第61章:真っ黒
―3001年 4月7日 午前9時53分 天の柱―
「…ウン?」
サイモンの背後に何かがいる。
「誰だい?」
人間ではない。化け物の気配だ。
「国家機関のクソ犬め。今すぐ連行してやろう。うひょひょ!」
ブヨブヨした腕がサイモンの腕を握り締める。
「でやぁ!」
サイモンはその腕を掴み返し、
「ぐげえ!」
レンガ製の地面に叩きつけた。その、“丸い身体に奇妙な触手を頭に生やした生物”は、頭を思い切り地面に打ち付けた。
「…宇宙人?」
「たわけ、そんなわけあるか。」
センネンはその生き物に向かって鋭い爪を突きたてた。
「センネン!どうしたんだい!?」
生物の額からトランプが数枚こぼれ出た。
「早く逃げた方がいい。様子が変じゃ!」
センネンはそう叫んだ。
「変…って…何が?―」
センネンが答えるより早く、サイモンは異変に気付いた。人々の白い目が、どことなく死んだ目に変貌しているのである。
生気のないその眼孔は、思わずサイモンを震え上がらせた。
「な、なんだ…い?」
「こやつらは被害者じゃな。一人一人相手にしとる場合はないぞ!」
センネンに手を引かれ、サイモンは走り出した。
「うひょひょ…」
サイモンに投げ飛ばされた生き物は、
「うひょっ!何をしている!早く捕らえろ!」
死んだ人間達に命令した。
―午前9時55分―
全力で走りぬける中、サイモンは奇怪な光景を目にした。
「何だあれは!?」
坊主頭の男が団体で歩いてくる。しかも、みんな同じ顔。どうやら平和な日常の風景ではなさそうだ。
「ジョイジョイアイランドの一件を思い出すね。あの異常さ、狂気。はは、素晴らしいじゃないか。反吐が出るよ!!」
「冗談じゃろ!?ワシはもう巻き込まれるのはこりごりじゃぞ!」
ボッ!センネンの腕が炎に包まれる。
「獅子神王牙、十武燐!」
10個の斬撃は、目の前に現れる坊主頭を次々に切り裂いた。
切り裂かれた男達は、笑顔で地面に激突し、散らばった。みーんなトランプになってしまうからだ。
「にゃ!」
斬撃を逃れた坊主頭がセンネンに抱き付いた。
「う、うへへへへへへええええぇあああああ」
ガパァァァ…男の口が信じられない大きさまで開いた。
「し、しまっ―」
サイモンがガイアーを出す前に、何かが天から振り落とされた。
「死導流・ブッ殺斬撃!“暗×黒×喜劇”!!」
―ダダダダダダダダッ!
鋭く赤い鉱物のようなものは、坊主頭を軽く13人は押し潰してしまう。
ロゼオが空中で鎌を振り回していたのだ。いつのまにやら、あのゴムスーツから黒いジャンパーと鎖のついたズボンに着替えていた。首元にはチェーン型のネックレスがぶら下がっている。
「俺ってギガCOOLじゃね?」
ロゼオが楽しそうに二人に問い掛けた。
「COOLだね。ありがとう、助かったよ。」
「まさか御主に救われるとはな…」
二人が体勢を立て直した時、目の前から何かの気配を感じた。
「…?」
振り返ると、
「アイツも獲物かね?」
「そうらしいスよ…」
「なんだい。雑魚の寄せ集めじゃないか。私達をバカにしてるのでしょうかね?」
「バカにはしてないっしょ。アイツ等蒼の騎士団を倒したんですよ?」
「あんなの私達に比べれば大した実力もなかろう。ねえ、私はあの死神を取り押さえます。あなたは他の二人、どうにかしていいですよ。見せ場を作って差し上げます。感謝したまえ。」
「…。」
猫耳と食虫植物?なんだぁコイツ等!?
サイモンは愕然とした。奇妙なコスプレをするのは自分だけで充分なのですから。
彼等の目線の先に、緑色のハエトリグサみたいな頭をして、白衣をまとう男(?)と、猫耳頭の男が歩いてくるのだ。
「ここは新手のテーマパークかい?」
「オメガちげえだろ。俺様もさっき気付いたんだ。人間共の目付きがメガいきなり変わって襲ってきたんだ。…ったく冗談じゃねえぜ。コンサートどころじゃなくなっちまうんじゃねえか?」
二人が話し合う中、
「奴等が動いた。おぬしら、油断するでないぞ。」
センネンがそう言った。前方の奇妙な二人が左右に分かれて走り出したのだ。
「どう来るつもりだ!?」
「チッ!!」
サイモンは槍を、ロゼオは両腰のカギつき鎌を持った。
「獅子神咆こっ―」
センネンの首筋に猫耳の男の腕が巻きついた。ゴムみたいにビロビロに伸びきった腕は、男に引っ張られてギュウギュウに引き締まる。
「ぎゅあっ…くくっ…」
猫耳の男は笑みを浮かべた。
「よっしゃよっしゃ。知ってやる。知ってやるぞ。」
猫耳の男はものの数秒でセンネンを“落として”しまった。
「ウンン!気持ち悪いヤツだね!よくもセンネンを!」
サイモンが槍をぶん投げた。
―ザクッ!
「―げぁっ!!」
猫耳の胸に槍がぶっ刺さってしまった。噴き出るトランプ。
「どっかでギガ見た事あるかと思えば、テメェあん時の猫耳野郎か!」
“一発ぶん殴ってやる!!”
「ま、待てロゼオ!」
喧嘩っ早いロゼオには、上空の存在には気付きもしなかったのである。
『“クラック・ダンス”』
―タスッ!
「ギガ?」
ロゼオの左肩には、太いトゲが刺さっていた。見ると、さっきの食虫植物が空中で回転していた。
その手からは膨大な量のトゲが発射されていた。
タスッ!タスッ!タスッ!タスッ!タスッ!タスッ!タスッ!タスッ!タスッ!タスッタスッタスッ!タスタスタスタスタスタス…
一瞬にして、ロゼオはハリネズミのようになってしまった。
「…。」
身体中から血が噴き出る。驚愕の表情を浮かべたままロゼオは硬直した。
「ふははははぁ!」
食虫植物は笑い声を上げると更に両手を組んだ。
『数秒でフィニッシュ♪“ウォックアイズ”』
カッ!
スペードいわく、数秒でロゼオは敗北してしまった。
ロゼオは硬直していた。まるで時間が止まったように。
―バタ…。
そのまま倒れてしまう。
「はいおしまい。適当に縛っておきましょう。」
スペードは地上に静かに降り立った。
「待て!」
サイモンの声がすると同時にスペードとチェシャの身体に見えない糸が絡みついた。
「…おぉ!」
「ヒュウッ♪」
スペードとチェシャが声を上げる。
「動けば“死ぬ”よ。僕らの視界から消えろ!」
サイモンが毛細糸針を操っていた。
「…ホォ、大した度胸ですなぁ。トランプ戦団、4Thカルティメットリーダーであるこの私、スペード・ジャバーウォックと張り合うおつもりですかね?」
スペードは食虫植物の口を開けて、真っ黒な顔を見せた。不気味に笑っている。
「トランプ戦団…そうか、これで確定した。君達はここ、天の柱を占拠してるんだね?」
「ご明察。」
「何を目的としている?蒼の騎士団と同じ殺戮行…」
「そりゃまたご明察!ふははは、そうだ。私達は“人間の進化”というものに大きな興味を持っているのですよ。」
サイモンは引きつった。それを見たスペードは高笑いをして楽しそうにこう言った。
「ああ、理解しないで結構ですけどね。安心してください、私達は蒼の騎士団に比べればまともです。」
「プハッ!よく言いますねえ。へへへ…」
笑いながら背後のチェシャがそう言う。彼の足元にはグッタリしたセンネンがいた。
「…今更“よせ”って言ってもやめるつもりはないよね?」
「ない。私達は人生の敗者になどなりたくない。」
スペードは笑顔でそう言った。
「そうかい、なら、容赦なんて必要ないね。」
サイモンは、狂人二人の首筋にまで縛りついた毛細糸針を握りしめた。その時だった。
―ドゴッ!
いきなり衝撃が頭を伝わり、サイモンは気を失ってしまった。
「うひょひょ、お二人さん無事ですかい?」
ハンプティ・ダンプティだ。巨大な木槌を持って笑っていた。
「うひょ、コイツ等を拉致ればいいんすね?」
「そうですよ。御苦労様です、ハンプティ・ダンプティ。」
「うひょひょ!」
―午前9時59分 商店街―
レッキとミサは商店街を観光していた。
「キレイな街だね~♪」
「そうですね。」
「わぁ~!何だろあれぇ!」
「こ、こらこら!あまり離れるなよミサ。」
「はぁ~い!」
その後ろではレインがこっそり後をつける。ストーカー行為は懲役6ヶ月以下ですよ。
「くそ~!なんか悔しいぞ。幸せそうにしやがって。」
嫉妬深い貴族のお子様は目を吊り上げながらそうつぶやいた。
「コラ坊主。」
後ろから誰かが背中を突付く。
「ん?なんだい?」
振り向くと、そこには怒り顔のオッサンが立っていた。うわぁい、いかつい肉体が暑苦しいぜ。
「な、なんです?」
レインは弱冠引きつった顔で聞いた。レインにとって、筋肉マッチョはエイプルだけで充分なのです。
「俺はアリス様の警護役兼、お前の護送役の“オッサン・チャン”だ。」
そしてオッサンと名乗ったオッサンはレインの襟首を掴んだ。
「な、何をするんだい!?」
「アリス様の宮殿に運ぶ!離れていられては困るからな。」
オッサンと名乗ったオッサンはズルズルとレインを引っ張り出した。
「ぎゃぼぉ…や、やめてくれ!ボクは引っ張られるのが嫌いなんだぁ!」
―午前10時32分 巨大時計台―
「空気が美味いぜ。」
バロンは眩しそうに目を細めながらそう言った。
ルシナ・ラ・トエリアで有名なのは何も“天の柱”だけではない。この巨大な時計台も名所マップに登録されているのである。
数百メートルの高さを見上げるのは辛い。首に負担がかかるのだ。バロンはとにかく空が好きだっただから、休憩する場所にここを選んだわけだ。
文字盤のすぐ横の足場で鼻歌を歌っている。時折聞こえる鐘の音に少し驚かされるが、非常に心地いい場所らしい。
「おっしゃ!!…寝よ。」
何度か伸びをすると、バロンは横になった。
「ゼイ、ゼイ。いやねぇ、もう~!」
ム?なんだこの美声は。バロンは顔をあげた。
時計台の中に入る扉。そこからアリシアが息を切らしながら入って来るのである。
「見つけたわよバロン。」
「アリシア…さん、か?俺に何の用だよ。」
バロンは面倒くさそうに再び寝転がる。しかし、こんな美人が俺に何の用だ?そっと片目を開けていた。
「用もクソもありません!アンタの力、アタシ達の仕事の手助けになるのよ!」
なぬ!?バロンは飛び起きた。それでも座り込んだままアリシアを見上げた。
「この俺の力を必要としてやがりまくってやがりとおしてやがるんだな!?」
「何回やがるって言ってんのよ。アンタの“能力紋”はね、自由に形状を操作できるだけでなく動きを封じる能力でもあるわけでしょ?だからアタシとしばらく行動してほしいってわけ。」
「…なるほど。ふふふ、俺が目立つ時、降臨ってか?」
「…それにしても。」
アリシアはしゃがみこんでバロンの顔を見つめ出した。
「あん?」
俺の美形に惚れこんじまったか?そう思ったバロンは大馬鹿者である。
アリシアが好きなのは…
「シークとは比べ物にならないわね。それでもレッキちゃんみたいでカワイイわ。82点ね!」
ははは、82点!?
「さ、行きましょう♪」
馬鹿にされたもんだ。それともそのシークとかいう男がもっと色男だということか?
バロンは複雑な心境のままアリシア姉やんの後を追った。
「それよりさぁ、ロゼオ知らない?」
急にアリシアはそう聞いてきた。
「知らねえよ。俺達は今、自由行動中だ。」
「自由行動ねえ…今はそんな呑気なこと言ってる場合じゃないってのに。」
アリシアは呆れ顔で再び歩き出した。
「ロゼオの能力である“血属性魔法”は結構国家機関に役立つ能力なの。“血属性”ってのはね、相手が“人間”か“亜人種”なのかを見分けることができるし、その人の血液型までを見定められるの。」
「そいつぁ便利だな。」
「そ!…だからアイツにも協力してほしかったのよね。残念だわ。」
「適当に探せば見つかるだろ?アイツ、俺みたいに空が好きだから、その辺を飛んでんじゃねえのか?」
「あぁ!なるほどね!」
笑いながらアリシアは、
「ん!?」
前方の“ある存在”に気付いた。瞬時にアリシアはバロンの頭を掴んで地面に叩きつけた。
「ぎゃっ!な、何しやがる!」
何かが頭上をかすめていった。顔を上げると、アリシアは凄まじい程の殺気を放ち、前方を見つめていた。
見ると、背丈が数メートルはあるのではないかと疑う程の巨人の女性がいるではないか。その横にはシルクハットをかぶった老人。どちらも不気味な笑顔だ。
「な、なんだぁ?」
キョトンとするバロンをよそに、アリシアは拳銃を構えて、数発放った。
「わっ!?」
―ズバァン!
一発の銃弾が女性の首を吹っ飛ばした。改造された銃弾らしい。だが、それよりもバロンはアリシアの行動に驚かされた。
「ば、ばかやろう!何で目の前の人撃ってんだよ!?」
彼の言葉に、アリシアは冷めた目つきでバロンを見下ろしてこう返した。
「わかんないの?あいつ等人間じゃないのよ?」
「人間じゃない…?…!!」
バロンもようやく感づいたらしい。今回の敵は、人間じゃない。みんなほぼ不死身の、紙人間。
「おーほっほっほ!」
首なしの女性が笑い出した。周囲に散らばる肉片がトランプとなって彼女の首に集まっていく。
「獲物発見♪バロンとアリシアね?」
「そうですとも、えぇ~!そうですとも!」
シルクハットの老人は楽しそうにそう言った。彼の言葉が言い終わらない内に彼女の不気味な笑顔は修復されてしまう。
「気に食わないわね………そこの爺さん!シルクハットをかぶっていいのはシークだけよ!」
それは違う気がする。バロンはそう言おうとしたが、今はそんなこと言ってる場合じゃなさそうだ。
「おとなしくすれば痛い目には遭わなくってよ?」
女性はどこか古臭い口調である。その服装は赤にピンクに黄色に白に…と、派手なドレスを着こなしていた。
頭上に輝く王冠には自分の顔が彫刻されている、ダサい。横の男はそれに反して地味なスーツだった。
「もう一度言いますぞ、おとなしくすれば痛い目に遭わなくて済みますぞ、えぇ~!済みますとも!だから―」
―ザクッ!
男の額にクナイが刺さった。
「喋るな…パクリジジイ。」
アリシアは今まで聞いたこともない恐ろしい声色になっていた。パクリとはシークのシルクハットのことらしい。
「バロン、この二人はアタシに任せなさい。アンタは自分の仲間の無事を確認なさい!」
これは言う事聞いてった方がいい。バロンは静かに時計台から出て行った。
「愚かな…トランプ戦団相手に敵うとでも思ったのですかな?えぇ~!思ったのですかね?」
もう元通りの不気味な笑顔に変わった老人は、おもむろに腰から長いサーベルを抜き出した。
「ハートクイーン様、ここは私めにお任せあれ。えぇ~!お任せあれぇ!」
「…ハンッ!」
巨人の女性は不満そうな顔をして下がり始めた。アリシアは眉を吊り上げた。
「ナメられたもんね、アタシは“チームパンドラ”の隊員なんですけど。」
「知ってます♪えぇ~!知ってますとも!」
―午前10時35分 広場―
「ふぁ~…あ、欠伸すんの面倒くせえ…」
ロキはベンチに座り込んでタバコをふかしていた。
「アンジェリカの機嫌を損ねちまったからな…帰りたくない…。」
ふと前を見ると、リクヤとマシュマが何やら話し合いながら歩いてきた。
「アンタの言う事が合ってるならすぐにみんなを集めなければ!」
「そうだな。無線を持ってるか?」
「それはヘリの中に。ていうか武器一式全てヘリに積んでるんすよ。」
武器?無線?なんだか穏やかな内容じゃねえな。
ロキは腰を上げると面倒くさそうに頭をかいた。
「どうしたんだよ?昼間っから仏頂面しやがって。面倒くせえな。」
「おうロキやん、実はな…」
マシュマはかくかくしかじかと全て説明した。
「そうか…。」
ロキは深刻な表情を浮かべた。
「とにかくメンバーを全員確認する必要がある。分かれて行動するのは危険だ。お互いなるべく団体行動と行こうぜ。」
適確な指示だ。リクヤは今後のために参考にしておく。
「まずはアリシアだ。アイツ、クリスに潜入捜査を依頼した後どっかに行っちまったんだ。」
―同じ頃 時計台―
「…。」
アリシアは壁に背中を向けて座り込んでいた。
「ゲホッ…バカな…」
彼女の目の前には、奇妙な仮面を付けた男がいた。
「クレイジーじゃ話にならないようでしたので、私、“ネシ”が直接参りました。」
クレイジーというのはさっきのシルクハットのことらしい。彼はうやうやしいお辞儀を彼に向かってしていた。
「ご同行願います、アリシア・ゴットハンド。」
ネシも丁寧なお辞儀をして、アリシアをそっと抱きかかえた。その瞬間、
「でやぁぁ!」
アリシアはネシの首筋に回し蹴りを食らわした。
―ドゴッ!
当たった。かに見えた。なんとネシは、“人差し指”でソレを受け止めていた。
「…!!…そんな…」
「ふふ、おとなしくしていれば、早死にすることはありませんよ。ふふふ…」
ネシは青ざめたアリシアを優しく本部にまで運んで行った。
一方、クリスは…
目覚めると、そこは薄暗く、狭い空間だった。
「ここは…?」
臭い。
「うげぇ!」
生ゴミが顔にこびりついた。
「みぎゃああ!」
勢いよく立ち上がると、ゴミ箱からクリスの銀髪が現れた。
「ヒィィッ!ダニが!蝿がぁぁあぁ!!」
身体をかきむしりながら、クリスは周辺を確認した。ヘリ置き場の近くだった。
「ロジャーさんは…?」
どこにもいない。思い出せ自分。確か、あの男が変身した後、ロジャーさんが自分の首筋に手刀を…
「あぁ、ダメだ!思い出せない!!」
充分思い出せている。どうやらロジャーは“連中”に拉致されたらしい。
「…。」
クリスは半べそをかいた。まただ。自分の未熟さが原因でロジャーが捕まってしまった。
大変な目に遭ってしまった。蒼の騎士団の時もそうだった。自分が未熟だったからロゼオを巻き込んで…。
どうしよう。殺されたらどうしよう…父上…母上……ロゼオ。顔を真っ赤にさせて必死に泣くのを堪えるクリス。
その時、後ろから馴染みのある声がした。
「おう!クリス、無事か!?」
リクヤだ。その後ろからマシュマとロキが大慌てで走って来た。
「みなさん…」
「…あの黒い坊主はどうした!?」
ロキの問いに、クリスは堪えきれなくなったのか、大粒の涙をこぼし始めた。リクヤは目を丸くした。
「うぇえ!?ど、どうした!?」
「ご、ごめ、ごめんなさぁいぃ!!ロジャーさんは自分を助けるために捕まっちゃったッス!!」
クリスはヘナヘナと座り込んでしまう。
「ふえええええ…」
泣きじゃくるクリスを見て、マシュマとロキは黙ったまま顔を見合わせた。
「な、なんてこった。」
リクヤはとりあえずクリスを落ち着かせようと立ち上がらせた。
「とにかく一人でいるのは危険だ。俺達に付いて来い。いいな?」
クリスはおぼつかない呼吸をしながら頷いた。
同じ頃 レインは…
―アリスの宮殿―
神殿のすぐ横に、アリスの住まいはあった。南方支部のようなタマネギ頭の宮殿だ。
「ちょっとボクには合わない宮殿だね。」
レインは少し不満そうな顔をした。
「やかましい!」
オッサンと名乗るオッサンはレインをある部屋の中にぶち込んだ。
「みぎゃあ!」
「おとなしくしてろよ!」
オッサンはズカズカと歩いて行った。
「何だよ、偉そうに。」
フン!レインは眉間にシワを寄せて周囲の様子を観察した。
なるほど、ここはこの宮殿の書斎らしいな。普通は牢屋の中にぶち込まれるはずなのに。
多分だが、レッキかリクヤがここに入れるように頼んでくれたのだろう。レインは暇なので適当に近くの本を読む事にした。
ふと隣を見ると、もの凄くカワイイ女性が本を取ろうとしていた。しかしギリギリ届かない。
「うぅ~ん…やっぱり無理かな。」
「ボクが取ってあげるよ。」
レインはサッと本を取ってあげた。女性は嬉しそうに笑顔を作った。
「ありがとう。」
身長はレインより少し低い。顔も少し子供っぽさが残っている。
しかし、レインに負けない気高さを持っているようだ。
「キミ、名前はなんだい?」
レインは頬を赤らめてそう聞いた。
「私はアリス。“アリス・ルワンダァ・トエリア”です。」
『……アリス…?』
レインはここの歌姫のことを知らなかった。
「あなたは…?」
「あ…ボクは…レイン・シュバルツ…。」
レインは少し緊張した声でそう言った。
「レイン…シュバルツ?蒼の騎士団の?」
やっぱり知っている。レインは後ざすりをした。
「どうして離れようとするの?」
「ボクのことが怖いだろ?」
「いいえ、そんなことはないわ。あなたは今、私を助けてくれたでしょ?全然、悪い人には見えないわ。」
とびきりの笑顔だ。アリスはレインの目と鼻の先にまで近づいた。
「お話しましょ?イナバ以外の人とはあまり話したことないの。」
レインは顔を真っ赤にさせて彼女に言われるがままとなった。
「レイン発見~♪」
宮殿の外、屋根の上からハートが楽しそうにそう言った。
第62章へ続く