第80章:獅子王
―3001年 4月8日 午後1時50分 戦艦フリーセル 右翼―
「ニヤニヤニヤァ」
チェシャはセンネンをあざけるように見下ろしていた。
「そんな目で…そんな目で見るなぁああ!!」
センネンは怒りながら獅子神を放った。
―ボォンッ!
獅子神は、チェシャの顔に命中したが、彼は無傷のままでニヤニヤをやめなかった。
「…!!」
「ニヤァ、この技を無防備で防ぐことができるなんてな…どんなに醜くとも、獅子王の力に変わりはねえようだな…」
チェシャは口元を痙攣させていた。
「うひ…ひ、ひひひ…ひははははははははははははああああっはっはははははぁぁ!!」
ソイツは身体をしならせ、大笑いを始めた。まるで魔物が咆哮をあげているようだ。
「笑うなぁあ!!」
センネンはもう理性を保っていなかった。脳裏に浮かぶのは、チェシャに対する怒りの感情のみ。
「貴様だけは…貴様だけは絶対に…!!」
「…せ、センネ…」
ロゼオは唖然としていた。センネン、獅子王、チェシャの変異、全てが理解しがたい事実だった。
「今度は俺の番だな。死んでしまいやがれ!!獅子神・咆哮!!」
―ぶぁあああああああああああああああ!!
派手な炎が戦艦の右翼を襲った。
「わぁっ!」
ロゼオは間一髪というところでセンネンを持ち上げて飛び上がった。直後に右翼を炎が覆いかぶさった。
「あ、危ねえ…」
「ロゼオ、ワシを、海へ落としてくれ…」
センネンは弱弱しい声でそう言った。もうすでに逆立った髪も元に戻っていた。
「ア?」
「ワシはもう、生きる目的を失った。あんな化け物になるために、ワシは千年間を次元の中で過ごしたのじゃ。この獣人の身体に、あの醜い化け物に変貌する要素があるのだと思うと、もう生き長らえるのが辛くてしょうがない!!」
センネンは泣きながら叫んだ。
「ワシを海へ落とせぇ!!」
ロゼオは黙っていた。
「早く、落とせ…」
「…んな」
「…何?」
「メガあまったれんなつってんだよ!!」
すごい大声だった。
「…!!」
「そんな現実がどうした。ギガ変身しなきゃいいじゃねえか。生きる目的がねえだ!?俺よりオメガ長生きしてるくせにそれがどんなもんかも理解できてねえのかぁ!!」
―ズガァン!!
ロゼオはセンネンを右翼に勢いよくたたきつけた。
「うぎゃっ…」
「黙ってみてろクソジジイ、俺の、ギガ生きる目的をな…」
ロゼオは鎌を持ってチェシャに向かい歩き出した。
「ま、待て!!殺されるぞ!!」
「うっせえ、知るか!!老いぼれは座ってりゃいいんだよ!」
ロゼオは鎌を振り回して走り出した。
「ニヤァ、俺と戦うつもりか!?」
「ギガ、斬る!!死導流・ブッ殺斬撃!」
赤黒い斬撃がチェシャに向かって放たれた。
「ニヤァァアアアア!!」
チェシャは両腕をクロスさせた。
「獅子神・獄炎海流ぅぅぅぅ!!」
ズゴォォォォォォォ!!
「ぐわぁぁ!!」
ロゼオは炎に飲み込まれ、弾き飛ばされた。
「ロゼオ!」
「ハァ…ハァ…」
「チェシャ、ソイツは私の獲物だぞ」
「スペードさん、いや、スペード。今なら俺はアンタにも勝てそうだぜぃ…」
「何?」
チェシャはスペードとにらみ合っている。今がチャンスとセンネンはロゼオの元に駆け寄った。
「無茶をするな!相手との力量の差が読めんのか!?」
「読めるに決まってんだろ?でもな、仲間が弱ってるのにほっとけるわけあるか?」
ロゼオは息切れをしながら立ち上がった。
「ろ、ロゼオ」
「情けないんだよ、お前は。たってくれセンネン、自分の生きる目的、それは、正義のためにギガ戦うことなんじゃねえのか?」
ロゼオの言葉にセンネンはハッとした。
「ワシは…」
「ニヤァ…まあ、ちょっと待ってろ、今、この二人を抹殺するからよぉ」
チェシャはニヤニヤと笑いながら二人の方に向き直った。スペードは黙ったままそんなチェシャをにらみつけていた。
「オラァ、まだまだ行くぞ!!」
ロゼオが鎌を構えた時、センネンの身体が大きくうずいた。
「あ?」
ロゼオが振り返ると、センネンがうずくまって震えていた。
「炎属性を全身にかけてみる」
「何だと!?」
ロゼオは驚いた。
「今のワシの炎属性は無駄なほど有り余っておる。それを全身に循環させれば、ひょっとしたら…」
「無茶だ!それこそ死んじまう!!それにお前はあの化け物になっちまうんだぞ!?」
「やかましい、ワシはおぬしが言うとおり、自分の生きる目的を見つけた。だからそれを遂行する。そのためには、あの化け物になるしか方法はないのじゃ!!」
「お、俺はそんなつもりで…」
「かぁあアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああ!!」
センネンは絶叫した。
「うるせえ!さっさと死ね!!」
チェシャが両腕で獅子神を放った。
「獅子王…父上、ワシに、力を…!!」
センネンの身体から怪しいオーラが吹き出始めた。チェシャの獅子神はそのオーラで相殺された。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
センネンの身体が膨らみ始めた。
「なんだ、俺のような化け物になるのか?!」
チェシャは楽しそうに言った。しかし、センネンの身体のふくらみはとまった。
「え?」
チェシャ、ロゼオは同時に硬直した。
―バリバリッ!
センネンの上着がはじけとび、身体から青い体毛が生え始めたのだ。
「な、な!?」
センネンの髪がすさまじい勢いで伸び始める。
「なんだこれ…知りきれないぞ!?」
チェシャがそう言い切る前に、センネンの目が大きく開いた。
「グルルァアアアアアアア!!」
センネンではなかった。
ソイツは誇り高き獅子王の戦士だった。肉体は屈強な筋肉に覆われ、青い体毛に包まれている。頭には、紺色のたてがみがなびいている。その顔は勇ましき獣、ライオンのような顔つきになっていた。
「お前…センネンか?」
ロゼオは腰を抜かして座り込んでいた。
「…」
センネン自身も自分の両腕を見て仰天しているようだ。
「ば、ばかな…俺の知る力が間違っているとでも言うのか!?」
チェシャはおぞましいからだを震わせてセンネンを凝視している。センネンはチェシャを見つめ、何か考えたようだが、
「獅子神・王牙」
技を打ち出した。
ドゴォッ!
「うぎゃアアアアアおおおおおあああああああああああ」
チェシャは悲鳴をあげて戦艦に突き刺さった。
「…これが…本当の力なのか?」
センネンはそうつぶやいた。
「そんなわけがねえ!!俺の能力が通じないわけがねえ!!」
チェシャは瓦礫から這い出して目をカッと開いた。
「オートノウハウ!!」
―きゅいいいいいいいい!!!!
「…」
―きゅいいいいいいいん……きゅ、きゅい、きゅいい…ん…
チェシャの目の光が消え、見る見るうちに青ざめていった。
「…なんじゃ?どうした…」
「あ…そ、そん…」
チェシャはがたがたと震えだした。
「獅子王の力は、獅子王族の者にしか使いこなすことができなく、ほかのものには不気味な姿にしかなれない…と知った」
チェシャはそう言った。
「…そうか…これはワシにしか知ることのできない能力じゃったのか」
センネンは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「く…クソォ!!俺が負けるはずがねえ!!こんなはずじゃ…獅子神・武烈・炎牙砲!!」
チェシャは炎の球を打ち出した。
「獅子神・狩猟・瞬尾」
―シュビッ!
センネンは一瞬で炎を回避し、チェシャの前に立った。
「うあっ!!」
チェシャがそう言う前に、センネンはチェシャの胸元からカードキーのパーツを取り出した。
「これはもらっておくぞ…知恵者よ、未来を知っても、どうにもできねば意味はなかろう」
センネンはそう言った。チェシャは展開を知ったが、もう手遅れだった。
「獅子神・降臨!!」
ずわああああああああああああああああ
赤い獅子がチェシャを戦艦にたたきつけた。
「うびゃああああああああああああああ」
チェシャは悲鳴をあげ、戦艦を突き抜けていく。すでに獅子の力は解かれ、元の姿に戻っていた。
「うぎゃっ!ほ、炎が!」
チェシャの足に炎がまとわりついていた。
「ヒィィッ!も、燃える!!う、うぎゃあああああああああああ」
全身が燃え出し、海に落ちる前に、
「あ、オーシャンブルー使うの、忘れてた」
そう言って、燃え尽きた。
―センネンVSチェシャ センネン勝利―
「ハァ…ハァ…」
センネンは息切れをして座り込んだ。同時に獅子王の力も解けたようだ。
「センネン…やったな」
ロゼオがセンネンの肩を叩いた。
「…うむ…」
「じゃ、俺もあの食虫野郎との勝負をメガ決めてくるぜ。センネン、スピードヒールだ、ギガとっとけ」
ふところにアメの代わりに仕込んでいたのはスピードヒール2粒だった。
センネンはそれを受け取るとすぐに飲み込んだ。
「俺も飲んどくか」
ロゼオはスピードヒールをひょいと放り投げて飲み込んだ。
「…」
センネンは押し黙ったまま動かない。
「じゃあな」
ロゼオは鎌を手に走り出した。
「ロゼオォ!!」
いきなりセンネンが叫んだ。ロゼオは立ち止まり、センネンの方に振り返ろうとした。
「こっちを見るな…うっ…」
センネンは更にそう言った。
「…センネン」
「うぅっ…おぬしの言葉がなければ、ワシは…ロゼオ…」
「…ありがとう」
センネンは若僧のように涙をこぼしていた。
「…へっ、貸しにしとくぜ」
「グスッ…アメ汁でよいか?」
「アメ汁!ヒャッハァ♪ギガ、COOLだぜセンネン!」
ロゼオはニヤリと笑い、スペードに向かってすっ飛んでいった。
「…」
残されたセンネンは涙を腕でぬぐい、頬を叩いた。
「ワシは、この力で正義を貫く、レッキのように…これがワシの新たな生きる目的じゃ!!」
そして、戦艦の内部へ獅子のごとく飛び込んでいった。
―タイムリミットまで、残り2時間30分…―
一方、サイモンは…――
―少しさかのぼって、1時38分―
「うぐ…」
サイモンは銃弾が当たった腹を押さえ、うずくまった。
「…フン…」
№5495はそんなサイモンを見下ろしていた。
「無様ね、同志」
―チャキッ!
銃口を押付け、№5491は目を閉じた。
「祈りなさい。私の愛していた人もそう言うはずだわ」
その瞬間、サイモンはハッとした。
「…エリザ…エリザなのか?」
№5491は目を細めた。
「…エリザ?」
「キミはエリザなんだろ?毎日一緒に教会に行っただろ!?いつも祈ってたじゃないか!!」
サイモンは力の限り叫んだ。
「…」
エリザは表情を変えなかった。
「思い出せない…あなたの名前は…何?」
「僕は…サイモン…サイモン・ディベントだ」
「!!!」
改造人間になる前…
「そろそろお父さんとお話してよサイモン」
「え…それは怖いな…キミの父さん元軍人じゃないか」
「もー!弱虫!!」
「キミが作ってくれたのかい?このセーター」
「似合うかなぁ」
「ウン!ありがとう!」
「エリザ、キミだけは絶対に守ってみせるよ」
「うん♪」
「僕が一人前の軍兵となって、ここに帰ってきた、その時が来たら…結婚しよう」
「頑張ってきてね」
「ウン」
思い出が脳裏を巡ってきた。
「サイ…モ…ン…?」
間違いなかった。
彼女はエリザだ。
死んだかと思っていた。
彼女も改造されてたんだ。
第81章へ続く