第60章:動き出したトランプ
―3001年 4月7日 午前9時10分 天の柱 神殿 大聖堂―
彼女の歌声の秘密。それは、単純かつややこしいものだった。
『念波唱歌』
それは、歌声に念を込めることにより様々な種類の歌声を出せるもの。回復ができるのはもちろん、攻撃もできる。特殊な歌だ…そうだ。
「…。」
信じられん。そういった顔を一行はしていた。
「…ああ、信用してないな。さっきの歌。アレはアリス様が歌ったものなんだぞ?」
「納得できないですよ。そんな系統の属性魔法聞いたためしがない。」
レッキは困った顔をしてそう言う。
「…。」
トークスは嫌悪そうな顔を浮かべた。その後、やれやれと言わんばかりに自分の懐を探り始めた。
「…わかりました。それじゃあ、今日のコンサートに皆さんを招待いたします。」
トークスは数枚のチケットを取り出した。
「まあ!アリス様のコンサートを見れるの!?超プレミアじゃなぁい!!」
アリシア姉やんが割り込んできた。
「そ、そうですとも…普通なら数十万グラン相当の値段で売れる代物ですとも!太っ腹でしょ私!ラグナマリン水族館もよろしくね!!」
少し嬉しそうにちゃっかり宣伝したトークスのその言葉を聞いた瞬間、ロゼオとクリスの目が光り輝いた。
「売りましょう!!ていうか売りまくり!!いや売らせて!!」
二人はチケットを奪おうと群がってきた。が、
「やめんかボケ!」
―ドゴッ!
「ぎゃぼす!」
「ギガッ!」
アリシアに蹴飛ばされた。
「アリス様のコンサートチケットを売ろうなんて罰当たりよ!」
「仕方ありませんよ。まだ彼等は歌など聴いていないのだから…田舎物はこれだから困る。」
トークスは薄笑いを浮かべて他のスポンサーを連れて部屋から出て行った。
「い、田舎物って…クゥゥ…」
レッキには今のトークスの言葉は大打撃であった。
「…。」
ロキは最後尾にいるあの女性をジッと見ている。
「どうしたのよさっきからキモイ顔して。」
アリシアがそう聞いてきた。ロキは仰天してアリシアに顔を向けた。
「怪しいなと思ってる俺の顔はキモイか!?…別になんでもねーよ。」
「…本当?」
いつのまにかアリシアは真面目な顔をしていた。こりゃ本当のこと言うべきか。
「…人間じゃなかった。」
「…は?」
「あの女、人間じゃない。」
ロキの話によると、最後尾の女性、レッドは人間のような感覚をもっていなかった。
ロキの野性的本能がソレを読み取ったというのである。
「そんなバカな話…」
アリシアはばかばかしいと言おうとしたが、
「…。」
険しい顔になった。
「合点が通ると思わないか?調査によると、スポンサー達は前まで3組だった。それが最近にレッドが参入してきている。トランプ戦団がミソラを拉致して潜伏しているという噂が流れるようになったのはちょうど彼女が参入してきた頃だ。」
「偶然とは思えないわね。」
「それにあの女性、顔がやけに整ってないか?いくらフリマやアリシアがミス・セントラル(国家機関で一番美しい女性コンテストで一位と二位をとったらしい)だとしても、あそこまで美しい人間なんてゲームでしか見たことない。」
今のセリフには気に食わない点があったが、アリシアは自我を抑えた。
「わかった。スパイを送ってみる。面倒だけどね。」
「タコ、面倒なのはこっちだ。あの女を調査するっつーのでまた滞在期間が延びる。電話でよぉ、アンジェリカがメチャクチャ怒ってやがった。『二度と日の光を見れると思うなよ。』だとよ。殺されるぞ、俺。」
「あらあら。」
「とにかく頼むぜアリシア。早いとこ仕事を終わらせちまおう。」
「オーケー!任せといて。」
二人の会話はレッキ一行には一切聞こえなかった。
―午前9時15分 広場―
「さて、暇ができまくりやがりましたね。」
レッキは凄く怒った顔をしていた。
「何だよその言い方。お前はボケの立場じゃあるまい、弟よ。」
一行は広場で今後の動向を話し合っていた。
「ワシはこの柱を詳しく調べたいのお。」
「ウン、じゃあ僕と目的は一緒だね。キミは有名な美術家、ムドィーナルド・ッドドッドドを知っているかい?」
「うむ、彼の『晴天の略歴0件』は素晴らしかった。」
サイモンとセンネンは理系のレッキには理解できない内容の話で盛り上がりながら歩いて行った。
「俺はまあ、適当に歩くかな。ギガメガオメガシャイニング暇だし。」
ロゼオはそう言うと空中に浮かんで飛んでいった。シャイニングてキミ。
「レッキ、わたし天の柱もっとよく見たいの!」
ミサは目を輝かせていた。レッキはうんざりとした顔をしてミサを見下ろした。
「じゃあサイモンさんと行けばよかったでしょうが。僕はトークスってヤツの言い方がむかついたからイライラしているんだ。」
フンッ!
ダメだ。完全に御機嫌斜めだ。
「びええ。」
わかってないなー。
バロンは目を細めた。
「いいじゃねえか、息抜きすれば全て忘れらぁ。」
「忘れませんよ。僕はA型なんです。」
3人はブツブツ言い合いながらサイモン達の後を追って行った。
後に残るはクリスとアリシアのみ。
―午前9時36分 広場―
「コンサート開園時間は午後3時♪」
アリシアさんは嬉しそうにチケットを見つめている。クリスはとても悲しい顔をしてそれを見ていた。
他の連中は各人エンジョイを楽しんでいるらしい。そういやアタシの仲間はどうしたのかしら。後ろを見るとロキはケータイ片手に必死にあやまっている。“しりにしかれている”とはよく言ったもんだ。マシュマはどうでもいい。
「そう言えば、レッキちゃんから聞いたけどさ。あのチェシャって男を追跡しろって言われたじゃない?なんでここにいるのよ?」
「逃げられましたよ。」
クリスは残念そうに顔を横に向けた。
「天の柱は水路が多いッス。だから、水にもぐれば逃走経路もたくさん確保できるし…恐らく野郎はソレを利用して逃走したのでしょう。自分が気付いた時にはもう消えてたッス。」
「そう…」
「チェシャなんてどーでもいいッス!それよかそのチケットをくださいよぉ!」
「あげなーい!てかチャシャはどーでもよくなーい。」
「ぎゃあぎゃあ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐクリスを見ながら、アリシアはひらめいた。
「ねえ…アンタちょっと頼まれてくれない?」
「…?」
クリスは不思議そうな顔を作った。
―午前9時45分 サイモンは…
「これが天の柱かー!」
サイモンは巨大な柱を見上げていた。
「素晴らしい装飾だ!おまけに下部分はレンガを積み上げた製造方法!なんて卓越した美術力だ!」
感動して震える丸頭を、人々は白い目で見つめていた。
「わびさびじゃのお。」
センネンはそんなサイモンの隣で微笑んでいた。そんな童顔爺さんを、人々は白い目で見つめていた。
同じ頃、レッキは…―
「レッキレッキ!」
ミサの声がする。
「どうした?ミサ。」
レッキとバロンは彼女の元に駆け寄った。
「見て見て!」
ミサの指差す方にはこりゃまた立派な屋台が並んでいた。
「おぉ~!面白いものが売っているなぁ。」
それらの看板には、達筆な英語で『お土産』と書かれていた。
「おどさんですの!」
「“おみやげ”と読むんですよ。」
「びええ。」
この子は本当に国立大学レベルの教育を受けていたのだろうか。
「カワイイアクセサリーですの!」
「そうですねー。どうでもいいけど。」
「ふふ…」
はしゃぐミサを冷静に観察するレッキ。
バロンは笑みを浮かべてその場を立ち去った。
「…ん?」
兄貴がいなくなったのに気付いたレッキ。慌てて辺りを見回すがどこぞにもいないのです。
『あ、あのバカ兄貴…。』
「んー?どうしたの?」
ミサは品物を見ながらそう聞いてきた。
「い、いや―」
「ねぇえ!これ買ってよぉ。」
ミサはレッキのコートの裾を引っ張った。
「…このバッジでいいんですか?」
歯車のようだけど。赤いリボンがくくりつけられている。
「これは何ですか?ミサ。」
「それは天の柱の噴水の仕組みに使われる歯車のレプリカをバッジにしたものでございますです。」
店主が代わりにこたえた。
「ヘェ、面白いな。買ってあげるよミサ。」
「わぁ~い♪」
「おじさん、コレ買いますよ。」
「ヘイ毎度!300万グランね!!」
300万グラン?…あぁ~、はいはい。
300万グランの札束を震えながら見つめる店主を無視して、
「はい。」
ミサの胸元にバッジをつけてあげたレッキ。
「ありがとぉ~♪」
ハグッ!ミサに抱きつかれる。
「…。」
まんざらイヤというわけではなさそうな顔をしたレッキは黙ったまま動かなかった。
―午前9時47分 路地裏―
「幸せそうだな…」
そんな二人を見ていたのは、どこへ行っていたのか、レイン・シュバルツである。
「…ボクが立ち入る隙間なさそうだ。」
レインは寂しそうな笑みを浮かべてその場から去った。
「リクヤー!罪人をほっぽってどこぞに行ったんだぁい!?…もぉ、マジでどこに行ったのかなぁ、アイツ。」
―午前9時49分 街中―
リクヤは街中を歩いていた。
「なあアンタ、この人見なかったか?」
リクヤはミソラの写真を人々に見せて歩く。
「さぁ…知らないなあ。」
「そんな子この辺にはいないねえ…」
「ていうか、こんなに大勢人がいるとこで人探しなんて大変だろぉ。」
人々は首を横に振るばかりだ。
「そうか…ありがとよ。」
リクヤは顔をうずめながらまだミソラを探す。
「リクヤじゃねえかぁ!」
「…ん!」
リクヤの目の前には、背丈が3メートルも越える筋骨隆々とした巨人がキャラメルをほおばっていた。
「だ、誰だ?」
「…ムハッ!俺だよ、俺だけに!!」
巨人は帽子を脱いだ。見覚えのある白い顔。
「まさか…マシュマさん…?」
「ムハハハ!」
ボゥイン!マシュマの肉体が元々のフカフカに戻ってしまった。
同時に着ている服が弾けとんだ。いつも通りのパンツ一枚になっている。それと同時に甘い匂いが広がり始めた。
「ぎゃ!マシュマロの化け物だ!」
人々は口々に叫ぶが、マシュマは気にも留めないのです。
「この格好も大変なんだ、ぜ!俺だけに!」
「そうすか…」
今のリクヤには非常にどうでもいい。
「どうしたんだよ、お前らしくない。」
「これがいつもの俺ですよ。」
ズシンズシン…マシュマが後を追う。それに合わせてタプタプと身体が揺れる。
「マシュマさん、一緒にいてくださいよ。そうしてくれりゃ目立つからミソラも見つかるかも。」
「ん?どうしたんだよ、話してみろよ、俺だけに。」
「あなただけじゃない。みんなにはもう話しましたよ。」
リクヤは事の次第を全てマシュマに説明した。
「だからみんなミソラを助けに天の柱に来たわけです…あ…いや、俺はどうでもいいんですがね?」
「あまいな。俺だけに。」
「…何が?」
「考え方だよ。何故相手は人質をとる?俺達国家機関に要求をすることか?違うな。トランプ戦団は蒼の騎士団と同じくらいの狂人共の集団だ。金銭が目的だとは考えない方がいい。」
珍しく真面目な推理をしている。
「じゃ、じゃあ奴等は何が目的なんですか?」
マシュマは白い歯をニッと見せると、
「“撒き餌”と言うヤツだな。俺達は敵の作戦に完全にかかっちまったわけだ。」
そう言った。
「奴等、俺達を実験動物として使いたいらしい。」
同じ頃 クリスは…
全速力で駆け抜けるクリス・タルビート。その傍らには、黒人の男性。
「クリス、もうじきヘリ乗り場や!急ぎ!」
意外な喋り方で彼は喋くる。
「わかってるッス!早くしないとえらいことに!!」
チュドーン!!
間抜けな音が響くと共に、ヘリのプロペラが飛んできた。
「うひゃあ!?」
頭を抱えるクリスの前に、その黒人が立った。
「軌道法則!!」
チュインッ!プロペラが妙な方向にありえない曲がり方で飛んで行った。
「あ、ありがとッス。」
「もおええ、それよりも、間に合わんかったな。」
黒人は険しい顔で前方を見つめていた。ヘリが全て破壊されている。それどころか、周囲一体のジェットボートが微塵に破壊されていた。火の粉がパラパラと舞い落ちてくる。
「…うひひ。」
その中央には汚らしいパンツを穿いた男がいた。
「なんやアイツ…。」
男は振り返り、黒人とクリスの存在を確認した。
「クリス…ロジャー…」
目が怪しく輝く。
「一人は後から来たようだが…我々の計画に付き合ってもらうぞ。」
「遠慮させてもらいますわ。」
ロジャーと呼ばれた黒人は両腕の小手をクロスさせて何かを唱える。
「雷帝・クロス!」
バッ!ロジャーの腕から十字架の雷撃が発射された。
「何っ!?」
男の右肩に雷撃は命中した。肩は砕け散り、トランプがパラパラと噴き出てきた。
「…!!」
不思議なことに、クリスはそれほど驚いていなかった。
「撃つだけ無駄やな…。」
ロジャーは目を細め、それを見つめる。トランプ人間は笑いながら喋りだした。
「やはりこの身体じゃダメか。だよな。丈夫な身体じゃないもんなー。」
ぐにゃっ?妙な音を立てて男は変化しだす。
数分前…
―午前9時37分―
「かわいらしいお嬢ちゃんやなあ。」
「自分は男ッス!」
「な、なんや?」
フリマさんみたいな喋り方?いや、ちょっと形が違う。大柄な黒人男性がクリスを見下ろしている。
「彼はロジャー。アタシの義理の弟よ。」
アリシアは笑顔で説明した。ロジャーはコンバットジャケットに迷彩のズボンを穿き、額に鉄製の金具を結びつけた服装だった。表情はムキムキなボディに関わらずひょうきんな顔つきであった。
「それで…自分に何をさせるつもりッスか?なんでここでアリシアさんの義弟さんが登場するスか?しかも黒人の。」
「まあまあ、話を聞いてよ。スパイよスパイ。」
アリシアの言葉にクリスは目を輝かせる。
「スパイ!0○7の?」
「そこに○を付けちゃダメよ。バレバレじゃない。」
彼女が言うには、この街の水路を隅々まで調査してもらいたいということだった。
「アンタさっき水路を利用して逃げられたって言ったでしょ?」
「なるへそ!素晴らしくデンジャラスかつ男らしい任務ッス!」
ロジャーはクリスのアシスタントだとか。本来はロジャーが潜入調査隊長だとは、自己主張の激しいクリスにはとても言えないアリシア姉やん。
「それじゃあお願いね。」
「うッス!」
クリスは敬礼をすると走り出した。
「ええんか?あの子を巻き込んで。」
ロジャーは義姉を見た。アリシアはそんな義弟を見て笑った。
「あの子は足手まといにはならないわ。きっとアンタの役に立つわよ。」
ロジャーと言う男は几帳面らしい。額の金具が少しずれていたのでキッチリ直した。
「男なら身だしなみが大切なんや、理解できとるかクリス?」
「お、男なら?!オォ――ッ!」
拍手喝采である。
「な、なんや、久々にワイの理想が理解できるヤツがいたなあ。」
現在二人は水路の入口を捜していた。
「天の柱の水路の入口はドラグーンウォールと呼ばれとる。それは天の柱の外側、10番外から15番外までにあるんやな。」
説明し忘れたが、天の柱の本当の名前はルシラ・ナ・トエリア。『世界最後の楽園』という意味らしい。
当初は一つの島に巨大な柱が立っていただけの島だったが、移民してきた人々がその島の上に新たな地盤を作り、二段式の島国となったのである。レッキやリクヤ達、そしてクリスとロジャーは今、この二段目の大地にいる。
「じゃあ、すぐに降りるッスよ。」
「別にええけど、堂々とは無理やな。基本的にはこの下の地域に行くには許可が必要なんや。」
「え?じゃあ、どうすりゃいいスか?」
ロジャーは指を振った。
「ドアホが。何でワイはスパイなんや?」
信じられなかった。ロジャーは近くにあったマンホールの蓋をこじ開けていた。
「こっから潜入するで。」
しかも人目につかない路地裏。なるほど、よく考えている。
「ほな行くで~」
―午前9時39分 下水道―
「クサッ!」
ここは本当にルシラ・ナ・トエリアか?どっから持って来たのか、粗大ゴミが散乱し、また、下水道独特の異臭が立ち込めている。
薄暗い通路に地上の光りが弱々しく注がれていた。
「当たり前や。ここは下水道やで。」
ロジャーはクナイを握りしめて歩き出した。
「身だしなみは大事じゃなかったんスか?」
「アホか。ワイはスパイをやってるんや、こんなんで取り乱すかいな。全ては静かさが肝心なん―」
グチャ。
「ふんぎゃ!ウン○踏んでもうたがな!阿ア―――ッ!ノイキのブーツが!!ぐぁぁ―!死ねェ!畜生ォ!!」
ロジャーは壁で靴の裏をこすり始めた。
「…。」
しかし鼻がおかしくなるほどのこの異臭。
「ウッ…。」
吐き気がする。彼女が思うに、国じゅうのゴミがここに集められているのであろう。国の美しさが保たれている理由も理解できる気がする。
「ん?」
ロジャーが何かを見つけたようだ。
「何スか?」
「扉や。」
ロジャーの目線の先には、複数の扉が取り付けられていた。鋼鉄製のぶ厚い扉。それがズラ―ッと並んでいるのです。
「これは何でしょうかね?」
クリスのキョトンとした声に、ロジャーは平静そうに顔を向ける。
「知らへん。天の柱の国構成はイマイチ理解できひんからな。」
適当に開けてやろう。そう考えたロジャー。
「身だしなみが大事やって言うとった人には見えへんがなッス。」
「やかましいわ。」
まずは一番手前の扉。
―バンッ!
さびの目立つ重そうな扉のわりに、案外軽かった。いとも簡単に開いてしまう。
扉の向こうは無機質な空間であった。無機質過ぎる。チリ一つ落ちてない。
「なんや…?」
ロジャーは目を細めた。中央に誰かいる。
黒いスカーフで目を隠した男だ。彼は口元だけに笑みを浮かばせて言った。
「どなたですか?」
「…。」
ロジャーは黙って拳銃を取り出す。それを背中に隠すと、笑顔を作った。
「“下水掃除のモン”や。まさかこんなところにお住みになられとる人がおるとは思わへんかったからなあ。勝手に開けてしもうて、わりいわりい。」
苦しい嘘だ。クリスは顔を伏せる。
「プロレベルの動きですね。嘘を言ってもムダですよ。あなたの背後の女の子にペイントしたからわかってるんです。あなた、国家機関の人ですね?」
完全に見透かされていた。ロジャーは笑顔を無表情に戻した。
「…だったらどうや?お前もお前で只者とちゃうやろ。知っとるで。トランプ人間。」
黒スカーフの男がピクリと動いた。
「トランプ人間?」
「クリス、お前は知らなかったろうが、トランプ戦団の取り巻きはほとんどがトランプ人間、ようは紙人間なんや。身体に傷がつくと血の代わりにトランプが噴き出る。紙だから身体も軽いし、それを利用する戦いもできるし、また、それが弱点になることもあるんや。」
ロジャーの言う事はSFじみている。だが、クリスにどことなく理解できていた。これまでの上を喫した経験が理解させたのだ。
「あなたは頭がいいようだね。だが、俺をトランプ人間だと思ったのは心外だな。俺は人間だよ。」
男はスカーフを取った。緑の目が怪しく輝いた。
「トランプ人間はみんな地上にいるよ。あなた達を逃がさないための計画を実行中♪」
「…計画やとぉ?」
緑の目の男は、二人の困惑した顔を見て楽しむ。
「ふふふ、まあ、どういう計画かは言えないけど。急いだ方がいいよ?取り返しのつかないことになる。それだけは言えるのさ。ふふふふ。」
ロジャーの腕が震え始めた。
「雷帝・ガット!」
―ズババッ!
網状の雷撃が緑眼の男を包み込んだ。
「ぐわあ!」
雷撃に拘束されたまま男は壁にめり込んでしまった。
「寝とれ。」
一言吐き捨て、そしてクリスに向き直ると、ロジャーはこう言った。
「地上へ行くぞクリス。コイツの言うたことはまんざら嘘でもなさそうや!」
彼はダッシュで走り出した。
「あっ!ま、待ってくださいロジャー!」
―午前9時45分 地上―
地上へ出た二人の目に飛び込んできたのは、はるか上空に浮かぶ球体だった。
紫色の機械じみた球体は、何か緑色のオーラのようなものを振り撒いていた。
「あれはバリアーや!アイツ等、ワイ達を閉じ込めるつもりやな!?」
ロジャーの顔には焦りが見えた。
「ヘリ置き場に行くで!ヘリに積まれた属性薬を使えばバリアーを中和できるかもしれん!」
ロジャーはまた走り出した。
そして今…
ぐにゃぐにゃ…蠢く男の周辺に、坊主頭の男が集まってきた。二人、四人、八人、十二人…?どんどん増えてきた。それも、全員同じ顔。
「…!!」
クリスは暗器を構えてソイツ等を睨んだ。
「…どうも不思議な国に化かされてるみたいやな。」
第61章へ続く