第32章:ノアと箱舟
―3001年 3月3日 午後1時3分 通路―
ミサは白いベールをかぶっているように、光っていた。
「ミサ…お前その身体…。」
「どうなってるスか…?」
ミサは不思議そうな顔をしている。不思議なのは俺達の方だ。
「ミサ、蒼の騎士団になんかされたのか?」
「ううん、わたしはただこの先を歩いてただけですし…。」
「あぁ?」
おかしいだろ。俺達はこんなに酷い目に遭ったってのに…俺はミサの肩に軽く触れてみた。
さわれる。幻覚じゃない事ぁ確かだ。
「ギガわかんねえ。」
「ミサちゃん、おっかない顔を見たスか?」
クリスがそう聞いた。
「ええ…?怖い顔…ですか?…見てないですけど…。」
そんなバナナだ。この通路は一方通行。
あのおぞましい笑顔を見れないわけがない。
「…。」
少し身構えながら、ミサを見つめた。団栗まなこの小さい顔。
「本物…だよな…。」
俺は首をかしげる。こんなとこまできて、本当に何もなかったってのは…やっぱおかしい。
「とにかく、こんなとこにずっといたら精神的に参っちまう。」
俺はミサの手を引いた。
「早く戻るぞ。」
その時だった。
―カチャ
扉の開く音がした。
「?」
俺は音のした方に目を向ける。
並んだ窓が開き、笑顔の軍兵が滑り出てくる。
「…!!」
俺は目を見開いた。
「クリス、ミサ……ギガ走れ!!」
全速力で俺達は走り出した。
「うひゃひゃははははっはあはははははははっはあっはあっははははははははははっははははあははっはははははああはははっははは」
止め処ない笑い声。後ろから迫ってくる。
「捕まったらどうなるだろうなチクショウ!」
「うひぇえええっ!来る来るっ!早ぇッスあいつら!」
「びええ怖いですのぉ!」
前方の窓からも軍兵が滑り出てきた。
「ぬぉあっ!」
らちが開かねぇときた。
「お前等!俺にギガ掴まれ!」
クリスとミサを抱きかかえて、俺は高速でかっ飛んだ。
「うぉらああああ!」
軍兵はボーリングのピンのごとく。ストライクだ。
「おっしゃあ!目ぇメガ閉じとけよお前等ぁ――――ッ!」
「開けられねーよ!」
「びえええ」
猛スピードである。通路を真っ直ぐ突き進む。
―午後1時16分―
さっきガンマのいた通路だ。
「おっし!メガブレーキ!」
俺は通路の真ん中で停止した。
「ギガふひゅう。」
俺は3本目のアメをくわえた。景気付けのコーラ味。
「吐きそ…。」
クリスがフラフラと隅に歩いて行った。ミサはへたりこんで息を切らしていた。
「怖かったですの。」
「無理ねえな。あんなおっかねえ連中に追われたんだ。」
しかし…俺はミサを見つめている。
発見できた嬉しさからだろうか…説明が難しい。なんというか…嫌な気持ちがなくなっているのだ。
出会った時からそうだ…。ミサには何か不思議な力がある。俺はアメをメガしゃぶりながら周囲を見回した。
「…。」
おかしい…さっきまであんなに血で汚れたってのに…。
辺りには汚れ一つ見当たらない。
「……………………ッ!」
―ザワザワ
…突然、何かの声が響いてきた。しかも、軍兵が追ってくる通路とは間逆である。
「新手の刺客か?…ギガトン休憩する暇もなさそうだ。」
俺はミサを抱きかかえた。
「びえっ!何をするんですか!」
「元かつぎだ!」
そのまんま、近くでゲーゲー言ってるクリスの背中を、
「オメェも吐くなら早く吐けっての!」
ズガッ!蹴り飛ばした。
「にゃろめ」
奇妙な悲鳴を上げるクリスはさておき、俺は鎌を右手にミサを左手に、声のする方に仁王立ちした。
「来るならメガ来い。」
しかし、現れたのは軍兵ではなかった。
「おぉ!ミサじゃねえか。」
シルクハットの男だ。
「シーク!」
「ふぇ?シークさんスか?」
ミサとクリスが目を見開いた。
「…知り合いか?」
「レッキの先生ですの。」
ミサは笑顔で答えた。
「そう、先生だ!」
シークと呼ばれた男は笑いながらそう言い放った。
「よく言うぜ。チーム内でも1、2を争うバカのくせに。」
灰色の髪色をした男も続いて現れた。
アイツは……片耳のロキだ!俺の故郷に唯一現れた国家戦士だ。
「つーことは、アンタも国家戦士か?」
「まーな!凄いだろ!?」
「凄かない、凄かないぞ。ソイツはお菓子のおまけみたいな野郎だかんな。」
ロキがニヤニヤと笑った。
「バカだし、言わば“ウドの大木”って奴だ。」
肩をすくめながら辛辣な言葉を浴びせる。
「お前は少し黙ってろ!バカにしやがって!俺はバカじゃねーよ!」
シークがそう叫んだ。そして、
「ロキ、“ウドの大木”って何?」
そう聞いた。
「ぐ…。」
とうとうロキも黙りこくってしまった。
「えへっ…相変わらずですね、シークさん。」
ミサが笑いながらつぶやいた。
冗談だろ?計り知れないメガトンバカじゃねえか。
「さて、お前等、質問だが…。」
突如、後ろから声をかけられた。黒髪の男がサングラスをかけ直していた。
「スチルさん。」
ミサが声を上げる。いつのまに、後ろに回りこみやがった?
「な、何だよ…。」
思わず身構える俺に向かって、
「お前等、“どこ”まで見た?」
突拍子もない質問。
「…どこって?」
クリスが眉をひそめる。
「この先の通路から飛んできたとこまで俺達は見てんだよ。大丈夫か?身体の具合とかおかしかないか?」
シークが代弁した。
「至って身体は大丈夫ッスよ。」
クリスの返答に、シークとスチルは顔を見合わせた。
「んなわけないだろ。この先には濃度の高い“狂気”が漂ってるんだぜ。あん中で何か身体がおかしくなっただろ?」
ロキがありえないといわんばかりにそう聞いてきた。
「…!!」
狂気に満ちた笑顔が脳裏に浮かんだ。
クリスの顔を見ると、クリスもハッとした顔で俺の顔を見つめていた。
「…何かあったんだな…。」
シークはシルクハットを整え、俺達の後ろに向かって歩き出した。
「やれやれ…行くぞ、スチル。」
ロキも険しい顔つきで後に続いた。
「うむ、待て、こいつ等を外にまで送る。」
そのまま外に通じる通路に向かおうとした時、ピンク色のドレスを着た女性が出てきた。
「あぁ、ちょうどいいぜ。姉貴、これはプロ指揮官の薬だ。預かっててくれ。」
「はぁい、あらぁ?かわええ子がまた増えましたぇ。」
俺のことか?
「今度、お姉ちゃんとお茶でも飲みませんかぁ~?」
か、かわいい。
「え…え、あ。」
「姉貴、人をからかうのは後にしろ。俺はこいつらを外にまで送る。」
「はぁ~い♪」
その後、白い巨人や、吐血をして苦しんでいるコートの男が通り過ぎたが、幻覚の一種がどうかは、定かではない。
一方、レッキ達は…
「ハーハッハッハァ!」
あの青怪人、中々強いぞ!さすがはチームパンドラ…。
「レッキ君!伏せて!」
サイモンさんが僕の頭を押さえつけた。
―ゴンッ
「いてっ!」
師匠にもやられた。デジャヴである。
直後に、水しぶきが襲いかかった。
「ハーハッハッハァ!説明しよう!キャプテン・ウェイバーの必殺技、『オーシャンブルー』は、大気中の水分を拳に集中させ、一気に放出するのである!」
キャプテンは右腕を高々と天に掲げた。
「ハァアアア」
まただ!身の回りの空気が乾燥してきた。
「オーシャンブルー!」
キャプテンの右腕から、膨大な量の水が発射される。
「うぉあっ!」
サイモンさんが叫び声を上げた。
「神技神腕!烈硬化!」
僕は神技を何とか発動したが、このままじゃ、サイモンさんと、
「ふにぇあああ」
一発目の水しぶきを受けてからずっと気を失っているセンネンが巻き込まれる!
バシャアアアアアアアアア!!
ダメだ!あんな勢いの水、受けたらひとたまりもない!
水はとんでもないスピードで突っ込んで来た。
「グッ…うああああああ!!」
師匠との修行でこう言われた。
「神技は造られたものじゃない。“自分で創造する”もんだ。全身の気孔を操り、神技と対話しろ。」
全く意味は理解できなかったが…そういう意味か。
「烈硬化、円形王宮(ドーム)!」
「OH…。」
キャプテンは面食らった。僕の目の前には、巨大な黒色のドームがあった。
自分の両腕はそのドームに溶け込んでいた。
「神技の新たな技術…『創造(クリエーション)』…凄い。」
師匠が教えたかった事は、神技は自分で操れる技だと言う事だったのか…。
「ははっ…やっぱり神技は凄いね…。」
サイモンさんが感心している。
「でっ…でも…もう力が出ない…。」
力のコントロールができないんだ。ドームが腕に戻ると同時に、僕はその場の座り込んでしまった。
「レッキ君…!」
サイモンさんが抱き起こしてくれた。
「すみません…。」
キャプテンはそんな様子をジッと見つめていたが、
「ハーハッハッハァ!素晴らしい!YOUは我が“キャプテン親衛隊”に欲しい人材だ!」
とかぬかしてきた。
「だが、我々に逆らうのはいかんぞ!悪いが眠っていてもらうぞ!」
今度は両腕を天に掲げた。
「オーシャンブルー!ツインスペシャル!」
今までとはうってかわって、もの凄い勢いの水が2倍の大きさになって突っ込んで来た。
「どわぁ!」
サイモンさんが仰天してセンネンも抱えて走り出した。
「い、いかん…加減間違えた。」
キャプテンの悪夢の様な言葉が耳に残った。
「レッキ!」
…!ミサの声だ。続いて、
「うぉあっ!やはりいざこざを起こしたか!」
今度はスチルの声だ。
その瞬間、目の前にスチルが躍り出た。
「“コンバット=鋼の門”!!」
スチルがそう叫ぶと同時に、彼の両腕が銀色に輝き、巨大な鉄の門に変化してしまった。水は門にせき止められた。
「フゥ…。」
スチルは僕達の安否を確認すると、安堵のため息をついた。
「ウェイバー!何を言われたか知らんが、もう少し後輩をいたわってやらんか!」
キャプテンに向かってそう叱り付けたが、キャプテンは笑うだけだった。
「ハーハッハッハァ!説明しよう!キャプテン・ウェイバーは加減が苦手なのだ!」
「知るかぁ!この筋肉ダルマ!」
見ると、ロゼオとクリスとミサが、入口から顔を出しているところだった。
一方、シーク達は…
「やれやれ…。」
俺の目の前には、笑顔の軍兵がゾンビのようにワラワラと出てくるところだった。
「あいつら、よく生きて出られたな。」
ロキが目を細めがならそう言った。
「助かっても発狂しちまうだろ。」
マシュマがドロップを缶ごと食いながらつぶやいた。
「甘いな、甘いぞ、このドロップ。俺に負けず劣らずだ。俺だけに。」
「ちょっと黙ってなさい、マシュマ。」
アリシアが軽く叱った。
「プロさんが“聴取”するみたいどす。」
フリマがワクワクしながらその様子を見ていた。
「ホホォ、あのオッサン、久しぶりに“アレ”をやるつもりか。」
俺はシルクハットを軽く上げた。
「“アレ”は肉眼で見たいしな。」
「君達のリーダーを出してくれないか?」
「うへははは」
「私達は何も喧嘩しに来たわけではないのだ(嘘)」
「うひぇっへへへ」
「もしもし、聞いてるかね?」
「ひゃはははは」
「…やれやれ、仕方がないね。」
「うひゃはははは」
「“コンティニュー”」
「ひゃは―」
ヴンッ
「…君達を少し“やり直させた”。さぁ、知ってる事全てお話してくれないかな?」
「…あれ?」
「さぁ、この奥の部屋に何があるのかね?」
「…誰だテメェ!俺達に何の様だぁ!」
「だから、喧嘩をしに来たわけじゃあ(嘘)…クソ…これじゃあダメだな。」
「よくも俺達の前に現れたな人間めっ!」
「もっとさかのぼらないと…“コンティニュー”」
「ぶっ殺すぞ―」
ヴンッ
「…あれぇ…?」
「君達を“蒼の騎士団就任時”までやり直させた。さぁ、この奥の部屋に何があるんだ?」
「何って…箱舟ですよ。」
「箱舟…それは何だい?」
「蒼の騎士団の軍艦です。」
「それは私も知っている。どういう軍艦なのかが知りたいんだよ。」
「“改造人間”ってご存知でしょうか?箱舟は、その技術の最新鋭です。」
「…つまりどういう事だ?」
「箱舟は蒼の騎士団最強の“改造人間”です。」
「…ッ…そうか。」
「ノア様もお喜びになられますよ。ところで、我々はもう、これでよろしいでしょうか?」
「え?…あぁ…もういいよ、御苦労様。」
―パチン!
プロのおっさんは指を鳴らした。同時に軍兵達はバッタバッタと倒れた。
「起きた頃には元に戻ってるからね。」
さすがだ。自分の視界に入る生物全ての歴史をさかのぼらせる力、コンティニュー…。
「しかし、リクヤがレインから聞いた“箱舟”が、改造人間だとはなぁ…。」
ロキがアゴに手を当ててうなった。プロ指揮官がこちらに顔を向ける。
「シーク、フリマ…高濃度の狂気に耐えられるのお前達と私だけだ。一緒に行くぞ。」
おっと、ご指名だ。
「あぁん、シークゥ、アタシがいなくて寂しくなぁい?」
アリシアが抱きついて来た。メリメリ…。
「ぎゃああああああ!離せェ!死ぬ、プロのオッサンより先に死んじまうぅぅぅ」
俺はわめきちらします。
「失敬だな、シーク。私は長生きするつもりなのだがね。」
プロ指揮官はそうおっしゃった。
「照れちゃって、シークかわいい☆」
―メリメリバキバキビキビキゴキッ!
「ぴぎぇええええええぇ!ロキィィィィィ、助けてくれェェェェェ!」
「ハイハイ、ったく…面倒くせぇ。」
ロキにより、無理やりアリシアは引き離された。
「おっしゃ、行くかね。」
半分ダッで俺は奥の通路に飛び込んだ。
―午後1時42分 通路―
「しかし、イラッとくるな、コレ。」
全神経にチクチク狂気が響いてくる。
「本当だ。これだから狂気は嫌だ。」
プロのオッサンは青ざめている。あ、これは…。
「持病の水虫ゴフェアイァッォイ」
あらららら。よく長生きするつもりになれるよな。
「アラァ、また吐血しはりましたえ。」
「フリマ、薬。スチルから預かったんだろ。」
「はぁい、これどす。」
フリマから薬をもらおうと手を伸ばした時、凄い殺気を感じた。
「…!!フリマ!」
「ハッ!」
慌てて通路の端に飛び退いた。直後に通路の真ん中が裂けてしまった。
「プロ指揮官は!?」
「私はここだ。」
いつのまにか、薬を飲み込んだプロのオッサンが前方を睨んでいた。
「お前達、敵は属性能力より能力紋の扱いの方がうまいらしい。気を付けろ、未知の力だ。」
前方から歩いてきたのは…黒い服を着た男だった。その髪の色は青と緑の中間みたいな色だ。
後ろ髪は二本、角のようにとんがっている。
「カカカカカカ。ようこそ、チームパンドラの皆さん。こんなショボイ娯楽施設まで道中御苦労様だぁ。」
「その笑い声、アンタ、ノア・バッドシップやろ?」
フリマの口調が変わっている。ヤバイ相手だって証拠だ。
「その通り。オメガやガンマじゃあ役不足みてぇだかんな。この俺が直々に相手だ。」
両腕が奇妙に光っている。
「カカカ。カカカ。俺は今ご機嫌なんだ。楽しく行こうぜ。カカ。カカカ。」
ノアは自分の真横の水パイプを破壊した。水しぶきが上がる。
「水圧指弾!」
―バシュッ!
水が凄い勢いで突っ込んで来た。
「“コンティニュー”」
プロ指揮官が唱えた。水は元に戻って床に落ちた。
「カッ!スゲェな。」
「時間稼ぎもいいかげんにしろ。」
プロ指揮官がそう言い放った。
「時間稼ぎ?」
「シーク、気付かんかったか?箱舟の動く音がするだろう?」
何だと?俺は耳をすませた。
ギギッ…ギッ…ギィィィィ…
わずかだが、何かが動いて軋む音がする。
「カカカ。箱舟をジョイジョイアイランドの真ん中に出現させるつもりだ。お前達に止められるかな?あのおぞましい化け物を。」
ギギィィ…ギッギッ…
第33章へ続く