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第57章:最初のトランプ

―3001年 4月6日 午後3時57分 天の柱 ホテル―

「さぁ~て…ね。」

リクヤは腕組みをしながら、目の前のレインを睨んだ。
レインは何の抵抗もなく、御用となったのだ。椅子に縛り付けられている。

「おなか減ったから何もできないってのはおかしいんじゃねえのか?」
「知らないよ。」

彼が言うには乞食にオムレツをプレゼントしたら腹の虫がうなりだしたという。
が、それが自分の腹から構築させたものだとまでは文系のリクヤにはいまいち理解できなかった。

「とにかく何かおくれよ。ぎぶみーちょっこれいと。」
「じゃかあしいわ!」

リクヤは近くのテーブルを蹴り倒した。

「ゴリラみた~い。」
「こ、このっ…」

リクヤは一発ぶん殴ってやろうかとは思った。しかし、なんとか押し留まった。

「わかったよ。じゃあ近くの飯屋からなんかもらってくる―」
「あぁ!じゃあさ、ボクの好物であるマルクブレッチノ・アルリュブラシャシャ風、ドリュッヅニュブチャラソースソテーを持ってきておくれよ」

舌を噛みそうである。

「どんな料理じゃ!!あ、でもベタじゃないからよしとするか。」


「ふあぁ~」
「おっと、ロキさん。」部屋を出ると、ロキが欠伸をしていた。緑のセーターと茶色のズボン。悪いがダサい。

「面倒くせえな。もう発見しちまったもんな。レイン。」
「じきに護送ヘリが来ますよ。仕事が全部終わったら、一杯飲みましょうや。」

リクヤは右手で“おちょこ”の形を作った。

「お、いいなあ。」
「それじゃ。」
「おう。」

笑顔になったロキを見張りに置いて、リクヤはマルクブレッチノ・アルリュブラシャシャ風、ドリュッヅニュブチャラソースソテーを買いに行った。


「…ん!?」

ロキはリクヤの背中を見たら顔を引きつらせた。


―午後4時00分 ホテル前―

ホテルを出ると、なにやら人の目線が気になった。珍しいものを見るような目つきだ。

「…?」

リクヤは不思議そうな顔を作ったが、タバコを吸いながら歩き出す。


「見ろよ、アイツ。」
「ああ、凄いな。」


その時のリクヤは背中にあるモノにまったく気付かなかった。


―同じ頃 ???―


「“ネシ”様…」

ジャックは彼の元に駆け寄った。

「どうしました?」

“ソイツ”は薄暗い部屋の中でトランプを切っていた。

「今、カード占いをしているのです。邪魔しないでくれたまえ。」
「申し訳ありません…しかし、これは我々の存続に関わる事です。」
「…。」

ネシは、手に持っていたカードを落とした。
パラパラパラ…カードが雨のようにテーブルに落ちる。

「なんです?」
「…国家機関を天の柱・六番街で確認しました。」
「…ほぉ…!」

ネシは声を上げた。パラパラ…

「そうですか。“ペイント”はしましたか?」

パラパラパラ…

「“クラブ”がすでにしていました。国家機関、処罰機関総司令官格、最上陸也です。」
「それは素晴らしい。能力を持たないのに超人級の実力を持つ男。我々に必要なデータだ。」

パラ…最後のカードにはジョーカーの絵が描かれていた。


―午後4時5分 ホテル前―

ただの焼き魚のソテーじゃねえか。
リクヤはそうは思ったがベタじゃないので許した。片手にマルクブレッチノ・アルリュブラシャシャ風、ドリュッヅニュブチャラソースソテーを持ち、ホテルに入ろうとしていた。

「リクヤ!!」

アリシアが向こう側から走って来た。
白いニット帽に、黒いネックのセーターと青いジーンズ。う~ん、美人は何を着ても美しい。

「どうしました?」

少々やらしい笑顔でリクヤはアリシアを見た。しかし彼女は何やら慌てていた。

「ろ、ロキから聞いたわ!背中見せなさいよ!」
「ハァ?」

リクヤは困惑気味な顔をしたが、アリシアの蒼白な表情を見て背中を見せた。

「…!!」

アリシアの顔が更に引きつった。

「なんスかぁ!?」

リクヤは少し心配になり、顔を背中に向けてみた。

「なぁっ!?」

―ガチャン!!

リクヤはマルクブレッチノ・アルリュブラシャシャ風、ドリュッヅニュブチャラソースソテーを落とす。長い名前の料理は無残に散らばった。


彼の背中。


いや、彼の背中からかかとまでいっぱいには、真っ赤な血が塗りたくられていた。


「うわわわ!!」

血だけならまだよかった。ジャンパーの裾には人間の頭皮のようなものがビラ付き、ベルト部分には脳の破片のようなものがくっついていた。
臭いも何も感じなかった。彼には気付きようがなかった。

「ベタじゃねええ!!」

リクヤは慌ててジャンパーを脱ぎ捨て、ベルトも投げ捨てた。

―ゾゾゾゾゾゾゾ…

ジャンパーの背中の血は、不気味な音を立ててクラブのマークに変化してしまった。

「これは…」

アリシアは目を細めた。

「エンガチョ!エンガチョ!」

リクヤは近くの水道でズボンを洗っていた。

「…まさかっ!……リクヤ、鑑識班を呼びなさい。それから、この辺りに警戒網を作って!」
「わかってますよ!」

リクヤはすぐにケータイを取り出し、国家と連絡をとり始めた。その間、アリシアは妙な気配を感じた。

「何かしら?」

気味の悪い、全身を取り巻くような気配だ。

「…ム!?」

リクヤにもこのただならぬ雰囲気が読み取れたらしい。

「…。」

ケータイを閉まって、アリシアの横に立った。

「…やっぱりアンタ、妙なモンを引き連れてきちゃったみたいね。」
「…すいません。」


二人の目の前には、坊主頭の男がニヤニヤしながら突っ立っていた。


白いコートに、黒いグローブ。鎖を首からぶら下げている。といった服装だ。
頬にはAの文字が刻まれて、そこから妙な色の液体が流れ出ている。どう考えても只者じゃない。
リクヤは素早く拳銃を取り出し、

―ダァン!!

空に向かって一発放った。

「全員伏せろぉぉぉ!!」

街の人々は悲鳴を上げ、伏せるか建物の中に入るかした。
アリシアもゆっくりと拳銃を取り出し、安全装置をはずした。

「ひひひひひ…」

坊主頭の男は、グローブを外し、筋骨隆々とした腕を剥き出しにする。

「“ファイアエース”」


ボッ!!


なんと、彼の腕が青白い炎に包まれた。

「ひひひひ…どんなに強くてもどうせ“踏まれて終わり”、そう、終わりなんだ。ひひひ…」
「なんなんでしょうな…コイツは。」
「アタシ達の味方じゃないことは確かね…」

二人は拳銃の標準を合わせた。いつでも撃てる。

「ひひっ…ムダだぁ。」

坊主頭は炎の腕を手前に突き出した。炎が勢いよく放たれる。

「…!!」

思ったより炎の勢いが強い。

「雷帝・スライド!」

アリシアは両腕をクロスさせてリクヤの前に立った。炎はアリシアの腕に当たってスライドしていった。
すすけた腕からは小手が覗いている。

「スゲェ…」

戦闘体勢は万全だったんだ。



「おっそいなぁ。マルクブレッチノ・アルリュブラシャシャ風、ドリュッヅニュブチャラソースソテーはまだかい…」

レインは椅子を前後に揺らしながら窓を見ていた。

『ワーワー!』

…なんか騒がしいな。

「…ん?」


バリーン!!


「ぎゃあああ!」

レインは椅子ごとひっくり返った。窓を粉砕して炎が飛び込んできたからだ。

「な、なんだぁ!?」

レインは倒れたまま天井を見つめていた。炎が天井を包み込んでいく。

「わっわっ…消火消火ぁ!!」



「ちくしょう、よくも撃ちやがったな!?」

リクヤは拳銃の引きがねに指をかけた。

「ちょっと待ったぁ!撃つなぁ!!」

ロキが坊主頭の背後に躍り出た。

「ロキ!」
「ロキさん!」

二人が叫ぶやいなや、

「ひひぃっ!」

坊主頭は炎の腕をロキにぶつけようと振り回した。

「フレイマ=ジック、“不死鳥”」

ロキはニヤリと笑った。


ゴォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!


「ハァァァァァァ…」

ロキの身体が燃え上がった。炎はまるで鳥の様に大きな翼を作った。

「ひぁっ!?…なんだと?」

坊主頭は後方に下がった。

「面倒くせえな…逃げるな!」

―グォォォォ…

ロキの口から炎が発射された。

「ぐあっ…ぎゃああああああああ」

坊主頭は炎に包まれ、リクヤとアリシアの方まで飛んでいった。

「わあっ!」
「きゃあ!」

二人はそれぞれ左右に飛び、火だるまを回避した。坊主頭はしばらくのた打ち回っていたが、やがて動くのをやめた。

「やれやれ、近くの建物で張った甲斐があったってもんだ。面倒くせえ。」

ロキは炎が点いた身体を振って炎を落としていた。

「助かったわ。ロキ…。」
「どういたまして。」

―午後4時7分―

「しかし…なんなんだコイツ…」

ロキは目を細めて黒こげの死体を見ていた。

『ピ…』

「あん?」


『ピロリロラロ~』


妙な電子音が死体から流れた。その瞬間、死体は灰となって消え去った。

「…なんだぁ一体。」

結構でかかったその音にロキは耳をふさいでいた。

「き・え・た。」

リクヤは目を丸くしてそう言った。

「嘘でしょ…?アンタ、MAXパワーで燃やしたの?」
「バカ言うな。そんなことしてみろ。国ごと滅びちまうぜ。」

ロキは肩をすくめてそう言った。

「人間じゃないわね。この燃え方は異常よ。様子も最初からおかしかったし。」
「さっき鑑識班を呼んだから、この残ったケシズミだけでも調べさせますよ。…そういや、マシュマさんは?」
「アイツのことだからその辺で甘いお菓子でも食ってんじゃないの?アイツだけに。」

―午後4時8分 ホテル―

「うぉわ!」

リクヤは仰天した。部屋が黒こげ&水びだしになっている。

「ハァ…ヒィ…フゥ…」

レインが隅で息を切らして座っていた。少し興奮してる。

「…さっきの炎がこの部屋に飛び込んできたのね。」

アリシアの言葉にレインは飛び起きた。

「そうだよ!ボクが消したんだ!苦労して!水道水で!この!貴族出身の!ボクが!こんな!小汚い部屋の!火を!ボ、ボクが―」
「わかったわかった。」

ロキはレインの頭を軽く叩いて部屋の中に入った。

「やれやれ…面倒だな。」

ロキは部屋の一角を睨んだ。
その部分は炎がちょうどぶち当たったところだった。少しだけ焦げ方が違い、文字のように焼きついていたのだ。

「これは…」

そこには、乱雑な英語でこう書かれていた。


『WELCOME TO TRAMP・WORLD』


「“ようこそ、トランプの世界へ”…か…クソッタレ!」

リクヤは独り言のようにつぶやく。

「トランプ…戦団…奴等がここにいるのか…」

レインは青ざめた顔をしていた。

「ドンさんの予想は正しかった。ここにゃあ“トランプ戦団”がいる。」

ロキは3人を見ながらそう言った。

「アンジェリカちゃんとのデートはキャンセルだな。畜生、面倒くせえ。」
「ご愁傷様。」


―午後4時12分 ???―

「コンタクトを取りました。」

ジャックは複数の画面を見ていた。一部の画面には青ざめた4人が映っていた。

「エースですか?」

ネシはワインを飲み干した。

「ええ、ただし№42145です。」
「そうですか。」
「やはりパンドラは強いですね。死んでしまいましたよ。」
「…構わないでしょう、“彼”にとっては。」
「…そうですね。“彼”にとっては。」

ジャックは再び画面に目を移した。


―午後10時30分 ホテル―

数時間が経ち、鑑識班が到着した。

「ニャッポイポイ。これは人間業じゃありまぴぇんね。」
「何でまた貴様がいる。」

鬼面リクヤの目線の先にはプヨン教授が部屋の様子を調べていた。しかも鑑識の格好で。

「知らなかったんでぷか?ボクは国家機関鑑識班長兼、国家機関化学班長兼、国家機関資金取扱部長でぷにゃ。」
「テメェいつのまに国家に就職しやがった!しかも最後の国家機関資金取扱部長て俺達にとって一番重要な職務じゃねえかぁ!!(給料とかを取り締まる係だから)」
「まあまあ、いいじゃないの。」

アリシアはリクヤをなだめた。

「キ、キミは前にボクを食べようとした女でぷね。」
「…あの時のことは忘れてよ、ねえ教授、今回の事件は確かに人間業じゃないわ。でも、能力紋を持つ人間ならこれくらいの技はできるわ。それについては何か言う事はあるかしら。」
「うん、ごもっともだな。」

アリシアとロキはそういう疑問を抱いた。

「ニャッポイ、これを見てくだぴゃい。」

教授は鑑識が持ってきた“すす”を手に持った。それを指でこする。

「見て、パサパサ。」

教授は化学の授業をやっているみたいにそう言った。

「それがどうしたんだよ。」

イライライライラ。文系のリクヤにはいまいち理解できない。

「たいていの人間は炎属性の技を食らった場合、完璧に燃えたとしても残るはずのものがありまぷ。“脂肪”でぷにゃ。これはロキ君が殺した男の焼け跡から採取したすすでぷにゃ。」

教授の説明は続く。しかし、文系のリクヤにはいまいち理解できない。

「普通人間が焼け死ぬと、空中に脂肪が飛散する。もしくは身体に残るんでぷ。でも、この男の死体の周辺からはまっっったく脂肪は検出されまぴぇんでした。」
「その男に脂肪がないってことだろ?」

ロキは腕を組んだままそう言った。

「いやいや、大抵脂肪率が0のヤツなんてそうそういまぴぇんって。あきらかに痩せすぎでぷ。」
「それも…そうだな…」
「これは人間じゃありまぴぇんよ。ボクの推理が正しければ、コイツは亜人種でぷ!」
「おぉ、亜人種か。」

リクヤはそうは言ったが、文系なのでいまいちわからない。

「トランプ戦団って亜人を持ってたんだな。」
「でも、どんな亜人なのかしら。食べれればいいんだけど。」
「食べれればいいってキミ。」

ザワザワと話し合う中、レインが口を開いた。


「トランプ人間」


「トランプ人間?なんじゃそりゃ。」

リクヤが顔を向けた。

「昔、父から聞いたことがある。全身を紙で構成し、人間の皮膚に近いゴムで包み、生まれる人間さ。オカルトチックだけど本当に存在するらしい。」
「そんなバカなことあってたまるか。ようは紙人間だろ?」
「違う、トランプ人間だよ。そこ重要。」

いやどうでもいいけどさ。

「でも、コイツの言い分にも一理あるぜ。紙ならちょうどこんな燃え方するもんよ。」

ロキは教授の持つすすを触った。

「まあ、明日調査するべきだな。」

面倒くさいもの。ロキは近くのすすけたソファーに座り込んだ。

「ロキ、アンタってヤツは。」
「寝るおやすみ。」

グガァー。もう寝なすった。

「仕方ないわね。鑑識班、もう帰ってもいいわよ。」

鑑識班を帰し、アリシアはため息をついた。

「アタシももう寝るわ。アンタ達ももう寝なさいよ。」
「そうすね。」

リクヤはそう言うと、レインを見た。

「よく逃げなかったな。」
「逃げてもムダだろ?チームパンドラが3人もいるんだ。」
「頭が良いな。いい判断だ。」

リクヤはレインを連れて、別のホテルに移ることにした。


「やっぱりかっこいいね。ヒーローってのは。」

街道を歩きながらレインはそう言った。

「言ってることが違うじゃねえか。『敵対する国家は大嫌いだとか』言ってたのは誰だ?」

リクヤは茶化すように顔を向けた。

「気が変わった。父の考えはやっぱりおかしいんだ。あの時のボクはどうかしてたんだよ。」

申し訳なさそうにレインはうつむいた。

「そうかい…」

リクヤは向けた顔を戻し、自分のジャンパーを見た。クラブのマーク。最初のトランプ…。

「新たな十二凶か。これから忙しくなるぞ。」

リクヤはタバコを一本吸い始めた。


第58章へ続く

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