また難しい言葉で俺を苦しめるつもりか!」
シークは素な感じで叫んだ。
「そこかい!!」
即座にリクヤが怒鳴った。
「で、その心当たりってのは?」
頭をかかえながらスチルがそう聞いてきた。
「まあ、落ち着いて聞いてくだぴゃい。レッキ君達はタピオカ―ナ号で蒼の騎士団に襲われたでぴょ?」
「あぁ、そうだな。」
「で、今回はここジョイジョイアイランドに潜伏していると言われていまぷ。」
「うんうん。」
「何で、大体の人間に真実がばれているような極悪組織が、そんな簡単に人気施設に潜伏出来るんでぷか?」
なぞなぞを出すように教授はそう問い掛けた。
「そりゃあお前、どっか広いとこに隠れてるんじゃないのか?」
「それでも、ここの従業員達が入り浸っている地下に潜伏できるスペースがありまぷかねえ。タピオカ―ナ号で軍兵達と激突しまぴたが、その数は尋常じゃなかったでぷ。それを想定して考えると、ここにいる軍兵の総数は半端ないはずでぷにゃ。それだけの人数をどうやって、誰にもバレずに隠すんでぷか。」
「○○○もんのスモールライトで小さくしてるんだろ?」
シークがふざけてそう答えた。
「真面目に考えろ馬鹿者。だが…確かにそうだな、外に即席の基地を造ったとしても、100%バレないとは限らん。今回リクヤが聞いたとされる蒼の騎士団の計画を考えると、完璧に計画を遂行させねばならんだろう。」
スチルが腕を組みながらそう推理した。
「そゆこと!そのためには、“施設の方々にグルになっていただく”しか他に方法はないんじゃないでぷか?お金とか使ってさぁ…単純かつ、人間のどす黒い心を利用した方法じゃないでぷか。」
最後のセリフは少し気になるが、教授の推理は確かに奴等が使いそうだ。
「で、お前はそのグルかもしれん奴を知ってるのか?」
スチルが書類を拾い集めながらそう聞いた。
「にゃっぽい、あたり前田の流しそうめんでぷよ。変だと思ってまぴたよ、やたらナタデ地方に人を誘ったりしてたんでぷもの。」
もったいぶらずに教えろよ!
リクヤが叫んだ。
「チリッチ・リッチ―(仮名)。ここ、ジョイジョイアイランドのオーナーちゃんでぷよ。」
―午前11時12分 ジョイジョイアイランド内―
「暇だ。」
僕は思わず声を漏らす。クリスもミサもどっかへ行ってしまったし。
「デスクワークがしたい。パソコンいじりたい。コーヒー飲みたい。読書したい。」
全部叶わぬ夢に終わるだろう。
「僕は図書館に入りたいだけだったのに。何でこんな目に合わなきゃならないんだ。」
すると、ミサがチョコチョコと駆けて来た。
「レッキ、はいこれ。」
彼女は両手に紙に包まれた物を持っていた。
「これは何ですか?」
「ジョイジョイクレープですの。」
彼女が言うには、ジョイジョイアイランドの人気デザートだとか。
興味の“きょ”の字もない。こういうのに限っておいしかないのである。僕はクレープを受け取りながらそう思った。
「ありがと。」
僕はクレープをほおばった。
「ムグモガ…。」
……………。
「どう?」
ミサが聞いてきた。中身のクリームもフワフワで甘さも調度いい。
「いけますね。」
珍しい、専門店か何かだろうか。
「でしょでしょ!?」
ミサも大きく口を開けていただいている。あまり食べると太りますよ。
「それはそうと、クリスはどうしてんですか?」
「うん、入口でサイモンさん達を待ってますの。」
そう言えば、遅いなあの2人。
「あれ?待てよ…誰か忘れてるような…。」
「プヨン教授ですか?」
「あ、それだ。」
「オメガちげぇだろおがぁ!!俺様だろぉ!?」
ロゼオがズンズンと歩いてきた。いかん、こってり忘れていた。
「アメのお兄さん。」
ミサがそう言った。
「ロゼオだ!」
ロゼオはそう訂正した。
「何をしてたんですかロゼオ。」
僕はそう問いただすと、アメをくわえてロゼオは胸を張った。
「聞いてメガ驚くな!?何と、俺は迷子になっていたのだ!」
メガひいた。
「あぁ、そんなギガ白い目で見られることは想定の範囲内だぜ。だがな、これを聞いたらお前等は間違いなく驚きで頭がギガ吹っ飛ぶだろうぜ。」
驚いて死んでたまるか。
「なんと、俺は10分というメガわずかな時間でここまでギガ辿り着いてしまったのだ!どうだ?ギガ吹っ飛びそうか!?」
吹っ飛んでいるのはお前の頭だ。
「よかったね♪」
ミサが笑顔でそう言った。
『本当に変な奴に“憑かれて”しまった。』
僕は頭を抱えながらそう思った。
「見て、サイモンさん達が来ましたの。」
ミサが嬉しそうに叫んだ。見ると、向こう側からサイモンさんが手を振りながら歩いてきた。
後ろにはクリスに支えられているセンネン。
「よぉ、童顔猫爺さん。」
ロゼオが面白そうにそう言った。
「ロゼオ、余計な口を聞くなッス。」
クリスが頬を膨らました。ロゼオはヘイヘイと言いながら肩をすくめる。
「ワシは恥ずかしくて寿命が尽きそうじゃ。」
センネンは真っ赤な顔をしている。
「やっぱカワユイですのあの人。」
「ミサ、変な事言っちゃダメですからね。」
僕はミサに再度注意した。
「ドンマイ、センネンさん、猫で何がいけないッスか!猫はカワイイじゃないスか!」
「そう、例えばあんな事言っちゃダメですからね。」
クリスのアホは口をマッハのごとく滑らした。
―ノアの部屋にて―
「あいつらがオメガを殺したのですか。」
ガンマは双眼鏡でレッキ達を睨みつけていた。
「おぅよ。おそらく、ここが戦場になることは間違い無いだろうな。」
ノアは耳かきで耳掃除をしている真っ最中だった。
「邪魔すんなよ?いてえからよ。」
「しませんよ…邪魔なんて…。」
ガンマはニヤニヤしながら再び双眼鏡を覗く。
「弱そうだが、強いと聞いた…うん、ノブ殿の話もまんざらでもなさそうですな。」
「だろ?気を付けろよ、お前までいなくなったら…誰が俺の代わりに本部の定例会に行くんだ。」
耳掃除も終わり、ノアは立ち上がった。
「おし、箱舟の出来栄えでも見に行ってみっかな。ガンマ、付き合え。」
「アイサァ。」
双眼鏡を外して、ガンマはノアの後を追う。
―午前11時30分 ジョイジョイアイランド内 広場―
「へえ、それじゃあ、レッキ君達は追い出されちゃったのかい?」
サイモンさんが画材道具の手入れをしながらそう言った。
「拍子抜けしちゃいますよ。なんのためにここまで来たのかわからない。」
「ウンン…まったくだね、こんなに大変な目に遭ったのに、荷物届けてハイ出ていけかい…そういえば、ミサちゃん達は?」
「“げぇむせんたぁ”ですよ。全く、進歩がないというか…。」
センネンは僕の隣で腕組みをしたまま瞑想をしている。
「ふふ、あの子達はまだ若いんだ、君だってそうさ、一緒に遊んできなよ。」
サイモンさんはそう言った。
「ウム…サイモンの言う通りじゃ、御主はわし等よりも大人びておるが、所詮は子供。遊ぶことが仕事みたいなものじゃろうが。」
センネンも目を開けてそう言ってきた。
「嫌ですよ。僕はああいう空間が苦手なんですもの。」
「そうか…。」
センネンはクスッと微笑むと、再び目を閉じた。
サイモンさんはスケッチするものを見つけたのか、サラサラと何か描き始めた。僕はそれをジッと見つめる。
「…絵描きって…ずっと前からやってたんですか?」
「ウン、子供の時から絵は好きでね。自分が一番好きだと思ったものを描き続けてきたんだ。最も、こんな形で商売を始めるなんて思いもしなかったけどね。」
皮肉だね。サイモンさんは筆を走らせながらつぶやいた。
「…サイモンさん、実は、教えてほしいことがあります。」
「ウン?」
それは、僕がここまで来る間に何度も疑問に思ったことだ。
「“属性”って何ですか?“魔法”って何ですか?」
今の世界に、属性も魔法も子供だましじゃないか。
「ウン、そうか…君はちょうど、“属性学”が広まっていない地方を旅してたんだね、ウンウン。」
サイモンさんは何か思い出すかのように腕を組むと、やがて口を開き話し始めた。
属性学というのは、生物が生まれ持って持つ“属性”というのを科学的に解明した学術のことさ。
僕やクリス君はもちろん、君やミサちゃんにも必ずあるのさ。まあ…簡単に属性ってのを基本的に並べると…“火・水・大地・鋼・風・雷・闇・光・血・氷・無”って感じかな。
これらの属性が人々に必ずあると言われているんだ。
「あの…話がよく理解できませんが…。」
「まあまあ、話は最後まで聞くものだよ、ウン。」
これらの属性は、基本的には人の生活には支障は出さないんだ。
でも、鍛錬によっては、その属性を応用することができるんだ。君の神技、それは光属性の応用パターンと同じなんだよ。
「そうなんですか?」
「ウン?君には師匠がいるんだろ?…教えてもらわなかったのかい?」
「いえ…あの人はそんなこと知らないと思います…。」
神技が光属性だったとは…ひょっとしてこれも“魔法”の一種だというのか?
ウン?その顔だと、神技と魔法の関係について気になったようだね。
まあ、そういうことだね。神技というのは“波動化”“具現化”“特殊化”の3要素が含まれているんだよ。あ、説明を忘れてたね。
“波動化”っていうのは、君の神技で表すと“超・神打”とかだね。主に、属性のエネルギーを放出する要素のことさ。
“具現化”は、激震打、覇王脚、とか、自分の身体の一部に属性を結合させて力にする要素さ。
“特殊化”は、極斬刀、手枝絡、とか、身体の形状を変えるものとかが一般だね。
「じゃあ、やっぱり神技は魔法の一種なんですか。」
「ウンウン、だから、君も魔法使いみたいなものなのさ。」
わかりにくい説明をありがとうございます。でも、世の中に属性学というモノがあるとはわかった。
「あの、個人的に気になることがあるんですが。」
「ウン?」
「タピオカ―ナ号で合った、ノアという男…彼の属性は何なんですか?」
ノアの力、彼はたった一人であれだけの大きさの船を半壊させた男だ。
「ウン、奴のあの力は属性じゃないよ。能力紋、MAX+グラビドンさ。」
能力紋!
「能力紋は属性を込めた特殊なインクを肌に刻み込んだものさ。色々な種類があるし。…残念だけど、ノアの属性は不明さ。」
ノアや、兄さんが使っていた力、それが能力紋。確かに、神技しか使わない自分はまだまだヒヨッ子のようだ。
「でも、属性や能力紋にも弱点はあるさ。それを知る事ができたら、ノアなんて簡単に倒せるさ!」
サイモンさんがそう言った時、
「ム?」
センネンが閉じた目を見開いた。
「え…?」
顔を上げると、そこには蒼い軍服の青年が立っていた。水色の長髪に、冷たい水色の瞳、頬には白い四角形の刺青。
「…。」
センネンは腕組みをしたまま目を細めた。
『こやつの潜在能力…見切れん、どうなっておる?』
「…あの…何か用ですか?」
僕は腰に手を当ててそう問い掛けた。サイモンさんは再び絵を描き始めた。
「君達は、この状況がどれだけヤバイか理解していないらしいね。」
軍服の青年はそう言い放った。
「え?どういう―」
「国家機関の極秘資料だよ…このまま資料がボクの父の手に渡ったら、世界は終わるぞ!」
青年の言葉に僕はビクついた。
「君は誰ですか?何で極秘資料の事を知っている!?」
僕は身構えたまま立ち上がった。
「君には教えた方がいいね。バロンの弟なのだから。」
僕はいよいよ背筋が凍りついた。まさかこいつは…!!!!
「ボクは、レイン・シュバルツ。君が最も憎む蒼の騎士団総統、デスライクの息子だ。」
「――――ッ!!!」
サイモンの筆が音を立てて折れた音と、僕の全身の血液が逆流した音はほぼ同じリズムだった。
静寂が流れた。流れたのは一瞬だった。
「お前が!僕の家族を奪った、あの鬼畜の息子なのか!」
僕はレインの胸倉を掴んだ。
「そうだ。だが、今ここで争う場合ではないのさ。ノアは、とんでもない計画を立てていて―」
「知るものか、お前は僕がどれだけ怒っているかわかるか?」
僕はBMを握りしめた。そして、レインのこめかみに銃口を押し付けた。
「僕達の恨みの深さを知れ!」
「…話を聞きたまえ。」
レインは冷たい目で睨む。
「止せレッキ、そやつの話を聞かんか。」
センネンは腕組みをしたまま叫んだ。
「うるさい!」
もう誰の声も聞く気にならなかった。
「…君は話のわかる奴だと思っていたのにね。」
レインは僕の腕を掴むと、強引に押し倒した。
「僕はあの処罰機関の男にも会って、ノアの計画を伝えた…君はあの男よりも度量が小さいんだね!」
「うるさい!うるさいうるさい!」
不思議なことに、周囲の人間はこれだけ騒いでいるのに無反応だ。まるで、僕等がここにいないみたいだ。
「落ち着けレッキ、そやつはワシ等に危害を加える気はなさそうじゃ。」
センネンが僕の頭を軽く小突いた。
「レインとやら、御主はノアとかいう男の計画について教えてくれると言っておったのぉ。」
「…まぁね。」
レインは僕の腕を離して、その場に立った。
サイモンさんは、筆を握りしめたままワナワナと震えている。
「ノアの手に渡った極秘資料は、これから数日後、デスライク、ボクの父親に渡る事になっているんだ。」
レインはとんでもないことをサラッと言い放った。
「君達は、彼に会った事があるらしいね。ならば、手っ取り早いよ。彼の属性は“水”さ。ただし、水及び、液体が必要になるタイプのね。」
ノアは、自分の身体に液体が触れられている事により、自分の属性力を向上させれるのだというのだ。
「そうか、弱点はあるのか?」
センネンはそう聞いた。
「そこまではわからない。実際に、ボクが彼とやり合わないと―」
―ノアの部屋にて―
「愚か者め…。」
ノブは窓からレインを睨んで歯ぎしりをした。
「ノアさんに報告しなければ…。」
ノブに見つかった!
第29章へ続く