第30章:狂気に満ちた笑顔
ジョイジョイアイランド ある場所にて―
薄暗く、無機質な空間だった。その空間の中、空中に、“ソレ”はぶら下がっていた。
「ノア騎士隊長殿、朗報ですよ!“箱舟”が完成しました。」
「おう、そうか♪」
ノアはウキウキと完成した“ソレ”を見ていた。
「素晴らしいですね。」
ガンマはニコニコしながらそう言った。
「お前等ぁ!ノブも呼べよ、あいつにも見せてやるんだ。」
後ろでは、一人の軍兵が連絡をとっていた。
「何だと!?…嘘だろぉ…。」
何やらただごとではなさそうな様子。
「ノア騎士隊長殿、ノブ様が、ノブ様が殺されたようです。れ、例の、№5491に…。」
軍兵は若干引きつった顔でそう言った。
「あっそ」
ノアは何食わぬ顔を向ける。
「あ、あっそって―」
「じゃあ、レイン坊ちゃんは?」
ノアは笑顔でそう聞いた。
「ここにいますよ、ノアさん。」
レインがマントをひるがえして歩いてきた。
「うんうん、レイン坊ちゃん、これが、“箱舟”ですよ。騎士団の!最凶の!戦艦です!凄いっしょお!?おい!ねえ?ハハハハ!」
「これさえあれば、我が騎士団も更に勢力を伸ばせることでしょうなぁ。」
ノアとガンマは口々にそう言った。
「これが…箱舟。」
レインは冷や汗を浮かべている。
そんな彼をノアは細い目で見つめている。
「坊ちゃん。」
ノアは笑顔で話しかけた。
「…はい?」
レインは汗をぬぐい、顔を向ける。ノアは笑顔のまま、
「何が怖いのですか?」
そう言った。
「…こ、怖いって…?」
「箱舟で、これから起こす事ですかぃ?」
「い、いや…父の夢がかなうためなら、ボクは本望だよ…怖くなんかない。」
「へぇ~♪」
ノアはニコニコしたまま、こう言い放った。
「しらばっくれんなよ。」
ノアはいきなり恐ろしい怒りの顔つきになった。
「勘弁してくれよなぁ、この騎士団で唯一ビビってんのは、よりによってアンタだけなんだよ。レイン・シュバルツ。」
ノアはズンズンとレインの元へ歩み寄る。
「俺達、蒼の騎士団は“狂気の象徴”なんだぜ?12凶の中でも、唯一胸張って名乗れる俺達の名を、汚してんだ!テメェは!!」
むなぐらを掴んで、おぞましい顔でノアはレインを揺さぶる。
「ノア様!レイン様になんという無礼な!!」
軍兵が止めに入った。
「ウゼェんだよボケが!」
ノアは右手をバッと出した。
「グチェエエエ」
軍兵は人間煎餅になってしまった。
血のシミはレインの蒼い軍服を紅に染めた。
「あ、ああ、君の部下じゃないか…。」
「知るかよ。」
レインはむなぐらを掴まれたまま奥の部屋に連れ込まれた。
部屋の中の大きな椅子に、レインは叩きつけられた。
「親の七光りとはよく言ったもんですなぁ、レイン坊ちゃん。アンタが何をしようが、俺には全てお見通しなんだよな。」
レインの顔を血走った目が見据える。
「国家に何を伝えた?教えろ。」
「何のことかな?」
「ふざけんなよ、国家に俺たちの計画を教えたんだろうが!」
「…教えて何が悪い!?ボクは狂っている君達とは違う!!」
「狂ってるのはテメェの方だろぉがああ!!人間が死に絶えた時代を見たかねぇってか?え!?レイン坊ちゃんよぉ!!」
レインは、黙っていた。哀れむような瞳で見つめながら。
「何だよ、その目は…。」
ノアは目を細めた。沈黙が流れる…。
「…もういい。」
ノアは踵を返して外へ出て行った。
「おい、レインをしっかり軟禁しとけ。」
ガンマにノアはそう命令した。
「どうします?レイン坊ちゃまが本当に計画を国家に密告していたとしたら…。」
「とりあえず、デスライク総統に厳重注意をしてもらおう…厳重にな。」
ノアはそう言い残し、箱舟の元へ歩いて行った。
―3001年 3月3日 午後12時16分 ジョイジョイアイランド 総本部施設―
見上げると、銀色のメガ巨大なビル。
そう、ジョイジョイアイランドの総本部だ。俺とクリスは黒服御一行様を追いかけ、ようやくここまで来れたわけだ。
「やっべえな。こっからメガ帰れっかな?」
「ミサちゃんも見失う始末じゃないスか!アンタは何やってんスか!?」
「うるせぇな!お前だって俺とギガ変わらねえレベルのギガ方向音痴じゃねーか!文句をメガ言おうなんざギガ億万年早ぇんだっつーの!!」
「何なんスかギガ億万年ってえ!!テメェ、人間にわかるように説明してみろやぁあああ!!」
入口前で言い合いをする中、従業員らしき人間が歩いてきた。
「あのぉ、お客様、どうかなされたのですか?」
「え?い、いやぁ、実はここに女の子が紛れ込んじゃってぇ…知らないスか?」
クリスが慌ててそう言った。
「黒服の奴が、こん中に入ってったよなぁ。用があんだ。入れろ。」
俺はクリスを強引にのけてそう言い放った。
「女の子?黒服?どちらにしろ、ワタクシ達は存知ませんが…。」
「おいおい、嘘はオメガ勘弁してくれよ。俺達は現にここに入ってった黒服をメガ見てるんだ。」
「ちょ、ちょっと…なんでアンタはいつも喧嘩腰なんスか!」
クリスが俺を引き止める。
「んだよ!」
「従業員の方が困ってるでしょうが!」
従業員は困った顔をしていた。
「…まぁいいや、お前じゃ話にメガなんねぇや。そこ、ギガ通せよ。」
「あぁ、ちょっと!」
俺は従業員を強引に押しのけて行こうとした。
しかし、従業員の身体は鉛の様に重かった。
「あぁん?」
「お客様、勝手に入られては困りますよ。」
従業員は俺の腕をギガ掴んだ。
「うっせえな。入れろったら入れ―」
―ギリリリリリリリ!
従業員の手は万力のように俺の腕を締め付ける。
「うぉあああ」
俺はうめいた。クリスはそんな状態を見て、目をメガ丸くした。
「何してるんスか!?」
慌てて従業員の腕を離そうとする。
「いくらなんでもこんなにすることないじゃないスか!離すッス!」
だが、その腕はギリギリと締め付け、全く外れない。
それどころか、クリスの指を巻き込んでしまった。
「うあああ、やめ、やめろ!い、いてぇ!ちくしょう!」
クリスは必死で指を外そうとしている。
しかし、従業員の様子がおかしいのに俺とクリスが気付くのはまもなくのことだった。
目はギガ濁り、歯をカチャカチャ鳴らしている。
「お客様、困ります。お客様、困ります。困ります。困りま、こま、まりま、すま、まま、こまこまままままままままま」
―ギリリリリリリリ…!!
俺の腕と、クリスの指から血がメガ吹き出た。
「うあああ!」
「わあああ!」
この野郎!人間じゃねえな!?
「ロ、ロゼオ、動いちゃダメッスよ!」
クリスがおもむろに刀を取り出した。
「て、てめえ、まさか…」
挟まれていない手で、その刀を握り、思いっきり振り上げた。そして、
「てやぁ!」
ギガ振り下ろした。
―ズバッ!
従業員の腕はキレイに斬れた。
俺とクリスは素早く手から自分の挟まれた部分を外し、後方に飛び退いた。
「痛いじゃないですか。何をなさるのですか、お客様。」
従業員は露出した手首をブラブラとメガ揺らしながら笑顔でそう言った。
「何だってんだ、お前…。」
自分の腕をさすりながら俺はそう言った。オメガ青黒く変色しちまっている。
「ロ、ロゼッ…。」
クリスが引きつった顔で俺の肩を叩いた。
「あん?」
「う、後ろ…」
振り返ると、
「何だと…!?」
目の前にいる従業員と全く同じ顔の人間がゾロゾロと歩いてくるじゃないか。
「どんだけ~!?」
これには死神の俺様もかなりビックリしたわけだ。
「このままじゃ、捕まるッスね。」
クリスは刀の柄を握り締めた。
「そうだな…クリス、やる事ぁメガ一つのみだ。」
俺の言葉に、クリスはゆっくりと頷く。
「3秒数えたらメガ行くぞ。いいな?…3…2…1…」
今だ!俺はそう叫ぶと、クリスとオメガダッシュで走り出した。
片手を失った従業員を突き飛ばして、本部施設の中にギガ飛び込んだ。
「ミサ見つけて、とっととギガ帰るぞ!こんな化け物がいるなんてギガ聞いてねえわ!」
「それでいいッス!もう腕を締め付けられるのはこりごりだぁ!」
オメガ全力疾走だ。とにかく前をメガ進む!ミサはどこぞだクソッタレ!
・
「俺達の事が知られた?」
ノアは目を丸くした。
「え、ええ…今見回りをしていた軍兵から、処罰機関の兵士が数人ここを見張っているとのことです。」
伝達の兵士は震えながらそう言った。
「ヒャッハァ♪聞いたかよガンマ。国家のクソ共は、俺達に喧嘩を売るつもりらしい。」
「ええ、いい度胸ですね。」
「笑い事ではございません!12MONTHのノブ様ですらかなわなかった相手なのですよ?勝ち目はあるのですか?」
軍兵はそう叫んだ。
「あん?」
ノアは目を細めた。
「ヒッ!…ヒァアアアアアィ!!」
軍兵の両腕が潰れてしまった。
「俺が12MONTHより弱いって言いたいのか?下っ端の軍兵のくせによぉ。」
両腕を失った軍兵は、逃げ出した。
「あぁ~面倒くせえなぁ。国家め。アジトに張って、俺を出し抜くつもりか。」
ノアは頬にこびり付いた血を袖で拭き取った。
「ガンマ、様子見て来い。」
「了解。」
ガンマは立ち上がり、扉まで歩いて行った。
・
―午後12時32分 通路―
「それにしても…娯楽施設にしちゃあ、やけに無機質ッスね。」
クリスは息をギガ切らしながらつぶやいた。
「ヒヒヒッ、キラキラギガ光る飾りでもあると思ったか?」
俺が笑うと、クリスは顔を真っ赤にさせた。
「う、うるさいなぁ!見た事がないからしょうがないっしょ!?」
そして疑問気な顔をする。
「さっきの従業員達何だったんスかね。」
「…知るかよ。」
「同じ顔してたッス…。」
クリスはブルッと身体を震わした。
「異形のモンだって事ぁメガ確かだな。」
気になるな。大体、蒼の騎士団はどうやってここに潜伏できているんだ?
黒服の連中も平気で歩いてんじゃねえか。黒服、同じ顔の従業員。…う~ん…。
「そう言えば、南方支部から渡された極秘資料。アレから一枚、重要な書類が抜かれてたって聞いたッス。」
クリスは思い出したようにそう言った。
「重要書類って…あのギガ重いトランクだろ?…ここでなくなったのか?」
クリスは首を振った。
「いや、おそらくタピオカ―ナ号で奪われた時に、抜かれたんスよ。あの時はこちらも無防備でしたし…。」
そうか…俺の頭はそんなに良かないが、大体のキーワードは浮かんだ。
「黒服のうろつく娯楽施設。同じ顔の不気味な従業員。」
俺は腕を組んでそう口に出した。
「…不気味なとこは“蒼の騎士団”と同じッスね。」
クリスは嫌悪そうにそう言った。不気味ねぇ…。
「…ん!?」
待てよ?俺はある疑問点に気付いた。
「何スか?」
クリスは目を向けた。
「…共通点だ…。」
「共通点?」
「オウよ、クリス…実は、俺は死神だから、周りで生きてる人間の名前は集中すりゃあすぐに見抜けるんだ。」
「き、気持ち悪ぃ…。よしてくれよ…。」
クリスは身震いをした。
「やかましいわ!…それで、その共通点は…タピオカ―ナ号と、ここ、ジョイジョイアイランドが、同じ社長に経営されてるところなんだ。」
張り紙で見たことがある。
「同じ社長?」
クリスが首をかしげる。
「“チリッチ・リッチ―(仮名)”本名、“メッキ・D・ジュース”だ。そうだ…俺はコイツを殺しに来てたんだ!」
思い出したぜ!ヒャッホォ!
『チリッチ・リッチー(仮名)?こいつはそんな変な名前のと、レッキさんを間違えてたのかよ…。』
クリスはそんな事を思ってそうな顔をした。この野郎…。
「おかしいと思わないか?メッキはタピオカ―ナ号での惨劇があったってのに、ニュースとかでは全然拾われない。メッキは全くこの事件についてギガ公表しちゃいねえんだ。ギガトン不気味だろうが。」
俺はそう説明した。
「言われてみれば…!!」
クリスはハッとした。
「…てことは、公表されちゃメガマズイことがあるって事だな。きっと蒼の騎士団とメガツルんでるに違いねーよ。」
俺がそう言った時、
「お察しの早い事だ。」
気持ちの悪い声がした。
「誰だ!」
俺は鎌を前方にギガ向けた。そこには、銀色の鎧姿の巨人が立ちはだかっていた。
「誰スか!?」
クリスは剣を構える。
「コイツ、オメガと同じ匂いがするぜ。何人もの人間の魂をメガ感じる!」
俺はそう叫んだ。コイツ、改造人間か!
「ケラケラ、お前、さては死神だなぁ?よく俺が改造人間だとわかったなあ…。」
その鎧は笑いながらそう言った。
「そうさ、俺はオメガが死んで、小隊長になることのできた、“ガンマ様”だよ!」
自分で様付けって…。
それよか、オメガの代わりに小隊長になったってことぁ、結構強いって事か。
「俺達はオメガをぶっ倒したメガ超人だぜ?今の内に降伏して、俺達を解放し―」
―ガッ!
銀色の刃が俺の喉元まで伸びてきた。
「ロ、ロゼオ!」
クリスが真っ青な顔になった。
「あぁ?」
元を辿ると、ガンマが剣を前に向けているようだ。首筋から血が一筋流れた。
「アホか。俺達は蒼の騎士団だぜ。俺達に会ったら、簡単にゃあ、返せねーなぁ。」
ギガ仕方ない。俺は鎌で喉元の剣を弾いた。そして、軽く撫でて“傷を塞いだ”。
「えぇ!?」
クリスが仰天した。
「メガトンビックリしてんな。これは死神の特権だ。『死神は刃物では死ねない』って感じでな。」
クリスはいよいよめまいがしそうだった。
『コイツは本当に死神なんスね…。』
そして、首をブンブンと振ると、
「自分もサポートするッス!」
剣の柄を握り締めた。続けてこう言う。
「アイツも何かしら能力を持ってるはずッス。注意するッスよ!」
言われなくても、俺は相手の動きを見た。
「けっけっけ、殺す、潰す、殺し潰す!」
ガンマは巨大な剣を横一線に振った。
―ガキン!
鎌で何とか押さえつけ、俺は舐めきったアメの棒をガンマの兜の隙間に当ててやった。
「ぎゃび!」
「はっはっはーギガ痛そうじゃないの!」
イチゴ味だぜ!改造人間!
「…く……くひ…くははは、面白い奴だな。」
ガンマは笑い出した。そして、俺のアメの棒を引き抜いた。血がこびり付いている。
「おやおや、こんなモンで傷ついてしまったか。いやはやまいった…何しろ、身体が劣化しているのでな。」
「身体が劣化だぁ?」
「!!!…ロゼオ、アイツの足元!」
クリスがメガ叫んだ。足元を見ると、
「うおおっ!」
赤黒く輝いている。ガンマの脚が。
「ひ、ひはははは」
ガンマは笑っている。
「気味の悪い野郎だぜ。」
俺は眉を潜める。
「クリス、アイツの胴を“なぐ”ぞ!あそこだけ装甲が薄そうだ。」
「あいよ!」
クリスはガンマの懐に転がり込み、ソイツの両脇に勢い良く刀を刺しこんだ。
「うぎゃあああ!」
ガンマは悲鳴を上げた。
「伏せてろ!」
俺は空中に浮かぶと、鎌を回転させた。バチバチッと、火花が散る。
「死導流、ブッ殺斬撃!」
―シュパッ!
赤い斬撃が空を切る。クリスはガンマの両足を掴んで伏せた。
「ぐああ、ちょっと待っ―」
―ザンッ!
ガンマは腹に風穴を開けた。
「ぎゃあああ」
「ひえええっ!」
クリスは慌てて俺の元まで這ってきた。
「か、加減しろよ“アメ白髪”!あんなに豪快にやるなんて……想定外だったッスよ!」
クリスは自分の身体についた返り血を拭きながらそう怒鳴った。
「うっせえな。そんなの俺のギガ勝手だろぉが。」
クリスは俺の言葉に眉を吊り上げる。
「よく言うぜ!何スか?“ブッ殺斬撃”って!センス悪ッ!」
あぁ!!??
「な、な、な、何だとぉぉぉぉ!?お、俺の“ギガセンス”にケチ付けるつもりかこの“アルミヘッド”!」
「何スか?ギガセンスってよぉ!!ホモサピエンスに理解できる表現をしろよな“への字眉毛ぇ”!」
言い合いをする2人の前で、ガンマは悲鳴を上げながら血を噴き出している。
「ゼェゼェ…くだらん喧嘩してもしょうがないぜ。先に進もうぜ。」
「そうッスね。無駄な疲労だ。」
険悪な空気の中、俺とクリスはガンマの横を通り過ぎた。
―午後12時41分 ???―
長い通路を進むと、数個の窓が並び始めた。
2人で覗いて見ると、
「何だこりゃ…。」
「気味悪いッスね…。」
従業員の利用しそうな雰囲気は、ゼロだ。
薄暗い電灯がぶら下がった埃っぽい空間だった。中央には木製の机が置かれていた。
そしてその上に…。
「…!!」
「ひえっ!」
ホルマリン漬けされたカエルやらネズミやらが大量に置かれていた。
かたわらには何かを書き込んだような紙が散らばっている。奥の方には見た事もない生き物の入った容器が置かれていた。
しかし、それを直視しようとは俺もクリスも思わなかった。
「うっ…。」
クリスは口を押さえた。俺は黙ってソイツの背中をさすった。
「わりぃ…。」
「ケッ…アメがギガ不味くなったぜ。」
ツカツカと、薄暗い窓が並ぶ通路を歩き進む。
「ロゼオ…怖くないスか?」
「…。」
「自分はガタガタ震えてるッス…。」
「こええよ。でも、俺は死神だから、怖がってたらオメガ臆病者だ。」
俺はそんな事を言いながらある窓をふと見た。
「ッ…。」
軍兵が椅子に座っている。その目は血走って、クニャリと曲がっている。
「うひぇ、うひゃ、ひゃあ」
ソイツは意味のわからない言葉を発していた。
その顔は、狂気に満ちた笑顔だった。
「何だぁ?アイツは…。」
俺は目を見開き、その様子を見ていた。その時、ソイツはその笑顔まま、こっちを見た。
「ふへぁ」
ソイツは目をいっぱいにまで見開き、立ち上がり、窓まで迫って来た。
「うおおぁ…。」
俺は後ろにのけぞった。その光景は生まれて初めて俺に我慢の出来ない恐怖を覚えさせた。
「ロゼオ?」
クリスが俺の身体を支える。
「蒼の騎士団…マジでこええ…ギガこええぞちくしょう…。」
俺は震える声でそうつぶやいた。歯がカチカチと鳴る。
「何スか?何を見たッスか?」
クリスが窓を覗こうとした。
「み、見るな!」
俺はクリスの服の裾を引っ張った。クリスを引き離してからすぐに、おぞましい笑顔の軍兵が窓にへばりついた。
「ひぇはああ」
妙な声を出して、軍兵は窓をガンガンと叩いた。
「ああ…。」
クリスが硬直する。俺はその腕を引っ張った。
「行くぞ!」
蒼白な顔のまま、俺とクリスはミサを探しに奥の通路へ走って行った。
狂気に満ちた笑顔は、その先の窓全てからこちらを覗いていた。
第31章へ続く