第56章:勝手な親父
―3001年 4月4日 午後1時20分 クリスタルパレス―
とうとうついてしまいやがってしまった。僕の目の前には、白く輝く鉱物でできた建物だった。
その州域には更に鉱物で輝く集落が並んでいた。
「眩っしいなぁ。」
兄さんは右手を掲げながらつぶやく。
「ほーんと…。」
ミサは僕の陰に隠れていた。隠れるな。
クリスタルパレスは名前通り国家機関と同等レベルの権力を持つ帝国国家であり、その全てを統制するのがタルビート一族である。
…すなわちクリスは、
「王女様?」
「いえ!王子様ッス!」
あっそ。
「じゃあ、準備をしださい!レッキさん。」
それはギリギリまで思い出したくなかった。
「どうしても…ですか?」
「どうしてもだ!」
「…。」
「あくまで“かりそめ”ですから。」
「…。」
「あなた自身は何も喋らなくてもいいスよ。」
「…そ、それ…じゃあ…」
「メガ心配すんな。俺達は隠れて笑ってやるから。」
―午後1時25分―
「余計なことを言うなよぉ、アメ坊主。」
バロンは面倒くさそうに柱を見上げている。
「ギガ口を滑らせたぜ。へへ!」
「降りておいでよレッキ君!…ウウン、ダメだなぁ。」
レッキは巨大な鉱物製の柱の上まで登っていた。
「死んでも降りませんよ。僕はここで蝉になり一週間の寿命を経て死ぬのです。」
「バカなこと言うなっての!とっとと降りてこないと曲げ殺すぞ。」
「僕の誇り高き信念まで曲げれますかね?ふっふっふ。」
「キャラがおかしいぞ、弟よ。」
レッキは数時間後、力尽きて落ちた。
―午後3時17分 クリス邸―
「似合うじゃないか!」
兄さんは面白そうな顔で女装をした僕を見ていた。
『し、死にたい…』
「ウンン、さすがはレッキ君だ。何を着てもよく似合う。」
何ですかサイモンさん…。
今の僕の服装は、薄い檸檬色のドレス。白いリボン。そしてコンタクトに変えて化粧までした顔。
ハハッ、夢なら早く覚めろ。
「カワイイ~♪」
ミサがとろけそうな笑顔を浮かべた。浮かべるな。
「ぎゃああああははははははぁ!!ヒッヒィィひひひひ、し、死ぬッ死ぬぅぁあはははははははッぎゃはっうひぇひぇひぇひぇ…オエッ」
ロゼオは大爆笑していた。するな。
「消え去れ魔物め!」
―ズシャッ。
クリスはロゼオの頭を踏み潰した。
「メガぎゃああああ」
「レッキさんは自分のために身体を張っとるんじゃボケェ!!」
そういうクリスは御立派な背広を着ていた。
「落ち着かんか、ロゼオが死ぬじゃろ。」
「あ、あ、あ、悪霊退散んんんん!!」
―ズシャズシャ。
「ギガほんぎゃああああ」
「びええ。」
「さて、そろそろ時間だぜ。頑張れよ。クリス、レッキ。」
兄さんは僕とクリスの肩を叩いた。叩くな。
「ウッス!行きますよレッキさん!」
「わかりましたよ…」
―バン!
扉が開かれ、クリスがさっそうと入っていった。その後を僕がつける。
「よく来たな。愛する息子よ。」
立派な椅子に座っていたのは凛とした顔つきの美しい女性だった。
「自分の父親、ナイチェルッス。」
あ、はい父親ね。
「なんか面倒だから逆言葉で言ってもらえません?」
僕は小声でクリスにそう言った。
「え?はぁ…?」
「何をコソコソ話しておる!さっさと見せんか、貴様の嫁とやらを!」
全体的に感覚のおかしい家族の父、ナイチェルは心なしか嬉しそうにそう言った。
僕はそっと顔をのぞかせる。
「可愛らしい子だな。クリス、やればできるじゃないか。」
ばっ…ばかばかしい。
「いやぁ~♪」
「しかしだ!!!貴様のような優男が選んだ嫁だ。本当に頼れるのかどうかはわからない!そこで私が選んだ嫁達と、その女との見合い勝負をしようじゃないか!」
何を抜かすかこの女。僕は早くことを済ませたいだけだってのに!!
「し、しかし…」
「断ってくださいクリス、僕のことを『本気で愛している』とか言えばいいでしょうが!」
「そんな恥ずかしいこと言えるわけないっしょ。」
「いやだから言えばわかってもらえるんでしょうが!!」
ヒソヒソ話していると、ナイチェルはいよいよ我慢ができなくなったらしい。
「やかましい!!」
―バンッ!
自分の椅子のてすりを勢いよく叩いた。
「何を話している!!とにかく人材は揃っているのだ!今すぐ始めるぞ!!!!」
えぇぇー!!僕は青ざめた。クリスも青ざめた。遠くから見れば青いマネキンが二人並んでいるようにも見えるだろう。
「クリス様ぁん♪」
部屋の奥から現れたのはアゴが見事に割れたいかつい男性だっ―あ、じゃなくて女性だった。
「アタクシ、ジュエリス一族の次女、カトリーヌですわ。」
「カトリーヌ、久しぶりだねぇ、十年ぶりじゃないかぁ。」
クリスは懐かしそうな顔でそう言った。
「バカタレ!!懐かしがっている場合ですか!!」
「あ、そ、そうでしたね。」
「続いてはエクストラビージュ・ジュボボ・ギュラブヴォッチちゃんだ。」
なんですかその腹を下したような名前は。
「ゴミニチハ。」
奥から現れたのは毛むくじゃらの怪物だった。触覚が3本蠢いている。
うん、僕にはわかる。コレは人間じゃない。触角の生えた人間はまずいるわけがない。
「ナイール王国の長女だそうだ。中々の美人だろう。」
美的感覚がおかしい。
「うひ~。」
僕は思わず声を出した。コレを見ていたクリスは不思議そうな顔をした。
「ん?この子男ッスね。」
男?あ、女ってことか?あいや、さっきクリスに逆言葉で言えって言ったし。
ていうかクリスは何故コイツが男じゃなくて女だとわかったんだ?はは、なんかもう考えるのが面倒くさくなってきた。
「なんかの取り違いか?まあよい、コイツとも見合っとけ。」
ルーズなのか厳しいのかはっきりしてくれナイチェルさん。
「ぎゃあああああああああははははははは」
後ろでロゼオが笑い転げている。
「いいか?この3人と会話して一番仲が良さそうだと思ったのを私が独断で決めるからな!」
「そ、そんなぁ!いくらなんでも…自分にも決める権利をください!!」
クリスは怒りながらそう叫んだ。
「ダメだ!子供は親に従うべきだ!それがタルビート一族のおきてなのだからな!」
なんなんでしょうね、このメチャクチャな会話は。
「さぁ~!クリス、世間話をしろ!ご趣味は?と言え!私の言う通りにことを進めろ!!」
クリスはワナワナと震えていた。
「もういやだ…」
「…何?」
「こりごりなんだよ!!アンタの言う通りに応じていく人生なんて!自分には自分を暖かく迎えてくれる仲間がいる。上司がいる…何よりもかけがえのない親友だって…」
クリスはこぶしを握りしめながら父親に向かって叫んだ。
「クリス…。」
僕は呆然とした。
「黙れ!!貴様は私に逆らうつもりか!?子は親の言う事を聞けばいいんだ!命令どおりに動かん子など、子ではない!!」
ナイチェルは凄い剣幕でそう叫んだ。
「あなたは…」
いきなり声が響いた。後ろを見ると、ミサがいた。
「ミ、ミサ…」
「あなたは…蒼の騎士団と同じ考え方をしてる…息子はあなたの道具じゃないんですよ!?」
「なんだこの子供は!早く追い出せ!」
ナイチェルは血管が切れそうなほどまで顔を真っ赤にした。
「…彼女の言葉もあながち間違ってませんよ?」
僕はナイチェルにそう言い放ってやった。
「行きましょうクリス。たまには反抗してやりましょう。」
「え…でも。」
「君は僕の仲間、親友だ。家族と親友、たまには大事なのを親友に切り替えてはいかがでしょうか。」
「…。」
クリスは下を見たままだったが、やがてナイチェルを睨んだ。
彼女は怒りを超えて青ざめていた。
「父上、自分は…国家で働きたいです。」
「お前…権力は必要ないのか?国家機関と同等の権力を握ることができるんだぞ?」
「…仲間と比べればチッポケなもんスよ。そんなの。」
クリスは笑顔でそう言って。僕の腕を掴んで部屋から出て行った。
「ウン?」
「お、おい!」
センネンとサイモンさんは外で待っていたらしく、突然飛び出してきた二人を見て仰天した。
その後、慌てて後を追い始めた。ロゼオとミサも遅れをとり走り始めた。
部屋に残るのは、呆然としたナイチェルとカトリーヌとエクストラビージュ・ジュボボ・ギュラブヴォッチだけだった。
「…。」
ナイチェルは顔を押さえてうずくまってしまった。
「何よ何よ!もういや!」
「ボウガエル!!」
カトリーヌとエクストラビージュ・ジュボボ・ギュラブヴォッチは怒りながら部屋を歩き出て行く。
それを見ながら、ナイチェルは頭をかきむしった。
「うぅぅぅぅ…」
彼女はうなりながら涙を流した。
「へっ!女性らしい泣き声だな。」
いきなり声がした。上から声がした。
「なっ!」
ナイチェルは天井を見上げた。
そこには、長い金髪の男、バロンがニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「だ、誰だ!まさかお前がクリスに妙なことを吹き込んだんじゃあるまいな!?」
「俺ぁ知らねえよ。俺が保護者役になったのはつい最近だからな。」
バロンはスタッと高級な絨毯に降り立った。
「アンタ、子供を束縛しちゃいけねえな。」
「だっ黙れ!どう育てようが私の勝手だろうが!」
「…俺の親父もそうだった。親父は勝手な性格だったせいで俺のようなひねくれた息子を作った。そして、不幸を招いた。…考えすぎも程々にしとけや、ナイチェル殿。」
バロンは笑顔で踵を返し、走って行った。
「…。」
ナイチェルは無言のまま、硬直していた。ずっとずっと、硬直していた。
数日後
―4月6日 午前10時21分 セントラル 花畑―
愛する息子、クリスへ
前のことはすまなかった。私はお前のことを考えていなかった。
だから、あと数十年待ってやる。それまでに嫁をとっていなかったら、わかっているんだろうな!?それだけだ!
以上!
貴様が愛すべき父親、ナイチェルより
この手紙を読みながらクリスは笑っていた。
「えへへ~♪…と、いうわけでこれからもよろしくッス!みなさん!」
「よかった、もうしばらくはそちらの騒動に巻き込まれずに済みそうですね。」
僕は安堵の息をはいた。ふと後ろを見ると、リクヤが拳銃を腰のホルスターにしまいながら歩いていくのが見えた。
「どうしたんです?」
「ん?…いや、お前等には関係ない話だ。」
リクヤは少し目を泳がせながら歩いて行った。
「なんだぁ?変な野郎だな。」
ロゼオは眉をひそめてリクヤを見送っていた。
―数時間前 国家大会議室―
「レインが!?」
リクヤは驚愕で震えながら立ち上がった。
「そうだ。水の都と呼ばれる、“天の柱”という国を知っているか?」
ドン・グランパは葉巻を5本吸いつつ、地図を手渡した。複雑な水路が描かれた柱の地図だ。
「ええ…何年か前に地歴で習いましたよ。世界で一番美しい国だとか…」
「そうだ、そこで、レイン・シュバルツによく似た人物を目撃したという知らせがあった。リクヤ、万が一ということがある。調査に向かってくれ。」
「し、しかし…俺がもし、仮にレインに出会ったとしてもどうしようもありませんよ?」
「わかっている、だから、お前の警護兼、今回の作戦の責任役として、ロキ、アリシア、マシュマを付ける。」
「パンドラ?コスモスじゃなくて?」
「何故だ?」
「実際レインと直接戦闘をしたのはコスモスの連中です。いくら最強のチームだとしても、未知数の力を持つレインとの戦闘は危険だ!」
「フン、さすがは国家随一の戦略家だ。」
ドン・グランパは目を閉じた。
「お前の言い分も正論だ。しかし、コスモスが向かったとて危険は更にあるのだ。」
「…というと?」
ドン・グランパは息を大きく吐き、こう言った。
「トランプ戦団。」
ドン・グランパの言葉にリクヤは引きつった。
「ト、トランプ戦団だとぉ!?」
十二凶の一つで、最強の空賊部隊じゃないか!
「ま、まさか…」
「フン、察しがいいな。トランプ戦団が潜伏している可能性があるのだ。」
「…なんてこった。」
そりゃあ、コスモスを巻き込むわけにはいかない。
「わかりましたよ。俺、行ってみます。」
「くれぐれも死ぬなよ。」
「了解、ドン・グランパ殿。」
そして、今
『国家極秘指令 レインを捜索し、発見せよ』
―午後3時45分 天の柱―
天の柱にようやく着いた。
「本当にキレイなところだねぇ。」
アリシアは楽しそうにそう言った。
「マシュマさんは?」
「先に詮索をしてるよ。アイツのことだから何かに変装してるんじゃないか?」
変装?あの甘い身体でか?リクヤは一瞬そう思ったが、考える暇も、今はない。
「早くレインについて情報を集めないと!」
「慌てるなっての、面倒くせえな。」
ロキが嫌そうな顔をしている。
「努力さえすれば探している人間も一瞬で見つかる!!」
「いやいやいや!!!」
アリシアの突っ込みも、人込みに飛び込んだリクヤの耳には届かなかった。
「しかし、どこにいやがる…」
リクヤは人込みの中で辺りを見回している。
「レインンンンン!!でぇてこぉぉぉぉぉいいいいいいい!!!!」
見つかるわけがねえだろ。
「仕方ない、路地裏を探してみるか。」
リクヤは路地裏に入り、適当にその辺に転がっているホームレスの顔を確認した。一人目のホームレスの顔は若い青年だった。
水色の髪に、頬には白い刺青。そして青い軍服。
「うぅん、レインにソックリだな。」
「うんん…誰だい?ボクを起こすヤツは…」
彼は目をこすりながらリクヤを見た。
「お前レインにソックリだな。」
「君こそ、リクヤにソックリだ。」
「え?」
「えええええええええええええええええええええええええええええええ!?もう見つけたァァアアアアアアアア!!!!!!?」
―午後3時47分 レイン発見―
前回に引き続き、納得できん!!