第75章:炎と狼
―3001年 4月8日 午後12時32分 警備室―
「世界を消滅!?」
やれやれ、またもや世界征服かい。十二凶ってのは頭が本当におかしいらしい。
「ざけやがって…!!」
ロゼオはアメをかみ砕いた。
「とにかく、待ってなさいアリス様!」
アリシアが両腕を交差させて壁の前に立った。
「アリス様はここからなるべく離れて!!雷帝・キューブ!!」
―ヴァンッ!
四角形の雷撃が壁を撃ち砕いた。
「うひょー!」
パラパラとほこりが落ちるのを、クリスは感心しながら見つめていた。
「アリス様!?」
すぐに穴から中に入り込んだ僕は、天井にておかしな人間を確認した。
白い、とにかく白い男だ。貴族のような白いマント。重そうな王冠、白い髭に白い髪。全身真白だ。なんだコイツ!?
「ふぁは、アリス様を簡単に渡すわけにはいかないのだ。悪く思うななのだ」
「なっ…アリス様をどうしたんだ!?貴様!」
僕が叫んだら、ロゼオとセンネンも飛び出してきた。
「何だ…あやつは…」
「ギガ、手ごたえのありそうなやろうだな…」
僕は二人に注意してと指示を出し、天井のアイツを睨んだ。
「私の名は“キング・ワイト”…キング・レッドの兄貴分というヤツなのだ…無論、パンドラとも同等にやりあえる実力を持っているのだ」
アリシアの目の色が変わった。
「言ってくれるわね、アンタみたいな雑魚村雑魚助なんざ、2秒で倒せるのよ?」
アリシアが僕を押しのけ、先頭に立った。
「雑魚村雑魚助じゃないのだ…キング・ワイトなのだ。ジャパニーズニンジャ!ふぁはは!」
キング・ワイトは白い身体を奇妙に変形させて上に登って行った。
「アイツ…」
気がふれたアリシア姉やんは自分の着てた服を脱ぎ捨てた。
中身は黒い装束だ。グランマウンテンで見たあの戦闘服である…。
「あんた達はついて来るんじゃないよ、邪魔だから」
「じゃっ!?お、おい!」
ロゼオの言葉をまともに聞かず、アリシアは垂直に飛んで行ってしまった。なんという跳躍力。化け物である。
「おうおう…」
ロゼオが口を開いた。
「…何です…か?」
「何ですかじゃメガねえよ!俺様は今ギガ非常にムカついている!!」
センネンは冷めきった表情でため息をついた。
「…具体的に、何にムカついてるんですか?ロゼオ」
「おう聞いてくれよレッキ!あの女野郎、俺のことを雑魚呼ばわりしやがった!!」
…。
「どーせそんなとこだとは思ってたわい」
「右に同じです」
「雑魚とは確かに言ってくれるッスね、アリシアさんよぉ」
クリスも不敵な笑みを浮かべて歩いてきた。
「ちょ、お二人さん?」
「行くぞ、銀球ヘッド」
「おうよアメ白髪」
―シュババ!
二人は猛スピードでアリシア姉やんの後を追って行った。
「あの馬鹿共だけは、まったく…」
センネンは呆れたように頭を押さえた。
「仕方ないですよ…僕達は僕達であがきましょう、連中の暴挙を止めるのです」
「うむ」
僕とセンネンが向き直ると、ミソラとミサが何かしていた。
「今度はなんですか?」
「ミソラさん爆弾作ってますの」
「あぁそう、え?」
「んまあ、私は奴等から逃げてたわ…でも、あなた達は違う。辛いことがあってもそれを撃ち砕こうと前に進む。最高な国家戦士じゃないの。だから、私は後押しをしてあげるつもり…」
ミソラは巨大な箱を差し出した。
「それが…爆弾?」
「そう、簡単な壁なら破壊できるわ」
じゃあ…ありがたく使わせてもらおう…。
―午後12時39分 ネシの台座―
「ネシ様…国家機関の犬共が中で暴れております…もしかしたら難攻不落なフリーセルが撃ち落とされるかもしれませんぞ!」
クレイ爺が慌てふためきながら駆け寄ってきた。ネシは笑顔で答えた。
「杞憂ですよクレイ。今すぐトランプ戦団幹部のみなさんを集めてください。」
「もう集まってますよ」
クレイ爺の背後で、幹部達が集まっていた。
幹部連
ネシの両腕
キング・ワイト
キング・レッド
4Thカルティメット
スペード
ダイア
クラブ
ハートクイーン
ジャック
チェシャ
ハンプティ・ダンプティ
ハート
クレイ爺
エース
「申し訳ありません、リクヤを取り逃がしました。」
スペードとクラブが余裕綽々といった表情でそう報告した。
「ネシ様、国家の連中は我々の計画に邪魔です。すぐに皆殺しにしましょう」
ジャックは両腕を組みながらそう叫んだ。
「まあ落ち着きなさい。こっちにはアリスとミソラがいる…。連中もむやみに手を出さないでしょう…」
そう言ったのはキング・ワイトだった。
「連中は我々がアリスを殺さないと、わかってるかもしれませんよ?」
そう言ったのは
「ならばドアノヴを見せつけるのです。我々の方が一枚も二枚も上手なんですよ?心配なさらないでくださいよ…」
ボォォォォッ!!
ものすごい爆音である。
「!?」
一同は背後を振り返った。背後にある、大きな扉から煙が出ていた。
―パチパチ…
火の粉もちらついている。
「な、なんだ?」
チェシャが声を上げる。
「火、火だぁ!うひょおおお!!」
ハンプティ・ダンプティは慌てて走り出した。
「いきなりとんでもない化け物が出てきたな…」
クラブは舌打ちをしながら扉へ向かって歩き出した。
「知ってるんですか?クラブ…」
「知ってますともネシ様、しばらく離れといてください…テメェ等も近づくんじゃねえぞ、アイツの相手は俺が―」
「めんどくせえなぁ!」
ドゥオゴォォォォォオォォン…
「ぶぎゅええええええええ!!!」
クラブが扉ごと吹っ飛ばされた音である。扉はネシの座る椅子に向かって飛んできた。
「ふふふ…実に興味深い…コンバット=ギロチン」
―スパッ!
扉は真っ二つになりネシの背後の柱を派手にブッ壊してしまった。
「…何てメチャクチャな力だ…前に戦った時とは全く違うぞ…」
エースは青ざめながらそうつぶやいた。
「ロキ・フレイマ…私に用があるんですね?」
「おうよネシ、俺はドン・グランパの名義でここに来た。面倒だけどな」
ひん曲がった背筋。右側だけそりたったオオカミの耳のような髪。不精髭に意味もなくくわえられた葉っぱ。そして、死んだ魚のような濁った眼つき。
ロキ・フレイマは、全盛期の頃のような殺気を放っていた。
「はぁー…めんどくせえ…」
―ポキッ!コキッ!
首の骨を鳴らす。両手はポケットに入ったまま…。服装も青いゴムスーツに黒いズボンに着替えてあった。ロキの戦闘服だ。
「つーかよ…何だ?この蝿共は…へっ…どうやら最強の空賊の頭は、蝿の採集でも始めたらしいなァ」
ロキは両脇にいるネシの部下にそう言った。
「何だと…!?」
ジャックがロキに掴みかかろうとした。
「よしなさい」
ネシの一声でジャックはすぐに元に戻った。
「ネシ…悪いことは言わねえ…今すぐ降伏しろ。このままじゃ、俺はお前らを抹殺しなけりゃならなくなる。大量殺人未遂の罪でな…同じ人間としてのよしみだよ」
ロキの言葉を、ワインを飲みながらネシは聞いていた。
実に興味深い…そう言ったあと、ネシはこう言いだした。
「未遂、ですか…残念ですが、大量殺人の罪に置き換えていただきたい。既に地上の国民を100人以上は殺してしまいました」
ネシの言葉にロキは一瞬身体を震わせた。
「…そうか…今ならデルタプリズンで狂気の浄化をして禁固だけで済むかもしれないぞ…降伏しろっつんてんだ」
「…断ります。私はね、国家機関を潰してやりたいんですよ…今の世界の平和は国家機関のおかげで成り立っていますからねえ…世界平和の象徴であるこの天の柱と…アリス様の歌声で、ギリギリまで苦しめて、潰してやりたいんですよ…歌姫も含めた正義と名乗る馬鹿な血族共をね…」
ネシはさわやかな笑顔でそう言った。
「…最後に…“同じ人間としてのよしみ”というのは撤回していただきたい、私とあなたがた人間を同じにするなど…失礼に値しますよ。ロキ・フレイマさん」
ロキ自身、そのあまりものさわやかさに面倒くささがピークに達していた。
「じゃあ…交渉決裂だな…残念だよ…話のわかるヤツだと思ってたのによ…」
「私もです、ロキ・フレイマ―」
ネシがそう言った瞬間…
ボッ!
ロキが燃え上がった。
「ひゃ、ひゃはははは!どうだぁ!パンドラの一角を討ちとったぞ!!」
エースがファイアエースとなってロキに炎を浴びせたのだ。
「愚か者め…下がっていろ!」
スペードの一喝にエースは驚いた。
「ヤツは炎属性の能力者だぞ!」
「もう遅い」
ロキは燃えながらそう言った。
「ネシ、俺とサシで勝負しようや。俺が勝ったら計画はあきらめろ」
「…ほほぉ…実に面白い、興味深い意見だ…」
ネシは楽しそうに重い腰を上げた。
「諸君、一切手を出さないでくださいね…みなさんでは、相手になりませんよ」
ネシの命令に部下達は一瞬で飛びのいた。
「…」
―ボォォォォォォ…
ロキの目付きがガラリと変わり、鋭くなった。そして両手をポケットから出し、右ひじを左手で掴むような体勢となる。
「…ふふふ…実に興味深い…では…始めましょうか…」
「おう…」
「チームパンドラ副将格…ロキ・フレイマ…参る」
ロキVSネシ
『コメット・ジョーカー』
ネシが両腕を広げた。
『フルハウス』
ネシの腕からトランプが飛び出してきた。
「炎礼・火光!」
ロキは右腕から炎の筋を発射した。炎はトランプを焼き切った。
「くだらん、ただの紙だ!」
「カードと紙を一緒にしないでいただきたい」
ネシが一瞬で背後に回り込んでいた。
「クッ!」
『コメット・ジョーカー…フォー・オブ・ア・カインド』
ネシの左腕が白と黒に染まった。
「早速くたばりなさい!」
「炎礼・飛焼!!」
「!!」
ネシはバック転をした。その瞬間、ロキの背中から火柱が上がった。
「ははは、危ない危ない」
「フレイマ・ジックの応用が、“火の神の力を借りる力・炎礼”だ…今の俺に、死角はない」
「なるほどぉ…素晴らしい、チームパンドラ!!」
ネシは笑いだした。
『コメット・ジョーカー…ストレート』
ネシの指から光線が発射された。
「炎礼・メテオ!!」
ロキの身体が球状となり、ネシの光線を消し去ってしまった。
そのまま球体はネシに向かってカッ飛んだ。
「…」
ネシは目を細めた。
「仕方ありませんな…『ポーカーフェイス』!!」
!?
ロキは串刺しにされていた。
「フルニイドル・ヤマアラシ…だそうですね…」
ネシは笑顔を浮かべた。
「てっ…てめ…ゴフッ…」
「油断してましたね?まさか私がこの能力を使えるとは夢にも思わなかったのでしょう?」
ネシはメガネを整えた。血反吐を吐きながらもロキはそんなネシの針の腕を握りしめた。
「さあ、形勢逆転ですよ…降伏なさい、国家戦士…」
「炎礼・業火燥術・熱万力!!」
―ボンッ!
「…え?」
ロキの身体が風船のように膨れ上がった。
「死ぬのもめんどくせえ!!」
「!!…しまっ―」
ネシは熱風船状態のロキに、
ズドォォォォォン!!
勢いよく押しつぶされた。
―午後12時48分―
「ぜはあ…ぜはあ…」
ロキは腹に開いた穴を押さえながらうずくまっていた。
「ネ…ネシ…様…」
スペードはその黒い顔に負けないほどの青い顔をしていた。他の部下達も同じである。ただ、ジャックを除いては…彼だけは無表情だった。
「グ…グフッ…ど…どういう…こった?…いや…その前に止血しねえと…」
―ボッ!
腹の傷を、炎で焼いた。こうすれば血は止まる…。
「…ぐ…フゥ…」
慣れたもんだ…ロキは口元の血を親指でピッと飛ばした。
「戦闘服が邪魔だな…でも、脱ぐのも面倒だ」
―ポキ、ポキ…
彼は再び首の骨を鳴らした。
「おう、ネシ様よぉ、生きてんだろ?」
完璧に潰された台座に向かってロキは叫んだ。
「ふふふ…バレてましたか」
―ガラガラガラ…
ネシが瓦礫を突き破って空中に飛び出た。不思議なことに服や顔には傷はおろか塵ひとつ付いてなかった。
「…トリックでも使ってんのか?」
「いえ、私はトランプ人間なだけです♪」
ネシは近くの瓦礫から椅子を掘り出した。
「さて…もっと楽しみましょう」
驚く部下達を無視し、ネシはロキに向かって歩き出した。
「今度は…どんな技を見せてくれるんですか?」
「へっ、じゃあこれでどうだ?」
ロキは身体を大きくかがめた。
「俺の最高の技だ…炎礼・フェンリル!!」
―メキメキッ!
ロキの背中から何か灰色のものが飛び出て来た。
「ん?」
毛だ。ロキの体毛がものすごいスピードで生えだしたのだ。
「グルルルルルルル…」
ロキの輪郭も大きく変貌し始めた。
「これは…」
青いゴムスーツはビリビリに破け、灰色の体毛に覆われた身体が露出した。
肩幅は通常の倍の大きさとなり、口も耳まで裂けてしまった。目の色は金色となり、犬歯も発達した。
「…なんだあれは…」
ジャックは声を洩らした。
ロキは狼に変身してしまった。
「グワォォォォォォオン!!!」
―ビリビリ…
遠吠えですら、ネシに衝撃を与えた。
「ほぉ…」
「グルァ!!」
狼となったロキは、ネシにとびかかった。
「コメット・ジョ―」
―ズバァ!!
ネシの右腹をロキのカギ爪が切り裂いた。
「おぉっ…」
ネシは歯を食いしばって空中を飛んだ。
「ネ、ネシ様に傷が…!!」
クラブは仰天しながらそう言った。ネシは笑みを浮かべながらこう言いだした。
「くくく…驚いたな…コイツは“神狼フェンリル”ですよ…」
「し、神狼フェンリル?」
ハートが震えながらそう言った。
「くくくく…かつて…北欧神話の最高神で、戦争と死をつかさどる神、オーディンがいました…オーディンは、魔術では右に出るものはいませんでした…しかし…その神を飲み込んでしまった怪物がいたというのです…それが、義兄弟であったロキの息子、神狼フェンリルです」
脇腹の傷を押さえながらネシがそう言うと、
「グルルルルルルァァァァァァァァアァァァァァ!!!」
目の前のロキは高々と雄たけびをあげた。
「彼は、そのフェンリルと契約をしたんでしょうね…くはははは、実に興味深い…」
「グルルルルァァァァアアア!!」
第76章へ続く