第58章:天使の歌声
―3001年 4月6日 午後10時42分 国家ヘリ乗り場―
「ぎゃああ」
レインを護送ヘリに押し込んだ。
「やめろってば!ぎゃむっ!くさっ!こん中くさっ!」
「我慢しやがれ。」
ガラガラガラ…戸も閉めて、ガチャ。カギかけて…と。はい、捕獲完了!
「我ながら天才的かつベタじゃない的な捕獲さばきよ。」
『待ってよぉ!おなかすいたよー!』
レインが中から声を上げた。
「うぉっと。忘れてたぜ。」
リクヤは慌てて近くへ何か買いに行こうと走り出した。
『もおおおおおお!!』
レインの怒り声が響いた。
―翌日 4月7日 午前7時30分―
「ふあああ~」
リクヤは護送ヘリのすぐ横にテントを張っていた。彼はのそのそと寝袋から這い出し、護送ヘリの前に立った。
そして、息を大きく吸い、ドアをバンバンとたたきだした。
「起きろぉ!飯食いに行くぞぉぉぉぉぉ」
―バンバンバン!
『やかましいなぁ!』
すぐに返事が返ってきた。
「…怒ってんのか?」
『当たり前だ!あんなチンケな飯で我慢できるか!』
「何がチンケだ!男は黙って“味噌田楽”だろぉが!」
『キミはつくづくベタじゃないね!』
―午前7時35分 天の柱 六番街 街道―
街を歩く中、リクヤは気付いた。
レインにはある特徴がある。それは足取りだ。普通の人間に比べ、なんというか―…優雅だ。
…貴族。…そうだ、コイツは貴族だと何度も言ってた。シュバルツ一族が貴族だったことは確からしい。
どうしてデスライクは高貴な一族をこうも恐ろしい軍団に変えてしまったのだろう。リクヤはそう考えると悲しくなってきた。泣きながら死んでいったジャンを思い出す。
「ぐ…」
思わず、顔を歪ませる若き総司令官。
「どうしたのさ?」
レインが不思議そうな顔をしている。
「え?…あぁ…いや…。」
リクヤは慌てて平静を取り繕った。しかし今のセリフはベタだった。反省反省。
「それよか、この手錠ちゃんを外してくれよ。重くてかなわん。」
レインは両腕をジャラジャラと揺らした。硬い手錠には能力紋を封じる魔札を縛り付けている。
フリマさんの作った札だ。さすがのレインにもこたえているのだろう。
「時々違和感を覚えるんだよ。痛くはないけど、違和感を覚えるんだ。」
「我慢しろ。」
犬を引っ張るようにリクヤはわがまま貴公子を引きずった。
―午前7時41分 とある店―
街のとある店に、ロキとアリシアはいた。
「おはよう、リクヤ。よく眠れた?」
アリシア笑顔でそう言った。
「うす、ぐっすりですよ。」
リクヤは会釈と同時に肩をすくめた。後方でレインは、店内をジッと観察している。
「ふあああ~」
おっと、見事な大欠伸だ。ロキはその後、頭をかきながらこう言った。
「朝からゴクロウサンだ。面倒くせえな。」
挨拶のつもりらしい。
「ちゃす。」
リクヤは軽く会釈をした。
「レインは何か不審なことやってねえよな。」
「もっちろん。」
「ケッ!よく言うよ。」
レインは嫌悪そうにつぶやいた。
「いいからホラ、食え!」
「むぎゃあ!」
リクヤはちょうど出てきたベーコンエッグをパンで挟んでレインの口に押し込んだ。水で流し込む。
「はい、朝飯終了!」
めちゃくちゃだ。
「ゲホッ!ガホッ!こ、この野郎!それが貴族の真の扱い方かい!?」
レインはせき込みながらそう叫んだ。
「オメェは犯罪人だろ。」
「ムッ…」
リクヤの言葉にレインは顔をしかめた。そして、
「ん…しかし、この店は最低だな。」
わざとらしい大声でそう言った。
「な、いきなり何を言う。」
リクヤは青ざめた。
「店内の装飾はもちろん、料理、飲食物の味も見る限り悪い!」
レインのハバネロ級辛口審査は続く。
「ちょっと―」
「星みっつどころか、星のペーストの一つまみにも当てはまらないクソ料亭だ。」
アリシアが止めようとしているが、レインの凄まじい勢いには付いていけなかった。
「は、はは…も、もう終わりかしら?」
アリシアは真っ青な顔でそう言った。
「店長の顔が見てみたいね。まったく。貴族のボクに微塵も合わない料亭だ。マジで。」
終わりじゃなかった。
「ば…ばか、そんなこと大声で言うなって―」
遅かった。店長が怒りを通り越して涙目で震えていた。
「そこまで言うか!?この鬼め!!出て行ってくれ!!!」
―午前7時49分 街道―
「がははははは」
ロキが笑っている。珍しいことこのうえない。
「楽しいガキだなコイツは、面倒くさがりの俺様を驚かせやがって!!がはははは!!」
「喜んでる場合じゃないわよ。一歩間違えれば人々の国家を見る目が変わっちゃったかもしれないんだから。こういう事態が起こりえるから変装をしろと言われたのね。きっと。」
多分違う。
「だってあの店本当に辛気臭いんだもん。死ねばいいのに。」
コイツは礼儀というものを知らないらしい。
「ねーえー!そーろそろ!手錠!外してくれよぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―」
「よ、よく息が続くわね。」
「な。」
アリシアとロキは感心している。
「だぁー!わかったよ!ただし、妙な真似してみろ?右肩の関節だけを外すかんな!」
リクヤはレインの手錠を外した。
「お…おいおい、いいのか?」
ロキが驚いた顔でそう言った。
「…心配要りません…よっ!」
「わぁっ!」
レインの腕にあの魔札を貼っ付けた。
「外れないように瞬間接着剤を使った。」
リクヤは黄色い接着剤を手に持っていた。
「ぐわわ!」
札はレインの腕にガッチリくっついてる。
「分解しようにも、能力は封じられてるんだろ?逃げれると思うなよな。」
「高級な接着剤なんだよね?ブランドの接着剤なんだろうね?」
「そこかよ!!」
レインのプライドの高さは計り知れない。
「それじゃあ、アタシ達は大神殿に行って来るわ。」
「…大神殿?」
アリシアは親指を後ろに向けた。
「おぉ…」
リクヤとレインの目線の先には、巨大な神殿がズンと構えていた。アリシアは神殿を見ながら言った。
「天の柱を統制している神殿。言ってみれば官邸みたいなもんね。」
「あそこで、天の柱の国王的存在、ドアノブさんと面会してくるんだ。」
ロキが付け足すようにそう言った。
「例のトランプについてかい?」
レインはそう言ってきた。
「そうだよ。面倒くせえ。」
「つーか気安くロキさんにタメ口を使うなバカチン!」
―ベシッ!
リクヤはレインの頭をひっぱたいた。
「あでぇっ!痛いじゃないか。今のボクはただの美形貴族なんだぞ!?」
美形も貴族もいらんわ。
「それじゃあ、俺はコイツを護送ヘリに戻してきますよ。」
「えぇ―――っ!?またあの臭いヘリに閉じ込めるの?ボクは豚かなんかかい?臭いだけに!!」
レインは“カッ”という効果音と共に叫んだ。
「豚じゃないけど“豚小屋”にはぶち込む。豚小屋なだけに!!」
リクヤは“カッ”という効果音と共に叫んだ。
「…何を言ってるのアンタ達。」
―午前8時8分 護送ヘリ前―
『臭いよー。』
「知らん!」
『君みたいなにおいがしていやだよー。』
「絶対出してやらん!!」
リクヤは護送ヘリの前でタバコをふかしつつ怒っていた。
「いつまで喋ってるつもりじゃ!ハスキー声になっても知らんぞ!」
『貴族はハスキー犬は好きだよ。マルチーズも好きだ。』
ダメだ。話がかみ合ってない。リクヤはため息をついた。
ふと、目の前を見ると、紫頭の男がニヤニヤしながら歩いてきている。
「こらこら国民A。ここは立ち入り禁止だぞ。」
リクヤは立ち上がると、国民Aを追い出そうとした。しかし妙な髪型だ。猫みたいな耳を立ててやがる。
「お前はリクヤだな?」
国民Aはそう言ってきた。
「なんで俺の名前を知ってる。」
「今知ったんだよ。」
「ハァ?」
どうもおかしな連中と出会うようになったな。
「Uターンしろ国民A。お前が足を踏み入れていい領域じゃない。」
リクヤは追い払うように手を振った。
「Uターンはできないなぁ。俺達が目をつけた“獲物”がいるんだ。それに、俺は国民Aじゃねえ。トランプ戦団の一員、“チェシャ”だ。」
トランプ戦団!リクヤは身体をこわばらせた。
「気持ちの悪いやろうだ。」
『ねえ~!どうしたのさ?』
護送ヘリから何も知らないレインはそう言った。
「しっ!黙ってろ!」
「ホォ~!聞こえたぞ。そして今知ったぜ。お前の後ろにはレインがいるんだな?…なるへそ。獲物は二人…か。」
知った知った。チェシャと名乗る男はニヤニヤと笑みを浮かべた。
「来るな!」
リクヤは拳銃を構えた。
「そんなモンで俺に太刀打ちできるとでも思ってんのか?」
「ベタなセリフじゃねえか!」
リクヤはどうしたかというと、チェシャのすぐ横の車に弾丸を放った。
「えっ?」
ちょうどガソリンタンク。彼の銃撃の腕前はレッキと同等なのだ。
ズゴォンッ!
車は吹っ飛んだ。爆風にチェシャは近くの木材に激突した。
「ぐぎゃあっ!」
彼の胸を木材が突き抜けている。
「へっ!どんなもんだ…」
『ねえ、どうしたのさ!でかい音立てやがって!!』
レインの声も、青ざめたリクヤの耳には入らなかった。
パラパラ…傷口から出るはずの血は、白かった。いや、鮮やかな模様が描かれていた。
「トランプだと!?」
リクヤの口から声が漏れる。
『え?トランプ?何?』
レインは混乱した。
「よくも俺の身体に傷を…」
チェシャは怒り剥き出しの顔でリクヤを睨んだ。
「オートノウハウ…」
チェシャは指をゆっくりと上げ、リクヤに向けた。
「四方絶命砲!!」
何っ!?リクヤは咄嗟に身体を後ろにそらした。
―ギュウウンッ!
四角い波動が護送ヘリを持っていった。
「ハッ…レイン!!」
リクヤは護送ヘリを見た。四角く開いた穴からビックリしたレインが顔を覗かせている。
「よ、よかった。」
「よくない!ボクをとことん酷い目に遭わせやがって!!」
チェシャはニヤニヤと笑い出した。
「にっひひひひ、最高だぜ貴様等、俺を興奮させやがって、どうなっても知らんぞ?にひひひひ…人間の分際で―」
ハクヲセサ…
「!?」
リクヤは突如流れてきた歌声に驚いた。
「…ヒッ!」
チェシャが怯えたように見える。
「な、なんだよ一体。」
ダスウワニ…
「ひ、ひ、ひいいいいいいいいいいいいいい」
チェシャが大声を上げて叫び狂い出した。
ミヲボアナ…
…聞いた事もない言葉だ。なんだか知らんが美しい歌声だ。まるで天使の歌声だ。
ナミキシミ…
近くを見回すと、スピーカーが街のいたるところに建っているのが見えた。そこから歌声が流れているんだ。
ノラテルヲ…
しかし、妙な歌詞だ。共通人語じゃない。どこか、別の国の言葉か?
ミカシエタル…
優しい声はまるでチェシャを蝕んでいるようにも見える。
ガクソタウゲ…
声はどんどん大きくなる。それにつれ、チェシャもどんどん衰弱していった。
メアウアノサ…
「ひぎゃああああああああ」
チェシャは絶叫して身体に木材を刺したまま逃げ出した。
「…もう意味がわからん。」
リクヤは恐怖と驚愕やらで座り込んだ。
「…間に合ったようだね。」
「あぁ!?」
見覚えのある声だった。顔を上げると、そこには、
「…お、お前等…」
チームコスモスがリクヤを見下ろしていた。
「お前等…ハッ…どうしてこんなとこにいる!ここはお前等が立ち入っていい領域じゃないんだぞ!?」
「わかってますよ。」
レッキは簡単に返し、
「ロゼオ、クリス、あの男を追跡してくれ。」
「あいよ。」
「了解ッス!」
メンバーに適確な指示を出した後、護送ヘリのレインに目を向けた。
「あっ…レイーン!!」
ミサが嬉しそうに声を出した。
「レッキ、ミサ…」
レインは軽く手を振った。
「嘘だろ?なんだよこの友好関係。」
バロンは驚きを隠せないようだ。
「さ、神殿に行きましょう。」
「ま、待てよ、マジでどうしてお前等がこんなとこにいるんだよ?なんでレインと仲良しなんだ?なんなんだ?今の歌声は!?」
リクヤは慌てて立ち上がり、そう聞いてきた。
「まあまあ、落ち着かんか、今説明する。」
センネンに押しとめられ、リクヤは近くの木材に座らせられた。
「さて…レッキはレインと会話をしていて忙しそうだ。代わりに僕が説明するよ。ウン。」
サイモンは何が起こったのかを説明しだした。
昨日 チームコスモスに指令が入ったんだ。
『処罰機関北方支部総司令官・“天城美空”を救出せよ』とね。
第59章へ続く