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第62章:クレイジィ

―3001年 4月7日 午前10時40分 アリスの宮殿 書斎―

アリスは驚いた。レインという青年はとてつもない力を秘めている。そう見えたからだ。
彼は彼女の隣で本を読んでいる。

「あの…」

レインが顔を向けた。生意気に凛々しい顔を作っている。

「何です?」
「あまり身構えないでくださいね。私は歌姫だからみんなにちやほやされているかもしれないけど。…もっと普通に会話がしたいんです。…タメ口でいいですよ♪」

おちゃめな笑顔が愛くるしい。レインは失神しそうだった。
レッキと同レベルの鈍感レインにも気付いた。これが“恋”か!!

「じゃ…じゃあ…アリスちゃんと呼んでいいかい?」

顔が鮮血のように赤く染まるレイン・シュバルツ。染まりすぎです。

「はい!」

アリスは内心寂しかったのだ。レインのような話し相手が欲しかったに違いない。


同じ頃 レッキは…


―午前10時41分 神殿前―

「やれやれ…」

レッキはとんでもない量の荷物をミサに買わされていた。甘やかすのもいけないという教訓である。

「レッキ、楽しかったね。」
「そうだね…」

楽しくないよ。まったくいやになるな。
国家機関の預金の3割も使ってしまったじゃないか。
レッキは肩を落とした。

「えへへー♪」

ミサはさっきレッキが買ってあげたバッジを触っていた。

「…まぁいいか。」

レッキは笑みを浮かべながら、ふと近くの時計台を見た。

「10時41分…中途半端な時間だな。」

集合時間は12時。まぁだまだ自由時間は続く。

「来るのに早すぎちゃったな。ミサ、もうちょっと周ろうか。」
「そうだね。」

軽く伸びをするミサ。

「ここは本当に空気がおいしいなぁ。さすがは“最後の楽園”だ。」

レッキにとって、この国はまるで天国だ。日々命がけの仕事をしていたからだろうか。与えられた休息を有意義に過ごしている。

「うぅぅぅぅぉぉぉおぉ、ミスターレッキ!お待ちしておりましたぞ!!」

小柄な男性が笑顔で近づいて来た。赤い蝶ネクタイに赤いスーツ。まさに派手を絵に描いたような生命体だ。
僕にはコイツを待たせた覚えはない。

「誰ですかあなたは。」
「うぅぅぅぅぉおぉっと!申し訳ない。」

小柄の男はかしこまったお辞儀を見せた。
僕にはコイツにかしこまれる覚えはない。

「うぅぅぅぁぁたくしは国家機関・潜入調査官であります、“ドォドォ・カスコー”といいます!ムゥゥゥゥゥゥッッッッシュ、ドォドォとお呼びください!!」

国家機関・潜入調査官か。…多分、アリシアさんが呼んだスパイなんだな。やけに騒がしい男だが。レッキはそう思った。

「そうですか、よろしく、ムッシュ・ドォドォ。」
「よろしく!」

握手を交わすと、一瞬の間。レッキとミサは不思議そうな顔を作った。

「…ムッシュ・ドォドォ、僕達に何の用ですか?」
「うぅぅぅぅぁぁぁあーりません!!うん、ありませんとも!」

な、なぬ!?

「くぉぉぉぉぉぉっっっ家機関たるもの、いつ何時でも仕事、すなわち顔合わせを必要だとしております、ので!!まあまあ、中で書類でも見ていただきたい!」

用がないのにわざわざやってきて何を抜かしているんだコイツは。
レッキは我慢の限界に達したらしい。

「用もなしに来ないでくれないか?僕達は今、休息を楽しんでいるんだ。」

少々声を張り上げて食って掛かった。

「お、落ち着いてくださいレッキ!」
「これが落ち着いてられるか。ミサは黙ってなさい。」
「びええ。」

心を開けるようになった一方、気が短くなってしまったレッキ。
眉間にシワを寄せてムッシュ・ドォドォに歩み寄る。

「よぉ、愛する弟よ元気か!?」

この声は、バロン兄さんが弟の元へ走って来た。

「バロンさん、レッキが怒ってますの。」
「そんなことぁどうでもいいんだよ。レッキ!ここは危険だ!トランプの連中が襲ってきた!早く仲間を集めなきゃならねえ!」

兄の言葉にレッキの顔色が変わった。

「トランプ戦団が動き出したのですか?」
「そうだ、ことは一刻を争うぞ。とりあえずお前らはアリス様の宮殿の中に非難しやがれ!」

バロンはレッキとミサに身振り手振りで説明した。

「俺はヘリを見てくる。ヘリの中に無線や武器が積まれてたからな…。」

それだけ言うと、バロンは全力で走り出した。

「あぁっ!ちょっと兄さ―」

レッキは兄をひきとめようとしたが、

「うぉぉぉぉぉっっと!大変なことになりましたねぇ!すぐに宮殿に非難を!あい、非難を!」

ムッシュ・ドォドォに腕をつかまれた。小柄のくせに馬鹿力だ!!

「は、離してくれ!」
「レッキ、とりあえず中に入りますの!!」

3人は宮殿の中に入って行った。


一方、リクヤ達は…


―午前10時47分 時計台前―

「…。」

ロキは足元に落ちていた布切れを拾う。

「わずかだがインクの臭いがする。トランプのインクの臭いだ。」

ここにトランプ人間がいた証拠になる。

「マシュマ、リクヤとクリスを連れて宮殿に戻れ、宮殿が心配になってきた。」
「おう、お前も気を付けろよ。俺だけに。」

マシュマとロキは、お互いのこぶしをぶつけ合った。

「さぁ!ガキんちょ共、俺だけに付いて来い!」

マシュマは甘い匂いを充満させた身体を震わせ、走り出した。

「これじゃあ逆に目立つんじゃ…」
「やめとけ、言うだけムダだ。」

青ざめたクリスの言葉をリクヤが遮る。


走って行った3人を確認し、ロキは前方の存在に目を向けた。

「ロキ、無事の様ね…」

埃っぽい暗がりから、アリシアが安堵の笑みを浮かべながら歩いてきた。

「…アリシアか。お前こそ無事のようだな。」
「まあね、アタシの電撃でぶっ倒してやったわ!」

元気そうな笑顔でアリシアは自分の腕を叩いた。

「ふふ、そうか…」

ロキは薄い笑みを浮かべてアリシアを見つめた。

「ところでよぉ…アリシア…」
「何?」


シュバッ!

アリシアの眉間にロキの指先が向かれた。指先からは小さな炎が噴き出ている。
ここから炎が噴き出る、それは向こうにも読み取れたらしい。

「…ど…」

アリシアは引きつりながら笑顔を浮かべた。

「どうしたのよぉロキ。いきなり…アタシを殺す気?冗談は勘弁してよぉ、もぉ~!」
「…いや、悪かったな。」

ロキは何気無い顔を浮かべていた。

「ただ…」
「…ただ?」


「お前、化粧してるんだな。“スチル”がいる時しか化粧してなかったのに。」


唇に塗られた口紅を見ながらロキはそう言った。アリシアは一瞬固まったが、こう言い出した。

「あ…そう言えばそうだったわね、アタシ、スチルの前で化粧してから落とすの忘れてたみたい~♪」

ロキは笑みを浮かべた。だが、指は降ろさない。

「…そうか。」
「アタシってドジねぇ♪…さ、その指降ろしなさ―」



ボォォッ!!


指先から膨大な量の炎が発射された。

「うぅぎゃああああああぁ!!」

アリシアの顔が瞬時に炎に包まれ、向かい側の壁を粉砕しながら吹っ飛んでいった。
同時に上げた叫び声は中年の親父の声だった。

「まんまとひっかかってんじゃねえよ“チリ紙野郎”」

冷めた目付きで、ロキは叫び狂う“アリシア”を見下ろす。

「アリシアはいつでも化粧をしてるし、スチルじゃなくてシークが好きな女だ。……お前、アリシアに何をした?…俺の大切な仲間に何をした!」

ロキは静かにアリシアの首を掴み、自分の顔まで持ち上げる。人間の焼ける嫌な臭いが立ち込める。

「…ううぅぅひぃぃぃひひひひぃ…」

叫び声は、笑い声になる。

「オネ様の術を見抜くとは、流石とも言うべきだらぁ…ロキ・フレイマァ」

陰気な中年声は、嫌な声色でそう言った。

「当たり前だ、長年連れ添った仲間だぞ。」

ロキの冷めた目付きは、殺意のこもった恐ろしい目になる。

「うひぃ、うひひひひぃぃぃぃ…」

焦げた皮膚が剥がれ落ちる。脂肪が飛散する。火の粉が巻き上がる。狂気が広がる。

「オネは…いや……俺は“クラブ・ミュータント”トランプ戦団・4Thカルティメットの一人なんだと、人は言う。」

そうかよ。ロキはグチャグチャになったアリシアの顔に、もう一発炎を放った。今度は全身が炎に包まれる。

「いい加減に本性現せ!俺は俺の仲間燃やしてんだ。嫌な気分にさせやがって!」

ロキの怒声に、クラブは笑いながら応じる。身体がグニャグニャと変形し、男の身体に変わってしまう。
無精ひげを生やし、チェシャやエースのような死んだ目付き。そして、赤と黒と白の混ざった模様のコートを羽織っている。これがクラブの真の姿らしい。

「悪いけどな、貴様に喋ることはもう無いぞ。オネはこの姿になると…終始がつかなくなるのだ…」

クラブの言う通り、狂気の波長が渦巻き始めた。

「…コ、コイツ…!?」
「うひひひひひひひひひ…始めるぞ、戦いを始めるぞ、民衆を巻き込むぞ、惨劇起こすぞ、狂気爆発だぞ、オ、オ、…オネ様ァ・クレェェイィジィィィ!!」

クラブの身体から白い光線が複数発射された。

「うわっ!!」

ロキはクラブを離すと、身体を後方にそらせて光線を回避した。続いて襲ってくる光線は身体を曲げてかわせるとかそういうレベルではなかった。複雑に絡み合った光線は確実にロキを狙っている。

「畜生!」

ロキは右側の壁を登って、宙返りをして光線を回避する。

「おぉ!クレイジィだな、ロキ!」

クラブは楽しそうな顔をすると突進してきた。

「死ねぇ!!」

左斜め下からの手刀!

「フレイマ=ジック、“バースト”」ロキは着地間際に口から炎を吐いて身体を浮かせた。そのまま天井に張り付く。手刀は当然空振りだ。

「おぉぉぉっ!スゲェ!!」

クラブは笑顔で天井を見上げた。



「フレイマ=ジック、“フォーリン・メテオ”!」


ずがががががががががががががが


全身に炎をまとい、ロキはクラブの脳天めがけて突っ込んで行った。

「く・た・ば・れ!」

ロキの脳内に浮かぶ言葉はこの4文字のみ。他のことなんざ考えるのも面倒だからだ。
だが、ロキの予想に反し、クラブは笑みを浮かべた。

『ミュータント』

グジュッ!変貌した姿は、



ドン・アンジェリカ。




「なあっ!?」



ロキは咄嗟にブレーキをかけた。

「あら、仲間は平気で燃やせるのに、わたしは燃やせないのね。そんなに好きなの?わたしのこと。」

アンジェリカは笑顔を浮かべ、ロキに抱き付いた。

「トランプ法術・“七札並列”」

油断したロキに、クラブの攻撃を回避する余裕はなかった。壁に勢いよく叩きつけられた。

「うひひひ…人間って本当に扱いやすいぜ。」

変身を解いたクラブは、呻き声をあげるロキの首を掴んだ。

「形勢逆転だな。もっとも、俺は劣勢の立場に立った覚えはないがな。」

辛そうに顔をしかめるロキを見て、いい気になったのかクラブはこんなことを言い出した。

「非常に、人間の感情というものは面白い。さっきな、黒人の忍者を捕まえたんだ。アイツ、さっきのアリシアとかいう女に変身したら攻撃が弱くなっちまってよぉ…うひひ!」

―ドゴッ!

ロキがクラブに頭突きした。クラブは笑顔のまま頭突きし返す。

「ぐぎゃっ!」
「言い忘れたが…トランプ人間は全身が紙製だから打撃は一切効かない。もっとも火にはかなり弱いけどな。俺は能力紋・“ミュータント”のおかげで火を一時防ぐことができるから、ほぼ弱点は…なぁい!お前は黙って拉致られるだけぇ…」

クラブはそう言うと、ロキの首を掴んだまま歩き出した。ロキに目もくれず前を向いて。

「人間って簡単だなぁ。大切な人間を見せるだけで戦えなくなる。単純なんだよなあ。」

何度もつぶやいている。

「悔しいだろぉ。ロキ・フレイマ。貴様は何をすることもできなく我々の実験台となるのだ!」

クラブは再びロキの顔を睨んだ。なんとロキは笑っていた。

「…あ?」
「目を離したのが運のツキだったな。」

ロキの両手には、炎が集中されていた。

「クッ…『ミュータント』!!」

すぐにアンジェリカの姿に変身した。しかし、その場にロキはいなくなっていた。

「な、な、どこだアイツ!」

辺りを見回すと、時計台の外、はるか上空にロキはいた。
炎の翼を羽ばたかせている。

「アイツ…!!」

外に飛び出すと、クラブは中に浮いた。

「獲物のくせに逃げるなぁあああああ!!」

クラブはロキに向かって光線を発射した。

―ブワァ!

ロキは光線に打ち抜かれ、腹に大穴を開ける。

「ブゥアカめ!俺に反抗するからだ!!」

しかし様子がおかしい。空中のロキは、炎となって消え去った。

「あ…?」

クラブは咄嗟に時計台を睨む。入口付近でロキが目を細めて笑っていた。

「アイツ…分身を作りやがったのか!!」

クラブはスピードを上げてロキに突進した。

「こんの野ろ―」

―ブワァッ!

またもやロキは分身だった。

「ぐぇ!ち、ちくしょっ…どこにいやがる!つーかいつのまに分身に切り替わりやがった!?」
「天井に張り付いた時からだよ。」

上から声。見るとロキが時計台の窓にへばりついていた。

「ロ、ロキィィィ…!!」

クラブは驚愕の表情を浮かべた。

「覚悟しやがれ。テメェは人間を愚弄しすぎた。」

ロキは宙返りをすると、一瞬で巨大な火の玉を作った。

「う、うわあ!!」

クラブは慌てて光線を発射する。

「ムダだ…」

ロキはなんとその火の玉を飲み込んだ。見る見る内に腹が赤く染まりだした。

「フレイマ=ジックとは一味違うぜ。」

ロキはその体型のまま回転しだす。ものすごい熱を帯びた球体は、クラブを押し潰した。



「業火操術・熱万力」


「ぐぎぇええええええええぇぇっ!!」

クラブは地面にめり込んでしまった。

「あ、ドジ踏んだぜ。炎じゃなくて熱だから殺せねえや。」

ピクピクと震えるクラブをロキは冷めた目付きで睨みつけていた。

―プルルルルル…

ロキのケータイが鳴り響く。

『ロキさん、僕です。』

レッキだ。アリシアのバカが電話番号を教えたらしい。

「おうどうした?」

『兄さ…バロンを見かけませんでしたか?トランプ戦団が国家機関を襲ってきたと聞いていて…』

「知ってるぜ。俺もたった今襲撃受けた。ぶっ飛ばしてやったけどな。」

『そうですか…バロンはヘリ置き場に向かいました。もし近くを通るなら、無事を確認してもらいたいんです。え…と…ミサに引き止められて出られないんですよ。宮殿から…』

「いい彼女を持ってるじゃねえか。わかったよ、今から見に行ってみる。」

通話を終えると、ロキは我が目を疑った。



クラブが消え去っていたのだ。



死んで灰になっちまったとか…いや、それはありえない。アイツは燃えてなかった。


―午前10時58分 ヘリ置き場―

バロンは燃えカスが散らばるヘリ置き場でタバコを吸っていた。

「チッ…冗談じゃねえぞ。」

辺りを見回すと、奇妙なものを見つけた。

「何だこれは。」

トランプのカードだ。描かれたジョーカーは大きな鎌を罪人の首筋に押し当てていた。

「不気味なカードだな…鎌…死神、ロゼオ…」

連想をしている中、また別のカードも見つける。そのカードには、不気味に曲がった首のジョーカーが描かれている。

「これは…俺の能力紋で曲げたのと似てるな。」

普通トランプのセットには、ジョーカーは二枚付いてくる。一枚は死神、もう一枚は俺。これはどういう意味だ?

「それは我々が危険視している人間だよ。」

突然声がした。後ろを見ると、自分の弟と年齢が同じくらいの青年と、金髪で黒いドレスを着た少女がいた。
どちらも死んだ目付き。間違い無い、トランプ人間だ。

「クッ!」

バロンは腰のサーベルを引き抜いた。

「フン…身構えても無駄だ。貴様は5秒後に俺に敗北する。……ハート、時間を測れ。」
「あいさー、ジャック♪」

ハートと呼ばれた少女はストップウォッチのスイッチを入れた。

「ナメるなよ…オーラ・ルベント…“ヘカトンケイル”!!」

バロンの両腕から波動が発射される。
ジャックと呼ばれた青年とハートのいた場所に波動は当たった。連中が消え去った。

「なっ!?」

バロンが声を上げると同時に、背後からジャックの声がした。


「チェックメイト」





ドゴ




…5秒ジャスト


第63章へ続く

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